天狐の桜18
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「…………」
リオウは物思いに更けるリクオを一瞥し、ふっと視線をはずした。晴れやかな顔をした瑠璃が、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「狐様ぁー!」
「!おや…」
ぴょんぴょんと可愛らしく飛び付いてきた瑠璃を、リオウは優しく抱き止めた。母親と祖母らしき女性も、慌ててリオウの前に膝をつく。
「娘を助けていただき、本当にありがとうございました」
「なんと、なんと御礼を申し上げたらいいか…」
「よい。顔をあげておくれ」
リオウは瑠璃の頭をなでながら、平伏する二人にふわりと微笑んだ。今回のこれは、自分がこの娘を助けたいと思った、ただの気まぐれ。
「実に信心深く直向きな、魂の美しい娘御だ。其方らの育てがよいのだろうな」
「は───…」
益々恐縮する二人に、リオウはふっと微笑んで視線を巡らす。凛子の両親もリオウに向かって深々と頭を下げていた。
「副総大将…三代目…娘を助けていただき、本当にありがとうございました」
「このご恩は決して忘れません。何なりとご命令を」
「まったく、お前たちまで堅苦しいな」
リオウは、お前からも何とか言ってやれ、とリクオの胸を尻尾で叩いた。リクオは片眉をあげると、ぐいとリオウの肩を抱いて隣に立つ。
「俺はリオウが助けてぇと望んだから、それに乗っただけだ。礼なら、これからもより一層、組のために尽くしてくれること。これでいい」
「だそうだ。ほら、皆面を上げよ。…むぅ、上げよと言われて上げぬ方が、よっぽど不敬と心得よ」
拗ねたように唇を尖らせ、お前もそう思うだろう?と瑠璃を見下ろす。慌てて顔をあげる大人たちに二人はクスクスと笑う。
「嗚呼、凛子。──近う」
「っ!」
そんな二人を見守っていた凛子は、突然の呼びかけにびくりと肩を跳ねあげた。逡巡した様子で歩み寄れば、リオウは満足そうに目を細める。
「何か私に言いたいことがあるのだろう?」
「そ、れは」
「よい。許す。言うてみよ」
まるで水のように心のなかに染み渡る、蜜のように甘く、頬を撫でる風のように優しく、しかし有無を言わせない絶対的王者の声。
凛子は、リオウの袖を握りしめた。澄みきった宝玉のような桜の瞳をじっと見つめる。その瞳に促されるように、意を決した様子で凛子はおずおずと口を開いた。
「また、会えますか…?」
「あぁ、会えるとも。其方がそれを望むなら」
白魚のような指が、凛子の頭を優しく撫でた。形のいい唇がゆるりと弧を描き、にっこりと非の打ち所のない絶世の微笑みを浮かべる。
「私はお前たちが気に入った」
そう、神とは気まぐれなものなのだ。気に入ったから、助けたかったから助ける。万物を愛し、慈愛を注ぐ天狐であっても、神としての特性は変わることはない。
だからこそ、飽きてしまえばそこまで。斬ると決めた相手であれば、例え一度慈愛をかけた相手であろうと、彼は容赦なく刃を振るう。否、天狐は浄化の力で命を輪廻の環へ還す。これは、優しすぎる神故の慈悲なのかもしれない。
「リオウ。そろそろ行くぞ」
「あいわかった。私の大将」
リオウはリクオの声に、ひらりと着流しの裾を翻した。瑠璃と凛子の手をするりとすり抜け、連れだって去っていく。
夜の闇に消え行く二人を、人々は呆然を見送る。闇は、人ならざるものとの境界を曖昧にする。本来なら、人である自分達とは合間見えることなどないであろう天狐と、彼の傍に寄り添う長髪の青年。
二人の姿が闇に消えようかと言うその時。瑠璃は、ぱたぱたとリオウに駆け寄った。
「狐様、ちょっとしゃがんで?」
「?どうし───」
不思議そうに身を屈めたその時、瑠璃の唇が、リオウのそれに重なった。
「!」
「えへへ♡狐様!大好き!」
今のはお礼ね!と笑って、瑠璃は母親のもとへと駆けていく。リオウは目を丸くして固まり、リクオは面白くなさそうに目を眇めた。
「ほぉ~~~?」
「…な、なんだ?その顔は」
「───後で覚悟しとけよ」
ひくりと頬がひきつるのを感じる。いや、これはだな、と弁解を試みる副総大将に、大将は良いから帰るぞ、とその手を引く。ため息をひとつつくと、若き大将をその背にのせ、純白の天狐は夜空へと駆け上がっていった。