天狐の桜18
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≪リクオ。此処のようだぞ≫
リオウ達が降り立ったのは、木々の生い茂る山間に作られた稲荷神社であった。田舎にしてはそこそこ大きな神社のようで、境内には社務所に拝殿、幣殿、そしてその奥に本殿がある。
≪ふむ。幣殿の中に二人…妙な気が混ざっているな。印でもつけられたか≫
「リオウはその二人の保護をお願い。僕は社務所で話を聞いてくるよ」
≪あいわかった。気を付けて行かれよ≫
本殿の影にひらりと降り立つ。リクオを降ろし、本来の姿へと戻ったリオウは、ふわりと姿を消すと、幣殿の中へとするりと入り込んだ。
「おや、やはりお前たちか」
「「きゃぁぁぁあああ!!??」」
「ッッ!!??」
中にいた人物たちによる悲鳴に、リオウの尻尾がぶわりと総毛立つ。いやはや、その反応は至極尤もなのだが、まさかこんなにも驚かれるとは。
「お、落ち着け。凛子殿、私を覚えておられるか?」
「ひぇ、え、リオウ、様?」
「そうだ。…そちらの小姫(こひめ)。其方は以前京の都で会ったな。私がわかるか?」
「っきつねさま!」
瑠璃は、リオウの腰にぎゅうっと抱きついた。また会えた。妙な安心感が胸に広がっていく。リオウはそっと瑠璃を抱き上げると、あやすようにその頭をポンポンと撫でた。
「よしよし。もう大丈夫だからな。私がお前たちを護ってやろう。──お前たちが、どうして此処にいることになったのか、説明してくれるな?」
すっと胸の奥に染み入るような、落ち着いた声。安堵をもたらす甘美な声に、惚けたように二人はこくりと頷いた。
「わた、わたし、瑠璃って言うの。お祖母ちゃんと、此処に、お狐様にお祈りしようって、出掛けようとしたら…」
背の高い女が、「ぽぽぽ」と妙な笑い声をあげており、それと目があってしまった。それを祖母に話したところ、何はともあれまずは神主さんに、とこの神社に来たらしい。
「此処なら、怖いのは入ってこれないって、神様しか入れないから、大丈夫って、う、ふぇっ」
「よしよし。よく教えてくれたな。──凛子殿、恐ろしい記憶かもしれぬが、教えてくれるか?」
「は、はいっ」
凛子も、リオウにここまでの経緯を語った。事情を説明すると、神主は「とうとううちにも出たか」と呟き、何やら簡単な御払いをして、この部屋に押し込められた。瑠璃とは、ちょうど同じタイミングで神社に駆け込み、その時出会った。
「【あれ】は、夜になると目をつけた子供を襲いに来るそうです。一晩なら、御札をはって、盛り塩をした部屋には入れないといってました。それで、今夜はここで」
「そうか。ふふ、ありがとう。よく話してくれた」
白魚のような指が、そっと凛子の頭を撫でる。かぁっと頬が意味もなく熱くなるのを感じて、凛子はそっと視線をそらした。
リオウは、そんな凛子に気を悪くすることもなく、そっと瑠璃を降ろすと、二人の目の前に膝をついた。視線を合わせ、安心させるように二人の頭を撫でながら、よいか、と口を開く。
「今からお前たちについた邪気を完全に祓ってやる。だが、妖というのは執念深い。"印"を消したところで、放っておけば必ず追ってくるだろう」
「「っ!」」
「だから、一晩ここで過ごしてもらうことになるのは、かわりない。だが、この部屋にはきちんと結界を張り直してやろう」
神による結界は絶対。人が作ったものとは違い、どんな妖も入ることはできず、破ることすら叶わない。───しかし。
「しかし、しかしな。外に出てしまえば、相手の思うつぼだ。残念ながらこの結界は、中にいるものを閉じ込めるのには向いていない」
そう、もし恐怖に耐えかねて外に出てしまったら、外で待ち構えていた妖に喰われて本末転倒だ。それだけは絶対に避けなくてはならない。
