天狐の桜19
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一寸先も見えぬ漆黒の闇。蔦が四方八方に張り巡らされ、鳥居の身体の自由を奪う。ぴちょんぴちょんと滴り落ちた水が鼻先を濡らし、鳥居は漸々目を覚ました。
(…………?暗………ここどこ………?)
ギィ、と錆びた金属音をたて、小さな扉が開かれる。そこから僅かな光が差し込み、鳥居は眩しそうに目を細めた。
植物の蔦が蔓延り、じめじめとした妙に湿っぽいその場所。小さな窓のようなそこから、意識を失う前に見たあの和装の青年がこちらを覗きこんでいる。
「悪いけど、君にはここで…死んでもらうよ」
青年はそう言ってくすりと笑った。頭が回らない。誰だ。ここはどこ?死んでもらう?一体何の事だろう。
「「暗い」「怖い」「独りぼっち」そうやって叫びながら死んでほしい哉」
──ここはね…誰にもこられない場所なんだ。君は孤独のままに…死んでゆくんだよ
「え……!?だ…誰?何の話をしてるの………?」
「この話は<君の恐怖>で完成する」
傑作の予感…と小さく笑いながら、青年は静かに扉を閉める。再び訪れる漆黒の闇。焦りと恐怖に全身から汗が吹き出し、手足がどんどん冷たくなっていく。
喉に悲鳴が張り付いて出てこない。がむしゃらに四肢を動かすも、蔦が全身に絡み付いており、全くもってびくともしない。
「嫌ぁぁ出してぇぇ!!!!動けないよぉ…!!だれか…助けてぇぇ!!」
声は幾重にも反響し、いつしか人の声では無くなっていく。恐怖に満ちた悲痛な叫びは、闇の中に吸い込まれて消えていった。
16:44発の普通列車。学校帰りの学生から外回りのサラリーマンまで、様々な人が利用する地下鉄。人々で賑わうその車両はいつもと変わらない。
そんな車両の乗車口に、ズズ…と黒い影が現れた。影はやがて少女の姿を形作り、瞬きの間にあの少女幽霊の姿が現れる。
誰もが少女をその目に写さず、誰も少女に気づくことはない。ガタガタと揺れる車内に座り込み、ぼうっと虚空を見つめる少女。
「と…鳥居…?」
巻は呆然と呟いた。少女の面差しがゆっくりと声の主を見上げ、大きな瞳が巻の姿を認める。
「あなた、私が…見えるのぉ?」
少女は嬉しそうに口角を持ち上げた。あは、ふふふ、と楽しそうな声をあげて笑っている。巻はムッとした様子で、あ?と眉根を寄せた。
「……………呆れた………」
深くため息をつき、膝を折って目線を合わせる。"私が見えるの?"だと?どれだけ心配かけたかわかってるのか。無事だったから良かったとはいえ、何馬鹿なこと言ってるんだ。
「ほら立って!帰るよ!」
巻はぐい、と"鳥居"の腕を掴んで立ち上がった。だが、少女はにこにこと微笑んだまま、その場から離れようとはしない。
「何言ってんの?また見つけたんだよ?」
私が…見える人ォオ
まるで人懐っこい犬のように、べろぉと巻の頬を舐める。慌てて身を離す巻は、変わらず微笑みながら己を見つめる少女を見て、背筋が冷たくなる感覚を覚えた。
(この子……鳥居じゃない!?)
「帰さないよ」
怪しく笑う少女は、巻の腕を握りしめる手の力を強くした。少女の身体から、黒い靄のようなものが立ち上る。
反対車線の車両に乗り込んでいたリクオと氷麗は、そんな二人の姿を見つけてぎょっと目を剥いた。
「!!巻さん!?」
「!リクオ様今の!反対車両に鳥居さんも…!!」
氷麗の言葉に、いや、とリクオは眉根を寄せた。似ているが、違う。まるで"生きた人間"とは思えぬ異質な空気。──あの身体に纏っていたのは紛れもなく妖気だ。
その時、反対車両をおびただしい数の木の根や蔦が襲った。まるで車両を飲み込むように、闇の中から伸びてきたそれ。
(樹が…!?)
「!リクオ様!?」
リクオは窓を開け、車両の外へと身を踊らせた。慌てて氷麗も外へと飛び出す。子供が飛び降りたぞ、とどよめく乗客たちの声など二人には届かない。
それよりも。
「!!!!電車ごと消えた…!?」
数多の蔦に絡み付かれた反対車両は、一瞬の間に跡形もなく消えていて。車両ごと畏の世界に引きずり込まれたのか。
(!リオウの気配もする)
やはり彼もこの件に関して独自で動いているのか。リオウは強い。先見の明のある彼の選択に、間違いは存在しない。
必ず無事に自分のもとへ帰ってきてくれると約束してくれたが、心配なのは変わらない。早く合流しなくては。
「……来たか」
地下鉄に増えた気配に、リオウの純白の耳がぴくりと動いた。闇の中で一際目立つ純白の毛並みに、雪のように白い肌。闇すら従え、その身を引き立たせる一つにすぎない美貌の天狐に、黒田坊はついと目を細めた。
「リオウ様?」
「良い。気にするな。──嗚呼、近いぞ。人の子の匂いもする。また新しい獲物を引きずり込んだと見えるな」
犠牲者は私が引き受ける。元凶はお前に任せたぞ。
「はっ。畏まりました」
「…急ぐぞ」
いつにも増してリオウの纏う空気がぴりついている。早く助けなくては、また犠牲者が出てしまう。短く言葉を交わした二人は、闇の中を飛ぶように駆け抜けた。