天狐の桜19
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奴良本家───
「リオウ様、呼んだぜよ?」
「あぁ、犬神。黒田坊を呼んでくれるか」
それから、人払いを。
真剣な声音に、犬神は背筋が伸びるのを感じた。表情こそ穏やかなものの、その涼やかな目元には若干の憂いが見てとれる。
ぱたぱたとかけていく年若い側仕えを見送り、リオウはちらと己の傍らに控える黒羽丸を一瞥した。
「…朔」
「はっ」
黒羽丸はリオウの前に座り直した。静かに頭を垂れる懐刀に、リオウは小さく詰めていた息を吐き出した。
「これより三羽鴉として、三代目の指示にしたがえ。……それから」
たおやかな腕が、すがるようについと伸ばされる。その手を恭しく取り、黒羽丸は心配そうに己を見つめる最愛の主の、その宝玉のような瞳を見つめ返した。
柳眉を下げ、形のよい桜色の唇が逡巡したように震える。百物語組との抗争は激しさを増している。しかも、奴等は自分に酷く執着しているようで。
加護を与えられたと、ただのそれだけで狙われるかもしれない。その上、黒羽丸たち三羽鴉は完全に武闘派。その腕を信頼しているものの、最前線にいる彼らは、何かあれば怪我は免れないだろう。
「頼む。無事に帰ってきておくれ」
白魚のような手が、きゅっと黒羽丸の手を握りしめた。真面目なこの青年が、任務に命を懸けない保証はない。だからこそ心配なのだ。
「お前と共に居られることが、私の幸福であることを忘れるな」
「───畏まりました」
リオウにとって、「副総大将」でも「天狐」でもなく「リオウ」個人を見て、「リオウ」の為に尽くす黒羽丸は、紛れもなく彼の特別で。
数多いる妖怪たちの中で、彼だけは…黒羽丸だけは、リオウに理想を押し付けることはなかった。すべてはリオウのため。愛しいこの天狐の安寧のためならば、己の想いすら殺すことができる。
(お前がいなければ、私は…………)
リオウは憂いげに目を伏せた。黒羽丸がいなかったら、今の自分は此処にはいないだろう。それだけ、黒羽丸には心を救われたのだ。
無表情で無感動と思われがちな、真面目で堅物なこの青年のその身の内は、実に愛に溢れていて。それを理解しているからこそ、誰よりも信頼しているからこそ、リオウの加護を──血の一滴を混ぜた盃を交わしたのだ。
黒羽丸は、リオウの手を引き寄せ、その白い指に唇を寄せた。それは実に恭しく、まるで何かの儀式のように犯しがたく神聖で。
思わず目を瞠るリオウの紅水晶の瞳をまっすぐに見つめ、黒羽丸は静かに口を開いた。
「かつてあなた様より加護と盃を戴いた時より、この身は髪の一本から血の一滴に至るまで、あなた様にお捧げすると決めております」
──朔は、必ずやあなた様のもとに帰ると、お約束いたします
「嗚呼…嗚呼、必ずだぞ。必ず…」
この誓いを違えることは、お前でも許さぬからな、とリオウは泣きそうな顔で微笑む。行け、と短く命じると、黒羽丸は深々と頭を下げ、ついで漆黒の羽根を残して姿を消した。
ゆらりと障子に人影がうつる。
「相も変わらず、妬けるほどに信頼されているご様子」
「───盗み聞きとは人が悪いな、黒田坊」
フフフ、と怪しく笑う黒田坊を一瞥し、ぱらりと扇子を開いて口許を隠す。ついと流し目をくれる麗しい副総大将に、黒田坊は真面目な顔でリオウの前に座り込んだ。
「ご用件は」
「鳥居、という少女を覚えているか?」
ぎり、と扇子を握る繊手に力がこもる。是、と答える黒田坊に、あの娘が拐かされた、とリオウはため息をついた。
「私の加護がかかっているのを分かっていて、拐かしたんだろう。嗚呼まったく…────腸が煮え繰り返るとはこの事よ」
純白の尾が怒りに任せて畳を叩く。凄まじい殺気と怒気がビリビリと空気を震わし、肌を裂く。慈愛の神であり、普段から温厚な天狐も珍しく激昂しているらしい。
「此度、お前は私の傍にいろ」
「拙僧で宜しいので?」
「諄い。二度同じことを言わせるな」
お前が、此度の件では適任だと判断した。不満か?
ぱちん、と扇子を鳴らしたリオウに、黒田坊はついと頭を垂れた。個人で動き回っていることを、悟られていたのか。本当に、この方の前では隠し事はできない。
「いえ。承知致しました」
腹心である黒羽丸と首無を差し置き、一時とはいえ傍に置いてくださるとは。───やはり、己が"元百物語組"であるからか。かの組と決着をつけようと動いていた此方を、手助けするつもりなのだろう。
(本当に、あなた様はお優しい方だ)
大将として、時には非情な判断を下しつつも、懐に入れた相手にはとことん甘い。儚くも気高い副総大将に、黒田坊は口許に淡い笑みを滲ませた。