「いいな?私と約束しておくれ。絶対にここの外には出ないと。用があれば、私がこうして、中に入ろう。私に扉は必要ない。開けろと言われても開けるなよ。それは【私】ではない」
「っ、わ、わかりました」
「誰も、其方らに声をかけるものはない。もし、誰に声をかけられても、絶対に扉を開けてはいけない。わかったな?」
「っ、ん。私、狐様と約束する!」
こくこくと必死にうなずく二人に、リオウはふわりと華のような笑みを浮かべた。清らかで、見たこともないほど美しい微笑み。思わず見惚れる二人の体を、見えない何かが駆け抜けていった。
「あ、れ?」
「からだが、軽くなった…?」
「よし。今其方らについていた負の気を祓ったからな。あとは結界か」
リオウは懐から矢立を取り出した。筆に白墨をつけ、社の床に、何やらさらさらと紋様を描く。出来上がったそれに血の一滴を垂らせば、完成した術式からぱぁっと光が溢れた。
「よし。結界もできた。──もうすぐ日がくれる。私は悪鬼を退治に外に出るが、私が迎えに来るまで、絶対に外に出るなよ」
そう念押しすると、一枚の桜の花びらを残し、リオウの姿は虚空にかき消えた。
「リオウ。どうだった?」
「白蛇のとこの曾孫娘と、10か其処らの少女だ。一応邪気は祓い、結界をはってはきたが…。お前の方はどうだ?」
「うん、別な地域でも出没してるみたいだね。神主さん達の間でも、一応の対処法は出回ってるみたいだけど…」
【八尺様】とは、とある村に封印されていた妖怪だ。元々は二重の結界で封じ込めてあり、八尺様自体を封じる地蔵の他に、村の四隅に地蔵がある。
こうすることで、万一封印が解けたとしても、其処から先には出られないようになっていたのだ。その為村では、八尺様に遭遇した者があれば、邪気を祓い、村の外に出す。
何らかの理由ですぐにそれができない場合は、部屋を完全に締め切り、四隅に盛り塩をして、御札を壁に張り付けて結界を作り、その中で一晩やり過ごす。そうして、日が完全に昇った頃、村から退去させるのだ。
「どうやら日中に目をつけて、夜になると食べに来るみたいだね。一夜目に食べ損ねると、翌日からは日中にも現れて襲ってくるらしいよ。車のスピードにさえついてきて、窓ガラスを叩いたとか、色々あるみたい」
「成る程な。ではやはり、今夜かたをつけるのが一番か」
「そうなるね。…ふふ、待ちきれないって顔してるね」
リクオはリオウの頬を優しく撫でた。僅かに瞠目した様子のリオウは、ついでくすりと笑うと、小さな狐の姿になって、リクオの背中によじ登る。
「ふふ、落ちないようにね」
「♪」
すり、と小さくすり寄ると、襟巻きよろしく丸くなる。一緒に戦えるのが楽しみで仕方ないのだろう。まったく、本当に可愛らしい。
(………【八尺様】か…)
気になるのは、先程神主が言っていた言葉。神主たちの中でも、今回の話はとりわけ有名な話だったらしく、彼は様々なことを教えてくれた。
『【八尺様】は、元々≪**村≫という村に封じられていて、気に入った男を取り殺す…特に若い男子を狙う妖怪でした。その被害頻度もさして多くはなく、封印が行き届いていたこと、村の外に出れば安全、という対処法も有効だった為に、十数年に一度被害が出る程度だったそうです』
それが、先頃何者かによって、村自体の封印も破られ、【八尺様】が村の外に出てしまった。その上、本来なら女性を襲わない筈だが、被害者には女性も選ばれている。その被害頻度も格段に増えた。
これはいったいどういうことなのか。
(………ここ最近、インターネットを中心に流れ始めた【八尺様】の話は、"背が高く、男女を問わず気に入った若者を食う妖怪"として流れている…やはり、これは裏に何かあるのか)
拝殿の隅にちょんと腰掛け、リオウの毛並みを優しく撫でる。リクオは纏まらぬ思考に一人息をついた。