天狐の桜19
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放課後の、西日の差すとある教室。清十字怪奇探偵団の部室たるそこで、今日も今日とて清継は熱弁をふるっていた。
「埼玉県川越の"切り裂きとおりゃんせ"、"<**村>伝説"の復活。その他全国から様々な<都市伝説>の<目撃情報>が続々届いているぞ!しかしネットに溢れる情報には、胡散臭いものも多いから注意が必要だ!」
・・・・・・・・。
清継の声に応える者はいない。ゆらとリクオは欠席。巻は読書に明け暮れ、カナは書き物を。鳥居に至っては妖怪から身を守るべく、バランスボールで体幹を鍛えている。
「なんだか数もやる気も減ってないかーーー!?」
「わぁーーー!?」
「何だ何だ!?」
勢いよく机を叩く清継に、皆肩を跳ねあげた。巻は椅子から飛びあがり、鳥居は床に転げ落ちる。
「ったくー、清継くん何イライラしてんの~?」
「そーそ。都市伝説でしょ~?清継くん的には嬉しいことでしょーよー」
「そうだ…日本中から僕を求めてる声がする…すぐに駆けつけたい!が!」
奴良君ずっと来てないし!!ゆらくんに至っては一時転校中!!
「やる気が感じられない!!すっごくさみしいじゃ~ないか~~!!」
「また始まった…」
「自分勝手なわりにさみしがり屋だな~」
お兄様にも会えてない!!と清継は頭をかきむしる。リクオは最近活動に顔を出さずに帰ってしまう為に、家に押し掛けることもできない。結局、年始に一緒に初詣に行ってからまったく会えていないのだ。
(せめて一目だけでも…!!お兄様不足で死んでしまう!!!)
会えない程、想いというものは降り積もっていくもので。あの麗しい微笑みを、甘美なお声を、同じ街に住んでいると分かっていながら、ちらとも堪能できないだなんて拷問だ。
ぬぉぉと身悶える清継を尻目に、そういえばとカナも思案を巡らせる。想いを寄せるあの天狐の君の姿を、ここ最近は全く見ていない。
京都に出現した、と天狐を特集した雑誌やテレビ番組で、動画や写真を見たけれど、ただのそれだけ。日付を見る限り、自分達が京都にいた時期と一致する。もしかして、彼が守ってくれたのか?
(あぁ、ダメ!全然考えがまとまらない…も~最近あの人に会えてないから!)
『落ち着いて目を閉じろ。大丈夫。すぐ終わる』
最後に言葉を交わしたのは、あの鏡の化け物にあったあと。品子の家では、障子にうつる影を目撃したものの、すぐに意識が薄れてよく思い出せない。
あの時触れた手の温かさや、ふわりと香る香の匂い。甘美な調べのごとき美しい声が、まだ忘れられないでいる。
(あれ?そういえばリクオ君のお兄さんって、あの狐さんに似てる…?い、いやいや目の色も髪の色も違うし…あれ?え?でもあの綺麗な声はそっくり…?)
あーもう!とぽかぽか己の頭を殴る。それを見て巻はカナがおかしくなったー、と呆れたように息をつく。
清継はよしっと拳を握ると、勢いよく立ち上がった。こうなったら都市伝説の調査を兼ねて、部員拡大祈願で近場の神社に片っ端から参拝してやろうじゃないか。
もしかしたら、神様繋がりであの天狐の君に会えるかもしれない、なんて下心があるのは否定しない。しかし、行くぞー!と拳を振り上げる清継の目に飛び込んできたのは、さっさと帰り支度をして教室を出る女子3人の姿であった。
「さーならー」
「鳥居ーあのマンガの続き明日持ってきてー」
「うん」
待ちたまえ君たちーー!と後ろで清継が叫んでいるが気にしない。バイバイと明るく手を振って、巻と鳥居は夕暮れの街の中、帰路につく。
「ところで都市伝説って結局何なんだろーねー」
「こーんな夕方とかに出てきそうな奴だよ。きっと電柱のカゲから!」
口裂け女とか、人面犬とか…と二人は思い付く限りの名前を挙げていく。トイレの神様とか、なんて軽口を叩く鳥居に、止めてよ!と巻の突っ込みが入る。
新年早々、何故かは分からないが現れた妖怪のせいで、未だにトイレに行くのを躊躇ってしまうのだから。まぁ、生首が袖口から飛び込んできたのだから、それも仕方のないことだと頷けるのだが。
ケラケラ楽しそうに笑いながら、二人は黄昏の街を歩いていく。お互い気を付けよう、なんて軽く手を振って別れたところで、鳥居はふっと視線の先に見知った影を見つけた。
