天狐の桜18
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妖怪和風隠食処 化猫屋───
いつも賑やかなそこは、今日はより一層騒がしかった。奥座敷前の廊下には大勢の妖怪たちが詰めかけ、てんやわんやの大騒ぎとなっている。
「今日は三代目と副総大将がいらっしゃってるんだってよ!」
「えっお二人が!?」
「リオウ様がいらっしゃるなんて、随分と久しぶりじゃない!?一目でもお姿を見られないかしら~」
きゃあきゃあと色めき立つ妖怪たち。その声を襖越しに聞きながら、リクオは黙って盃を傾けた。目の前に座るリオウは、ちら、と上目使いに此方を見上げては、口許を袂で隠し、そわそわと視線を彷徨わせている。
毛並みのいい三角の耳がへにゃりと垂れ、尻尾が不安げにゆらゆらと揺れている。………可愛い。物凄く可愛いが、ここで許すわけにはいかない。
「……………リオウ」
「っ!」
ぴょこっと耳が立ち上がる。来い、と短く告げると、困惑したようにおずおずと傍に寄ってくる。傍らに侍るようにちょこんと腰を下ろすリオウは、こてんと小首を傾げて此方を覗きこんでくる。
「………まだ、怒っているのか?」
「当たり前だ。お前は無防備過ぎる」
「…………いや、あのな。っ!?」
ぐい、と細い顎を持ち上げ、親指で唇をなぞる。紅水晶の瞳が戸惑いに揺れ、ついで強気に此方を睨み付けてくるのが堪らない。
「何を…っ」
「子供相手だからって気を抜きすぎだろ。現にお前のことをそういう風に見てたんだ。あっさりキスなんかされやがって」
「…ほう?妬いているのか?」
相手はあんなに年端もいかぬ子供だというのに。
図星をつかれて、ますます眉間に皺が寄るのを自覚する。あぁ、妬いている。いや、それ以上に、リオウの無防備さが心配でしょうがないのだ。
勿論、何人からも絶対に護る。その誓いは変わっていない。それでも、こうも無防備にされていては、いくら護っても意味がない。
「俺は、お前が誰かに掻っ攫われないか心配なんだ」
「ふふ、心配性め」
リオウはクスクスと悪戯っ子のように笑った。たおやかな腕が持ち上げられ、白く華奢な手が頬を包み込む。上目使いに此方を見つめ、蕩けるような微笑みを浮かべる。
「私は副総大将。お前の望むままにお前の傍に侍り、お前だけに仕える。心配せずとも、奴良組三代目たるお前のものだぞ」
「あぁっくそッ可愛いなお前!!」
「えっ?うわっ!?」
許さんと言ったが前言撤回だ。可愛すぎる。想いのままに抱き締めて、優しく押し倒す。好きだ。愛しい。この世の何よりも。思いが止めどなく溢れ出して止まらない。
リオウは恥じらうように頬を染め、そっぽを向く。繊手が胸を押す、どこか弱々しい抵抗が妙に欲を掻き立てる。首筋に指を這わせれば、小さく震えて身を捩った。
「ぁ…っまて、リクオ…っ」
「リオウ…」
唇が重なる寸前に、ドスッと鈍い音をたて、刀が顔のスレスレに深々と突き刺さる。恐る恐る視線をあげれば、そこにあるのは嫌になるほど見慣れた【黒】で。
「「く、黒羽丸…」」
「あまりにもお戻りが遅いので、お迎えに上がりました、リオウ様」
リオウとリクオは思わず頬を引き攣らせた。此方を見下ろす黒羽丸の瞳は完全に据わっている。
「さ、朔…?ぅわ!?」
目にもとまらぬ速さで抱き上げられ、リオウは目を白黒させる。ひしひしと怒りの空気が伝わり、これは長丁場になりそうだと思わず尻尾で顔を隠す。一方リクオはリクオで、想い人を掻っ攫われ、面白くなさそうに目を眇めた。
「お出掛けになるのなら、お声掛けくださいと…以前お話したはずですが、お忘れになりましたか?」
「…………………だが、リクオもいるし」
「その三代目に」
「襲われそうになっていたのは何処のどいつだって言いてぇのか?人を暴漢扱いするんじゃねぇ💢」
頭の上でバチバチと火花が散る。因みに、襖の向こうでは妖怪たちが団子になって、事のなりゆきをハラハラしながら見守っている。黒羽丸の腕にがっちり横抱きにされていたリオウは、ぽんっと音をたてて狐の姿になるとするりと腕を抜け出した。
(これ以上面倒な事に巻き込まれてたまるか…ッッ)
外野も多く、男二人は仲良く喧嘩。なんなら自分も怒られるかもしれないのなら、喧嘩してる今のうちに逃げたほうが特と言うもの。
「っ!!リオウ様!お待ちくださいっ!」
「!おい、どこ行くんだ!リオウ!」
ぴょんっと跳躍したかと思うと、しなやかな体躯は窓の外へと飛び出していく。純白の毛並みが夜の闇にぼうっと浮かび上がり、その存在を際立たせている。
「リオウ様!」
「待て!リオウ!」
(!?な、何故二人して此方に来るんだ…っ)
そりゃあお前が逃げたからだろ、と側仕え唯一のツッコミ 犬神がこの場にいれば突っ込んだだろうが、如何せん此処にいるのはこのド天然天狐ただ一人。
(喧嘩しているなら、今のうちに一人で散歩して帰れると思ったのに…)
バチバチ火花を散らしていたかと思えば、二人して此方を追いかけてくるし、仲が良いのか悪いのかどっちなんだ。このあと夜の浮世絵町で、暫しの間壮大な鬼ごっこが始まったのは、言うまでもない。