天狐の桜18
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「行ってきまーす」
奴良家の庭に、登校支度を整えたリクオたちの声が響く。今日も頑張ろうか、なんて言葉を交わすリクオたちのもとに、リオウはぱたぱたと駆け寄った。
「リクオ、氷麗、青。忘れ物だぞ」
「リオウ様!」
おはようございます!と弾ける笑顔を見せる氷麗の頭をそっと撫で、リオウは三人に手に持っていた包みを差し出した。
「はい、お弁当だ」
「わぁ✨ありがとうございます!リオウ様!」
「へへっ昼飯の時間が楽しみでさぁ」
リオウ様のお弁当いつも美味しいんですよね~♡とはしゃぐ氷麗の頭をなで、リクオにも弁当を差し出す。短く礼を言って受けとるリクオに、リオウはふわりと笑った。
「ふふっ、リクオや」
あのな、と内緒話をするようにそっと声を潜める。悪戯っ子のように笑いながら、リオウはリクオの耳元に唇を寄せた。
「実は、お前のお弁当が、一番上手にできてな。是非とも感想を聞かせておくれ」
「ッッ~~~♡♡わかった!絶対早く帰ってくるからねっっ///」
はにかみ笑顔で、行ってらっしゃい、と優美に手を振るリオウの、なんと可愛らしいことか。想い人のいじらしさに内心悶え、がっしとその手をとったリクオに、リオウはあぁそうだ、とついと目を細める。
「今日は私が迎えに行く」
「は、へ?」
「学校が終わってからでよい。…ちと私に付き合っておくれ」
二人で出掛けるぞ、と妖しく笑うその顔に、一瞬にしてリクオの纏う空気が変わる。真剣な顔つきに、猛禽類のように鋭く光る瞳。リオウの形のよい唇が、ゆるりと弧を描いた。
「それは、単なるデートのお誘いじゃあないみたいだね」
「さて、それはお前と私次第だな。上手くいけば早く終わる。無論、時間などかけぬつもりだが」
「…単身でつっこまないんだ?」
「次は私のことを纏ってくれると…約束したであろう?なにより、お前は私の大将だ」
天狐には、どんな小さな声も逃さぬ耳と、千里をも見通す瞳がある。迎えに行く、とわざわざ言う辺り、百物語組関連の事件だろうか。
「私が一時加護をかけた幼子が、面倒な輩に目をつけられてな。其奴を斬るだけだ。なぁ、良いであろう?」
「…うん。勿論、助けてあげなきゃね」
白魚のような指が、ついとリクオの頬を撫でた。満足そうにひとつ頷くと、するりとその指は離れていく。
「放課後、学校の屋上においで。よいか?急いで来るのだぞ?」
「うん。わかった。氷麗と青田坊には僕から話しておくよ」
「ふふ、それでよい。では、気を付けてな」
バタバタと駆けていく若き大将の背を見送る。するりと腰に腕が回され、相手を一瞥もせず、リオウはひとつため息をついた。
ふわりと風が凪いだかと思えば、リオウの衣は瞬きの間にいつもの着流しへと変わっている。
「随分可愛いカッコしてたじゃねぇか。もう着替えちまうのか?」
「毛娼妓たちが選んでくれてな。動きやすくて良いだろうと。残念ながら、貴方を楽しませるために着ているのではない」
「へぇ?びっくりするくれぇよく似合ってるぜ。ここ最近、どーも新妻宜しくぱたぱた働いてるように見えんだが、俺の気のせいじゃぁねぇようだな」
テメェちょっと面貸せよ
───そうして、総大将の部屋に連れていかれ、先のシーンへと戻るのである。
昼餉をとるのも忘れて、平行線を辿る議論を続ける。リオウはちらと庭を見やり、傾きかけている陽にため息をついた。
「まったく、いつまで同じことを言い合えば宜しいのだ」
「いやぁ、お前が随分とおいたをしてるようだからな」
年下はまるっと丸め込み、年上には甘えて味方につける。気づけばぬらりひょんと鯉伴を残し、組の全員をたらしこんで自分の側につけているとは。
「ったく、可愛い顔して組の奴等全員誑かしやがったな」
「ハッ…笑わせないでくれ。私が己の意思を伝え、皆がそれに賛同してくれたまでのこと」
