天狐の桜19
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鳥居が連れ去られて数日後。放課後の部室をきょろきょろと見回し、巻は眉根を寄せた。
「ねぇ…鳥居、今日も来てない?」
「え?」
巻の言葉に、カナとリクオは目を丸くした。巻は難しい顔をしてどうしたものかと首を捻る。電話しても出ないし、もう何日も学校を休んでいる。
家にでも行ってみるか。思案を巡らせる巻をよそに、清継はばんっと机を叩いた。
「やぁやぁみんな!今日はすごい都市伝説が入ったよ!」
「ごめーん今日帰るわー」
「ま、待ってくれ巻君!」
慌てて手を伸ばす清継に、巻は苛立ちも露に息をつく。今は時間が惜しい。鳥居に何かあったのだとしたらどうするんだ。
「なによーあんた心配じゃないのー?」
「いや!!勿論気になるよ!ファミリーだから!!」
実はここから近いんだ…その都市伝説は。だから頭にいれておいた方が良いと思って。
清継の言葉に、しんと静まり返る教室。思わず聞き入る面々に、清継は言葉を続けた。
東京には───様々な理由で使われなくなった地下鉄の駅が、いくつもあるという。そこにまつわる都市伝説……
──若い夫婦が、とある地下鉄の駅に赤ん坊を捨てたのだという。駅のコインロッカーに、産まれて間もない赤ん坊を。
『ごめんなさいね』
『ここなら人通りもあるし、きっと誰かに見つけてもらえるだろ』
しかし、それからすぐにその駅は使われなくなり、赤ん坊は誰にも発見されることは無かった。死んでもなお、誰にも気づかれぬまま……
そして、その赤子は今でも成長し続けているらしく、今になって…出たらしい。成長して少女になった、その赤子の霊が。
成長したその少女は、自分を探してほしいのだという。使われなくなった駅に捨てられた自分を。
その為に、自分が"見える"人間を、ずっとずっと探しているのだ───
(なんだろう、あの子は?変なカッコウして…)
地下鉄に乗っていたとある男子学生は、自身の背後の席に座る少女をちらりと見やり、訝しげに眉根を寄せた。
黒いセーラー服に、黒いハイソックス。黒いローファー。年の頃は丁度中学生位だろうか。にこにこと笑いながら椅子の上で三角座りをしている光景は、明らかに異端で。
だが、不思議とそんな少女を気に止める人はいない。ちらちらと視線をやっていると、やがて少女はゆっくりと足を崩し、膝を降ろした。
(え、うわっ!?//)
スカートの中が見えそうな際どい姿勢に、男子学生は思わずばっと視線をそらした。好奇心から再びちらりと少女を振り返ると、少女はきょと、とした表情のまま此方をじっと見つめていた。
(やっべ~~~………げっ…こっち見てる…?)
少女は口元に薄い笑みを浮かべて、此方をじっと見つめている。そのまま、見せつけるかのようにゆっくりとまた体勢を変える。
(カワイイな…なのに見えちゃいそうだ…ちょ、まずいよ…あ、わ…)
既に視線は少女に釘付けで。あ、見える…と胸の鼓動が頂点に達したとき、それまでにこにこと微笑みながら黙っていた少女が口を開いた。
「私のこと、"見える"のぉ?」
「え?」
ざわりと得たいの知れない気味の悪さに襲われる。ついで、ズズンと鈍い音をたてて電車が大きく揺れ、暗がりの中に停車した。
≪終゙点──≫
≪終゙点───終点゙───≫
妙なノイズの混じったアナウンス。狂ったように繰り返すそれに、背筋がぞわりと冷えていくのを感じる。目の前の少女の唇がにんまりとつり上がった。
「見つけた。私を…探してくれる人」
見つけた?探してくれる人?なんのことだ?辺りにいた筈の乗客は誰も居らず、ざぁっと血の気が引いていく。
≪なおこの電車は折り返しません 永遠に≫
「はぁ……!?何だって!?え!?ここ…どこだ…!?」
巨大な木の根のようなものが張り巡らされ、上からはぴちゃんぴちゃんと水滴が滴る。古いレンガ造りの駅は崩れかけていて、明かりひとつない漆黒の闇が続いている。
少女はクスクスと笑いながら、闇の奥へと駆けていく。木の根の上を、ひょいひょいと軽やかな足取りで、奥へ奥へと消えていく。
「ちょ…ちょっと待ってよ!!」
慌てて少女を追って、電車の外に出る。何なんだこの駅は。バシャバシャと足元で水が跳ねる。必死に呼び掛けていると、やがて少女はくるりと振り向いた。
「私のこと、<探し出して>ね」
──え?
「<約束>よ…」
目を見開く男子学生に、少女はにっこりと笑って闇に消えた。
どれだけの時間が経ったであろうか。数時間とも、はたまた数分ともつかない、時の流れの分からぬ変わることのない悠久の闇のなか。
「ダメだったね」
血の涙を流し、ぐしゃりと地面に倒れ付して事切れている少年に、少女はゆっくりと近づいた。少年の上体を持ち上げるようにして、顔を近づけると、ぺろぺろと犬のようにその顔を舐める。
「あのね?私を見つけられなかったら、生きて帰れないんだよぉ…」
嘲笑とも落胆ともとれる笑みを浮かべ、少女はぽつりと呟いた。