天狐の桜19
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鳥居を探し、浮世絵町中の空を、陸を、妖怪たちが走り回る。奴良組三代目 奴良リクオは、慌ただしく帰宅すると妖怪たちに駆け寄った。
「どう?見つかった?」
「街中探してもいやせんぜ。陸上突っ走れる奴等で方々手ェ尽くしたんですが」
「こっちもでさぁ!店に来るお客さんらに聞いても、そんな女の子は見てねぇって!」
"中学一年生""浮世絵中の制服""猫目で細身"…猫目ならうちにいっぱいいるんですがねぇ、なんて良太猫はぼやく。まさに手詰まり。情報の切れはしすら見えてこない。
河童は胡瓜を齧りながら、水中にはまだ沈んでないよとひらひら手を振る。訳を知らない小妖怪たちは、皆なんだなんだと首をかしげた。一体何を騒いでいるんだ?
「リクオ」
不意に涼やかな甘い声が響いた。カラカラと乾いた音をたてる下駄。ふわりと香る甘い花の香。見れば、天女もかくやな微笑みをたたえたリオウが、此方に向かって歩み寄ってくる。
「リオウ。どうかした?」
「少し出かける。供に黒田坊を借りていくぞ」
リクオはリオウの言葉に、訝しげに首をかしげた。黒羽丸や首無ならともかく、供にと連れていくのが、黒田坊?いや、それ以前に──何故今?
鳥居はリオウが目をかけている、清十字団のうちの一人で。今回の騒動も知らない筈がない。いや、なんならもっと前から知っていたかもしれない。そんな状況下で動くとは、やはり何か知っているのか。
「………わかった。何か考えがあるんだよね?怪我しないで必ず帰ってきて。約束だよ」
「あぁ。必ずお前のもとに帰ると約束しよう。私の大将」
頬を撫でる手に甘えるようにすり寄り、妖艶に微笑む魔性の天狐。リオウ様いっちゃうのー?遊ぼー?と裾にとりつく小妖怪の頭をなで、また後でな、と優しく微笑む。
風が凪いだかと思えば、ひとひらの桜の花びらを残し、リオウの姿は虚空へと消えてしまった。入れ違うように、ばさりという羽ばたきと共に黒い羽根が宙を舞う。
「リクオ様」
「黒羽丸!どうだった!?」
「残念ですが、範囲を広げて探させましたが…まだ見つかりません」
「そっか…」
鴆はおいおいと片眉を上げた。カラスの情報網でもダメなのか。陸もダメ、水もダメとなると、一体どこを探せばいいというのだろう。
リクオは一人思案に暮れた。陸も空も、水の中にもいない。───地上に…いない……?
「そうか…もしかして<地下>か!」
リクオの言葉に、氷麗も思わず血相を変える。思い当たるのはひとつだけ。放課後に清継が語っていた、あの都市伝説───
「!?リクオ様!?ま、まさかあの<都市伝説>と関わりが…」
「わかんないけど、確かに…鳥居さんがいなくなってから急に広まっている!可能性あるよ…」
「なんです?その話は…」
聞きなれぬ話に、首無たちは眉根を寄せて集まってくる。あのね、と語る氷麗曰く、どうやらそれは最近流行ってる地下鉄の<都市伝説>らしい。
「使われなくなった駅に捨てられた赤ん坊が成長し、<少女幽霊>となって地下鉄に現れているの…巷ではその幽霊少女は───」
4時44分ちょうどに、地下鉄浮世絵線を走る列車の"4号車"に出るという───
「成る程。その<都市伝説>に件の少女が巻き込まれていると、そうお考えなのですね。リオウ様」
黒田坊の言葉に、彼と共に街を神速で駆けていたリオウは、そうだと頷いた。天狐は千里眼と地獄耳がある。その上、鳥居はリオウの神気をその身に受けている。
「嫌でも見えるし聞こえてしまう。"地下鉄"なるものはよくわからぬが、どこにいるかは大体分かるからな」
「ほう。それはそれは…ですが、宜しかったのですか?リクオ様に黙って来られたようですが」
「───私はな、あれの前ではまだ大人でいたいんだ」
要領を得ない返事に、黒田坊は訝しげに目を細めた。ふと足を止めたリオウは、いつも通りの優美な微笑みを浮かべている。
「此度の怪談は、【奴等】にとってはなかなか気に入りのものなのだろうな。近くにその気配を感じる。──例え奴の一部から派生しただけの妖怪といえど、"あれ"と対峙して、私は平静を保っていられる自信がない」
取り乱すかも知れないし、なんならあれの目の前で敵をなぶり殺すかもしれない。醜態を晒すくらいなら、少しでもその目から遠ざけたい。
「早い話が、大将にはカッコつけたいんだ。ふふ、どうしようもないほど下らないだろう?」
あっけからんと言ってはいるが、その笑みに隠された憎悪と恐怖に、黒田坊はグッと唇を噛んだ。こと百物語組との抗争に関しては、心配かけまいと無意識に他人と一線を置こうとするリオウ。
その過去を知るからこそ、自分には彼にかける言葉などなく、その権利すらない。───かつて奴等の仲間であった、自分には。
リオウはそんな黒田坊を一瞥すると、ついと手を伸ばした。そこには工事中の地下鉄の入り口が、ぽっかりと口を開けていて。休みなのか、辺りに人影は見当たらない。
「此処だ。此処から北に…3里ほど」
「ほう。では僭越ながら拙僧が露払いを致しましょう」
「あぁ。頼む」
二人の姿は、深い闇に包み込まれ、奥へと消えていく。
『その少女に魅入られたら、廃駅に連れていかれ…そして─────』
"必ず殺される"
(あれは…リクオは、きっとすぐに気づくだろう)
リクオが来る前に、すべてを済ませておかなくては。そう思ってしまうのは、忌まわしい過去を知られたくないという我ながら浅ましい考えからか。
──こんな私でも、傍においてくれるのだろうか
「"私を見つけて"、か…」
リオウは自嘲気味に呟いた。