天狐の桜18
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「リオウ様!?」
「狐様!」
「すまぬな、怖い思いをさせた。すぐ済ませる。あと少しだ、良い子で待っていられるな?」
幣殿の中から聞こえてくる安堵に満ちた返事に、リオウは静かに頷いて【八尺様】を見やった。
その名の通り、背丈は八尺。草臥れた白いワンピースに、目深に被った帽子。常人よりも細長い首をゆらゆらと揺らして立つ、痩せぎすの女。
「あれが【八尺様】か」
リクオも、音もなくリオウの隣へと姿を現す。リオウの視線の先にいるそれに目をやり、僅かに眉根を寄せた。
成る程、明後日の方向を向いた首。骨と皮だけと言っても過言ではない細長い腕に、赤黒い血に汚れた長い爪。
「はっきり言って物凄く不気味だな」
「若者を狙って食うまで延々とつけ回す、というだけでも質が悪いと言うに、人の声で悪さされてはたまったものではない」
リクオはあからさまに機嫌の悪そうなリオウに、思わず苦笑した。不満はこれからの戦闘で発散してもらう。さて、まずは相手の行動パターンを見なくては。
【ぽぽぼぼぼぼぼぼぼぼ】
【八尺様】の目がぎょろりと二人を見つめ、動きを止めた。唇がニタリとつり上がる。ついで、【八尺様】は凄まじい早さで二人のもとへ飛んできた。
「っ、なかなか速いか」
「は…だが、速さなら私たちの方が上だな」
大口を開け、噛み殺さんとばかりに迫ってくる。そのだらりと垂れる長い腕は、ぶんぶんと勢いに任せて揺れ、間合いがはかりにくい。
「チッ妙にやりにくいな」
「はぁ、この腕やら首やらがぐねぐね動くのが気持ち悪い。あぁ、本当に…そこを動くなッ」
苛立ちも顕にリオウの投げたドスが、【八尺様】の右足に突き刺さり、地面に深々と縫い止める。一瞬動きを止めた【八尺様】に、リクオはリオウを振り返った。
「さっさとけりつけるぞ、リオウ!」
「嗚呼、そうだな。私の大将」
リオウの肢体から膨大な畏が立ち上った。畏はリクオを包み込み、リクオのそれと混じりあってひとつになる。
「あばよ」
リクオの持つ大杯から放たれた双炎の旋風が、【八尺様】に襲いかかる。青白い炎に包まれ、キラキラと甘い光の粒になって天に立ち上る。
【─────】
呪詛のようなものを叫びながら、浄化の炎のなかで身悶え、やがて光の粒となって崩れ去る。リクオは、鬼纏の影響からか、くらりと傾いだリオウの体を抱き止めた。
「平気か?」
「ん。…嗚呼、この身の奥までお前と繋がれるのは、やはり嬉しいな」
はふ、とどこかとろんとした表情で、リオウは息をついた。鬼纏は、畏を預けているせいか、深いところで繋がっている心地よさと、安心感のようなものがある。
何より、肩を並べ、お互いの力を求めあって闘うことができる。置いていかれることもない。百鬼の一員として、大将の役に立てている。
──嗚呼、堪らない
「ふっ満足したか?」
「ふふ、いいや。まだ足りぬ」
頬を撫でる手に、甘えるように擦り寄り、形のよい唇がゆるりと弧を描く。滑らかな両手がリクオの顔を包み込み、桜の双眸が甘く蕩けた。
「私を求めよ。もっともっと、私を楽しませておくれ。私の大将」
リクオが目を見開くと同時に、リオウの体は桜の花びらとなって消えてしまう。それと同時に、幣殿の中から少女二人の嬉しそうな声が聞こえてきた。
まったく、捕まえたと思えばそれもリオウの掌の上で。散々此方を翻弄して、惹き付けて。転がすだけ転がして、終いにゃ蹴散らす様はまさにかぐや姫。
(リオウになら、転がされても悪くねぇなと思っちまうんだから、俺も相当溺れてるな)
