天狐の桜19
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行灯の灯りが部屋に満ちている。結い上げられた艶やかな黒髪。色鮮やかな着物。豪華絢爛な簪で頭が重い。
『おぉ…おぉ…!なんと美しい…!一目で今までの花魁共が霞むようじゃ』
体をなめ回す下卑た視線
『見よ、この雪のように白い肌…おお、おぉ、吸い付くようじゃのぅ』
肌を這いずり回る節榑立った巨大な指
『この美しさで男…いや、この美貌であれば性別など問題ではないな。うくっくくく…っ可愛いのぅ』
帯を引き、着物を剥ぎ取る男の荒い息遣い
───あぁ、穢らわしい
『何をする、じゃと?まだ"男"を知らぬか。なに、夜はまだまだこれから…その体にたっぷり教え込んでやるからなァ』
───口惜しい 口惜しい
───おのれ、人の子で無ければ食い殺してやったものを
『あぁ、本当に可愛いのぅ。安心せい、傷などつけぬ。だが、死んだらワシが新しい【怪談】にして、ワシだけに侍る妖怪にしてやろうな』
───おのれ…山ン本五郎左衛門
───いつか必ず、貴様を…
「リオウ様」
「っ!」
体を揺り動かされ、リオウはがばりと跳ね起きた。見れば、険しい顔をした黒羽丸が傍らに控えている。彼が起こしてくれたのか。
「魘されているご様子でしたので。どうぞお水を」
「あ…あぁ、ありがとう」
見れば、障子の隙間からまだ月が高く上っている。どうやらまだ夜明けは遠いらしい。白い喉が上下し、こくりと水を飲み下す。口の端から零れた雫が喉を伝い、黒羽丸はついと手を伸ばしてそれを拭った。
「ぁ、!?」
「!」
びくりと怯えたようにリオウの肩が跳ねる。コップに入った水が零れ、寝間着の単をばしゃりと濡らした。
白い単が水に透け、得も言われぬ色気が漂う。黒羽丸は僅かに瞠目し、すぐに手を引っ込めた。リオウの手からコップを取り上げると、懐から手巾を取り出して零れた水を拭う。
「失礼致しました。ただ今替えのお召し物をご用意致します」
「っ…」
白魚のような指が黒羽丸の袖を掴む。リオウ自身無意識だったらしく、目を丸くして困惑したように瞬いている。
「あぁ、すまぬ…ふふ、まるで幼子のようだな」
「…リオウ様」
黒羽丸はリオウの手を取り、恭しく膝をついた。繊手を額に押し頂き、ついでまっすぐに桜の双眸を見据える。
「何があろうと、朔の心は常に貴方様の御側に」
「…ふふ、わかっている。心配をかけたな」
リオウは困ったように笑って、着替えなくてはと立ち上がる。おぞましい悪夢を振り払うように、しゅるりと帯を解いて着物を落とす。
(奴は"人"としての生を捨て、生きながらにして"妖怪"となった…───妖怪ならば、私のこの手で殺すことができる)
神は人間を害することが出来ない。それは絶対の理であり、これを犯せば神は力を喪い邪に堕ちる。故に、神が怒りを表すとき、それは天災に姿を変え、人々に襲いかかるのである。
あの頃も、怒り狂った神々によって天災が多発した。自分が嘆き悲しめば、自分にほとほと甘い八百万の神々は、きっと報復の刃を天災にのせて人々に振りかざすに違いない。
それだけは、何の罪もない人の子の命まで危険に晒してしまうことだけは、絶対に避けなくては。
(大丈夫。私は、あの頃とは違う)
背を預けあう事のできる大将がいて、絶対的に信頼のおける下僕がいて。十分に戦えるだけの神力もあり、そう簡単に倒れることはない。
だから、もう───恐れるものは、何もない。
「リオウ様。替えの着物でございます」
「あぁ。ありがとう。…………ふ、ふふ、なんだ。まだ慣れぬのか」
リオウは視線を外したまま着物を差し出す黒羽丸に、思わずといった様子で小さく吹き出した。今のリオウは襦袢の上も開け、惜しげもなく玉の肌を晒している。
着替えや湯浴みを手伝うことがあるとはいえ、こうも中途半端に開けた状態ではかえって欲が煽られるというもので。が、そんな男心を露程も知らぬお狐様である。
「ほら、どうして此方を見ぬのだ。私はお前の顔が見たい。──朔」
「っ…お戯れを//」
くい、と顎を持ち上げられ、黒羽丸の眉間に深い皺が刻まれた。目許が暗闇でもわかるほど赤く染まり、着物を持たぬ片手で口許を覆う。信頼しきっているがゆえに危機感など微塵もないリオウは、楽しくて仕方ないとばかりに目を細めた。
「ふふ、まったく…愛い奴め」
「………………」
ジト目で此方を睨み付けてくるが、照れて赤くなった顔では全く迫力がない。本当に誂い甲斐のある男だ。
怒られる前にパッと手を離し、新しい着物に袖を通す。さて、すっかり眠気など覚めてしまった。本でも読んで暇を潰すか。
(久方ぶりに外ツ国の書物でも読んでみるか)
そういえば、猩影から英国の書物を借りたのだったな、などとぼんやりと思案を巡らせ、リオウは月を見上げて微笑んだ。