黒い装束に袈裟を纏い、笠を被った長髪の男。足早に路地裏に消えたその姿は、確かに千羽様の前で己を助けてくれたあの黒衣の僧で。
「あ、あの!」
鳥居はその背を追って駆け出した。だが、確かに見えた筈のその姿は、まるで路地裏に吸い込まれたかのように忽然と消えてしまう。
「あれ…いない…どこ…?」
地蔵のような妖怪に襲われた後、意識が回復した鳥居に、巻は心底嬉しそうに笑って話してくれた。
『黒い坊さんと、天狐様が助けてくれたんだよ。まー、妖怪なんてそうそう会うわけないと思うけどさ、次会った時には一緒にお礼言わなくちゃなっ!』
ちゃんと、あのお坊さんにお礼が言いたい。それに、もしかしたら…天狐様にも伝えてくれるかもしれない。
「あの…すいません!私…!あなたたちに一言…お礼が言いたくて…!」
夜の帳が降り始め、じわりじわりと闇が街を覆っていく。夢中になって走り回っていた鳥居は、辺りの景色が見知ったものではないことに気づいて足をすくませた。
(どうしよう…道…わかんなくなっちゃった)
目に留まったのは、一軒の荒屋であった。荒れ果てた庭に壊れかけた平屋の日本家屋。しかし開かれた障子戸からは、中で何やら座って作業をする男の姿が窺えた。
(人がいる)
助かった。道を教えてもらえるかもしれない。荒れ果てた家屋と庭はなんとも不気味だが、そんなこと言ってはいられない。
「あの…、!」
庭を進み、男のいる屋敷の縁側へと近づいた鳥居は、男が何やら墨で絵を描いていることに気がついた。何の絵だろうか、提灯と、足…?
思わず声をかけるのも忘れてそれを見ていると、やがて絵に描かれた足がズズ…と紙から抜け出した。それは人の身の丈程もある巨大な足の生えた化け提灯で。
「ヒィッ!?」
何…?今の…絵から何か、化け物が…
逃げなきゃ、と震える膝を叱咤してなんとか後ずさる。と、その時。鳥居は何者かにがっと肩を捕まれた。
着流しに羽織姿の、ざんばら髪の青年。
「ダメだよ。こんなところに入ったら」
穏やかだが有無を言わさぬ声。得たいの知れない恐怖に、全身が凍りついたように動かない。悲鳴すら出せずに固まる鳥居に、男はおや、と片眉を上げた。
(この娘は…)
嗚呼、使える。と、青年は小さく呟いた。その意味を知覚することもないまま、鳥居の意識はぶつりと途切れた。
廃屋で一心不乱に絵を描き続ける男。そんな男のもとに、先の和装の青年…柳田はふらりと現れた。
「どうだい。精が出るね、鏡斎。取りに来たよ」
鏡斎と呼ばれた男は、柳田の呼び掛けにも応えず、ただひたすらに筆を走らせている。気にした様子もなく、柳田が傍らに落ちている料紙を取り上げると、漸く鏡斎は口を利いた。
「やめろ。さわるな」
「…また気に入らないの哉?」
「本気になれんよ。もっと来るもん見ねぇとさ」
成る程、職人気質のこの男らしい。よく描けているし、十分だと思うのだが、この程度では満足しないのか。
鏡斎は、ふっと柳田に視線を向け、その手に引き摺られた少女を見て片眉を上げた。なんだこいつ。───微かだが、かの天狐の神気の残り香がある。
「あぁ、表で拾ったんだ。ね、どう哉?例の怪談に…」
まじまじとその少女の面を眺める。ははぁ、こいつがあの天狐の【お気に入り】か。神気まで使って加護をかけているとこを見ると、相当気に入っているらしい。でなければ、わざわざ一介の小娘相手に神気なんて使うまい。
「あ……この娘を使えってのかい?柳田サン…あんたさぁ~~~~~」
オレの趣味知ってんのな
硯をひっつかみ、鏡斎はさらさらと一枚の絵を描きだした。その表情は先程までとは違い、真剣そのもので、どこか鬼気迫るものであった。
「少し待っててくんな。すぐに出来るぜ…」
「待つ待つ。存分に描いておくれ」
柳田はそう言ってにこにこと微笑んだ。自分達が狂おしいほどに求めてやまない、あの天狐が目をかけた少女を「使う」のだ。
どんな顔を見せてくれるだろう。怒るか、悲しむか。あの美しい相貌が、此方の手によって歪むのを考えただけで背中が甘く痺れる。
願わくば、そのまま此方の手に墜ちてしまえば、あの方に───
「嗚呼…また一つ、良い怪談が生まれる哉」
さらさらと描きあげられる一枚の妖怪の絵に、柳田はくつりと低く笑った。