天狐の桜18
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さて、その頃。放課のチャイムと同時に教室を飛び出し、挨拶もそこそこに屋上へとやって来たリクオは、キョロキョロと辺りを見回した。
(リオウの気配がする。…?空?)
姿は見えない。人間には見えぬように姿を消しているのだろうか。確かに、リオウは類稀なる美貌の持ち主で、人型をとってようとすぐに注目の的になってしまう。
「屋上からってことは、瞬間移動とか?」
さて、どうやって「デート」に連れていってくれるのか。そう思いながらリオウの気配を目で追っていると、不意にその気配が己めがけて突進してきた。
「え゙?っうわっ!?」
がぶっと襟首を何かに咥えあげられたかと思うと、リクオの体がぶんっと放り投げられ、宙を舞う。ぼふ、と着地し、恐る恐る目を開ければ、そこはモフモフとした純白の毛並みの美しい天狐の背で。
「に、兄さん…このかっさらい方は心臓に悪いかな」
≪?お前は私の気配はわかるのだろう?≫
「わかるからこそ心臓に悪いんだよ…」
わしわしと頭を撫でてやれば、嬉しそうにぺたりと耳が垂れる。気持ち良さそうに目を細め、もっと、とねだるようにすり寄ってくるのが、非常に可愛らしい。
「ところで、大丈夫なの?この姿。見られたりしない?」
≪あぁ、人ならざる者には見えるだろうな。だが、これくらいの神気であれば、人の子には…たとえ陰陽師であったとしても、私の姿は見えぬ故、安心しろ≫
本来神の姿は人の子には見えない。いつもは必要に迫られて、神気を強めてその目にもうつるようにしているだけだ。心配されずとも大丈夫。
リクオは、リオウの言葉にホッと息をついた。それならいい。これ以上、リオウを衆目環視の中に置きたくはない。
ただでさえ周囲の心を惹き付けてやまない魔性なのだ。京都の一件から、スクープだなんだと天狐の動向を探る輩もいるようだし、気を付けてもらわなくては。
「で、今日はどこに連れていってくれるのかな?」
神速で軽やかに空を駆けるリオウは、リクオの言葉にぴく、と耳を動かした。
≪北関東の方だ。正確な位置へは気配を追っていく≫
「北関東か…」
≪あまり向こうには出掛けたことはなかったな。…そういえば、いつぞや白蛇のとこの孫娘を助けたのであろう?≫
「え?」
リクオははて、と目を丸くした。リオウは、まさか忘れたのか?と思わず後ろを振り返る。
≪ほら、お前の学校の裏の噴水に住み着いている白蛇だ。凛子という曾孫を助けたと言っていたろう≫
「………そういえば、そんなことも、あったような…」
色々なことがありすぎて、記憶が曖昧だ。しっかりしてくれ、と呆れたような声が聞こえてきて、耳が痛い。そういえば、暫く送り迎えをすると言い出して一悶着あったな。あの一族か。
≪確かあの辺りにも、白蛇のとこの一族の別荘があってな。そういえば、何度か遊びに来ないかと誘いの文が来ていたな≫
「え、文通してるの?」
≪何を今さら。組に属する者たちは、どれだけ末端であれ大切にしなくては。文を交わせば、人柄やその土地のこともわかる。屋敷に籠りきりでは外の世界はわからないからな≫
本当に有能すぎる副総大将である。非常に巨大な組織である奴良組が、末端まで指揮が行き届いているのは、偏に彼の細やかな気遣いと仕事の賜物だろう。
≪ほら、そろそろ着くぞ≫
「!…今回の妖怪、正体は掴めてるの?」
≪さてな。しかし、人の子の間ではこう呼ばれているらしいぞ。【八尺様】と≫
どこか懐かしい気配に、車で別荘へと移動していた凛子は、窓から空を見上げた。純白の毛並みの美しい天狐が、空をかけている。
「あら?あれって、もしかして…」
「お嬢様?」
「あぁ、いえ、なんでもないです。急にごめんなさい」
何かあったのだろうか。妙に胸がざわざわする。週末はこうして、家族で別荘で過ごすのが習慣となっている為に、学校からまっすぐ別荘へと向かっている。
(なに、これ。まるで、前に他の妖怪に出会ったときのような…)
悪意に満ちた、心をざわつかせる妖気。得たいの知れない恐怖に、何故だか背筋が粟立つ。何かが此方に近づいてくる。何だ。何が近づいてくるのだろうか。
その時、何気なく見た窓の外に、それはいた。
田んぼの中に、ぼうっと佇む不気味な女。くたびれた白いワンピースに、目深に被った帽子。長い黒髪のやせ形の女。一瞬案山子かと思ったが、すぐにそれはおかしいと思い直す。
そう、案山子にしては"大きすぎる"のだ。
【ぽぽぽ、ぽぽ】
「ひっ…!?」
脳に直接響くような不気味な声。思わずばっと視線をそらし、恐る恐る再び視線をやると、あの女はいなくなっていて。
(あれは、妖怪…!)
「お嬢様?」
「っ、スピード、上げて、早く…!」
逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。
あれに捕まったら、喰われる。
本能が警鐘を鳴らしている。自分には、三代目のように戦う力は持たない。逃げるしかない。あれには、勝てない。
「お嬢様?」
(どうしたらいい?どこに逃げたら…どこに、どこに)
悪鬼が入ってこれない場所。それは一体どこなんだ。恐怖に止まろうとする思考回路を叱咤して、頭をフル回転させる。その時、ふと脳裏をよぎったある場所に、凛子は、運転手の肩を鷲掴んで声を荒らげた。
「この道の先に、神社がありましたよね!?」
「え?は、はい。稲荷神社が…」
「そこに向かってください!早く!」
「わ、わかりました!」
神社なら、彼処なら、もしかしたら入ってこれないかもしれない。願わくば、先程空を駆けていたあの方が、此方に気づいてくれたなら。
(だ、ダメよ。もう弱気にならないの。私はひいおじいちゃんの血を引いてるんだから。しっかりするのよ、私!)
きゅっとスカートの裾を握りしめる。大丈夫。きっと大丈夫。ひいおじいちゃんが言ってたもの。何事も諦めなければきっとうまくいく。
「お嬢様、こちらで──」
「ありがとう!」
転がるようにして車から飛び出す。目の前には赤く大きな鳥居と、生い茂った木々。そしてその間に、長い階段がのびている。
(早く、早く…!)
凛子は恐怖に戦く手足を叱咤して、長い階段を駆け上がった。