天狐の桜19

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麗しき神獣天狐のお名前は?


一寸先も見えぬ漆黒の闇。蔦が四方八方に張り巡らされ、鳥居の身体の自由を奪う。ぴちょんぴちょんと滴り落ちた水が鼻先を濡らし、鳥居は漸々目を覚ました。

(…………?暗………ここどこ………?)

ギィ、と錆びた金属音をたて、小さな扉が開かれる。そこから僅かな光が差し込み、鳥居は眩しそうに目を細めた。

植物の蔦が蔓延り、じめじめとした妙に湿っぽいその場所。小さな窓のようなそこから、意識を失う前に見たあの和装の青年がこちらを覗きこんでいる。

「悪いけど、君にはここで…死んでもらうよ」

青年はそう言ってくすりと笑った。頭が回らない。誰だ。ここはどこ?死んでもらう?一体何の事だろう。

「「暗い」「怖い」「独りぼっち」そうやって叫びながら死んでほしい哉」

──ここはね…誰にもこられない場所なんだ。君は孤独のままに…死んでゆくんだよ

「え……!?だ…誰?何の話をしてるの………?」

「この話は<君の恐怖>で完成する」

傑作の予感…と小さく笑いながら、青年は静かに扉を閉める。再び訪れる漆黒の闇。焦りと恐怖に全身から汗が吹き出し、手足がどんどん冷たくなっていく。

喉に悲鳴が張り付いて出てこない。がむしゃらに四肢を動かすも、蔦が全身に絡み付いており、全くもってびくともしない。

「嫌ぁぁ出してぇぇ!!!!動けないよぉ…!!だれか…助けてぇぇ!!」

声は幾重にも反響し、いつしか人の声では無くなっていく。恐怖に満ちた悲痛な叫びは、闇の中に吸い込まれて消えていった。




16:44発の普通列車。学校帰りの学生から外回りのサラリーマンまで、様々な人が利用する地下鉄。人々で賑わうその車両はいつもと変わらない。

そんな車両の乗車口に、ズズ…と黒い影が現れた。影はやがて少女の姿を形作り、瞬きの間にあの少女幽霊の姿が現れる。

誰もが少女をその目に写さず、誰も少女に気づくことはない。ガタガタと揺れる車内に座り込み、ぼうっと虚空を見つめる少女。

「と…鳥居…?」

巻は呆然と呟いた。少女の面差しがゆっくりと声の主を見上げ、大きな瞳が巻の姿を認める。

「あなた、私が…見えるのぉ?」

少女は嬉しそうに口角を持ち上げた。あは、ふふふ、と楽しそうな声をあげて笑っている。巻はムッとした様子で、あ?と眉根を寄せた。

「……………呆れた………」

深くため息をつき、膝を折って目線を合わせる。"私が見えるの?"だと?どれだけ心配かけたかわかってるのか。無事だったから良かったとはいえ、何馬鹿なこと言ってるんだ。

「ほら立って!帰るよ!」

巻はぐい、と"鳥居"の腕を掴んで立ち上がった。だが、少女はにこにこと微笑んだまま、その場から離れようとはしない。

「何言ってんの?また見つけたんだよ?」

私が…見える人ォオ

まるで人懐っこい犬のように、べろぉと巻の頬を舐める。慌てて身を離す巻は、変わらず微笑みながら己を見つめる少女を見て、背筋が冷たくなる感覚を覚えた。

(この子……鳥居じゃない!?)

「帰さないよ」

怪しく笑う少女は、巻の腕を握りしめる手の力を強くした。少女の身体から、黒い靄のようなものが立ち上る。

反対車線の車両に乗り込んでいたリクオと氷麗は、そんな二人の姿を見つけてぎょっと目を剥いた。

「!!巻さん!?」

「!リクオ様今の!反対車両に鳥居さんも…!!」

氷麗の言葉に、いや、とリクオは眉根を寄せた。似ているが、違う。まるで"生きた人間"とは思えぬ異質な空気。──あの身体に纏っていたのは紛れもなく妖気だ。

その時、反対車両をおびただしい数の木の根や蔦が襲った。まるで車両を飲み込むように、闇の中から伸びてきたそれ。

(樹が…!?)

「!リクオ様!?」

リクオは窓を開け、車両の外へと身を踊らせた。慌てて氷麗も外へと飛び出す。子供が飛び降りたぞ、とどよめく乗客たちの声など二人には届かない。

それよりも。

「!!!!電車ごと消えた…!?」

数多の蔦に絡み付かれた反対車両は、一瞬の間に跡形もなく消えていて。車両ごと畏の世界に引きずり込まれたのか。

(!リオウの気配もする)

やはり彼もこの件に関して独自で動いているのか。リオウは強い。先見の明のある彼の選択に、間違いは存在しない。

必ず無事に自分のもとへ帰ってきてくれると約束してくれたが、心配なのは変わらない。早く合流しなくては。

「……来たか」

地下鉄に増えた気配に、リオウの純白の耳がぴくりと動いた。闇の中で一際目立つ純白の毛並みに、雪のように白い肌。闇すら従え、その身を引き立たせる一つにすぎない美貌の天狐に、黒田坊はついと目を細めた。

リオウ様?」

「良い。気にするな。──嗚呼、近いぞ。人の子の匂いもする。また新しい獲物を引きずり込んだと見えるな」

犠牲者は私が引き受ける。元凶はお前に任せたぞ。

「はっ。畏まりました」

「…急ぐぞ」

いつにも増してリオウの纏う空気がぴりついている。早く助けなくては、また犠牲者が出てしまう。短く言葉を交わした二人は、闇の中を飛ぶように駆け抜けた。
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