まぁ、そんなものは今更か。此方だって、黙って転がされてばかりでいる気はない。飽きられてぽいっと切り捨てられぬように、楽しませてやらなきゃな?とリクオはくつりと笑った。
幣殿で息を潜め、じっと外の様子を伺う二人。その時、ふわりと桜の香りが鼻腔を擽り、淡い光と共にリオウの姿が現れた。
「約束の通り、迎えに来たぞ」
「狐様!」
「リオウ様!」
瑠璃は弾かれたように立ちあがり、リオウの腰に抱きついた。リオウも膝をおり、泣きじゃくる瑠璃をしっかりと抱き締める。
「ふぇぇえんっ」
「よしよし。怖かったな。よく耐えた。約束を護ってくれてありがとう」
片腕が瑠璃を抱き込み、ポンポンとあやすように頭を撫でる。凛子は、目に涙を浮かべてその光景を見守っていた。
(本当に、良かった)
ぐすぐすと鼻をならしてリオウにしがみつく瑠璃を見ていると、本当に助かったのだと実感する。涙を拭う凛子に、リオウはそっと微笑んで片腕を広げた。
「凛子」
「っ!」
「おいで」
優しく、しかし有無を言わせない不思議な声。おずおずと近寄り、膝をつくと、しっかりと抱き込まれた。あやすように背中をぽんぽんと叩かれ、甘い声が耳朶を擽る。
「お前がいてくれて本当に良かった」
「!」
「怖かったろうに、よく頑張ったな」
お前がいなかったら、瑠璃を守りきれなかったかもしれないとリオウは続けた。瑠璃はまだ幼い子供。凛子が止めなければ、外に出てしまっていたかもしれない。
(私が、瑠璃ちゃんを…)
闘う力がなくても、守れた。お役に立つことができた。あぁ、涙が止まらない。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「ふふ、私こそ、瑠璃ちゃんがいてくれて良かった」
涙でぐしゃぐしゃの顔を見合せ、瑠璃と凛子は笑いあう。その時、拝殿の方からバタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。
「瑠璃!」
「凛子!いるの!?」
「「!」」
「案ずるな。あれは正真正銘、其方らの母御だ」
思わず身を固くする二人に、リオウは苦笑しながら解放する。ついと繊手を一振りすると、幣殿の扉が開き、そこには瑠璃と凛子の母親たちが息を切らせて立っていた。
「お母さん!」
「瑠璃っ」
瑠璃は母親の胸に飛び込んだ。後ろから追いかけてきたらしい祖母も、二人を抱き締める。凛子も、幣殿に飛び込んできた両親に力一杯抱き締められた。
「凛子、凛子…!」
「良かった、本当に、よく無事で…」
するりと二組の家族の横をすり抜け、リオウは幣殿から抜け出す。幣殿に連なる拝殿の外では、リクオが一人佇んでいた。
「一件落着か?」
「そうなるな。…誰の手先か吐かせ損ねたが、あの妖怪は言葉を持たぬようだし、二人を無事に親元へ返せたのだからそれでよいだろう」
欲を言うなら、もっと骨のある奴なら戦い甲斐があったというもの。まぁ、今回襲われた二人のことを思えば、それはちと酷か。
恐らく、今回の騒動…裏で糸を引いているのは百物語組だろう。封印を破り、【八尺様】の逸話に新しい要素を加えて、村の外へと放す。
「妖怪は、人々の語りによって広まり、畏怖を与えて畏を得る。新しい怪談が広まったことによって、【八尺様】にその力がついたということか」
「…百物語、か…」
鯉伴やリオウから、百物語組がかつてうちの組と抗争を繰り広げていたという話は聞いた。だが、鯉伴はその話を詳しくしようとはしなかったし、リオウは総大将と二代目の判断に任せると言ったきり、口をつぐんだままだ。
(確実に、奴等とは何か因縁がある。…恐らくは、どんな相手なのかも、リオウたちは知っている。──何故、誰も語ろうとしないんだ?)