たぶらかした?なに、語る言葉はすべて本心。色気と甘い微笑みで懐柔しようと、それはそれこれはこれ。この顔と声に弱いのは熟知している。使えるものはすべて使う、戦術の基本である。
「というわけで、私の敵は貴殿方二人だ」
───お覚悟を
すらりと流れるようにドスを抜き、リオウは二人に疾風のごとく斬りかかった。
「っ、いきなり刀で勝負たァ、お前にしてはちっと軽率なんじゃねぇか?」
リオウの刃を受け止め、鯉伴は冷や汗を流しつつ、悠然と笑った。危なかった。頬を一筋の鮮血が伝う。刃は受け止めても、剣気までは止められなかったらしい。
「ワシら相手に2対1…正気か?リオウ」
「口でいくら言ったところで、貴殿方には伝わらないだろう。ならば力を見せつけて認めさせるまでよ!」
若かりしころの姿に転位したぬらりひょんは、リオウの凪ぎ払った刃をひょいと飛び退けて回避し、懐に飛び込んで蹴りを放った。リオウも受け身をとって衝撃を殺し、吹き飛ぶ勢いを利用して鯉伴に斬りつける。
鯉伴の眼前に、天狐の浄化の力が宿る刃が迫る。切れ長の瞳が大きく見開かれた。
「鯉伴!」
襖が吹き飛び、パラパラと木片が飛ぶ。埃が舞い、古い屋敷はギシギシと悲鳴をあげている。あまりの騒ぎに、妖怪たちはわらわらと飛び出した。
「なんだ!?なんの騒ぎじゃ!?」
「えぇー!?リオウ様!?総大将と二代目相手に何やっとるんですか!?」
「───ったく、うちのお転婆お姫様相手じゃ、なまくら刀は歯が立たねぇな」
鯉伴は乾いた笑いを溢しながら根本からポッキリ折れたドスを放り投げた。たった二度。たった二度の剣戟を受け止めただけでこれだ。いや、二度目は完全に受け止めたわけではない。
───リオウの刀が寸前で止まったのだ。
「危ない危ない。うっかり浄化してしまうところであった」
瓦礫の中に立つリオウは、事も無げにそういうと、パンパンと己の着物の汚れを払った。
リオウの姿がぬらりひょんのそれへと変わる。爛々と光る琥珀色の瞳に、艶やかな漆黒の髪。端正な面差しが好戦的な色を浮かべて微笑んだ。
「私は、私が自由に表を歩けるように、組の中で自由に仕事ができるように、ただのそれだけだ。いつまでも護ってもらう必要なぞ微塵もない」
「───そうは言うが、背中ががら空きじゃぞ」
いつの間にやら迫っていたぬらりひょんの、鋭い一撃がリオウの細い体を貫いた。──かに見えた。ゆらりとその体は空に溶け、ついでぬらりひょんの傍らに姿を現す。
舌打ちするぬらりひょんの頬をついと撫で、リオウは実に妖艶に微笑んだ。
「お祖父様こそ、随分と油断しておられるようで」
「チッやりにくいのぅ」
相手は自分が心の底から惚れ、この世の何よりも大切だと思う相手。たとえ斬りかかられたとしても、本気で斬る事などできはしない。
咄嗟に凪ぎ払えば、リオウはひらりと宙返りしてそれを避け、息ひとつ乱さず微笑んでいる。
(ったく、お転婆なとこも可愛いが、ここまでくると喧嘩っ早くて苛烈もいいとこじゃな。誰に似たんかのぅ)
そんなところも惚れた欲目か、大変可愛らしく、かつ悔しいくらいにカッコいい。もっと言えば、今この時間に何回だって惚れ直している。
怪我をさせたくない。傷ひとつつけず、出来れば真綿にくるんで腕の中で愛でていたい。が、どうにもこの"子狐"は、それが気に召さぬ様子で。
「怪我はさせたくないんじゃが、手加減っつーのは難しいもんじゃの」
「手加減?ほう、この私相手にか。───随分と面白いことを仰有る」
リオウの花の顔から一瞬笑みが消え、ついで華奢な肢体から、肌をひりつかせるほどの怒気が溢れだした。
「では、お祖父様はそこで見ているがいい」
───父上、獲物は貴方だ
リオウはそう言って笑うと、鯉伴の懐に飛び込んだ。襟首を掴んで背負い投げ、ともすれば投げられた直後に体を反転させて蹴りを放つ。
ハラハラしながら動向を見守っていた妖怪たちは、勢い余って屋敷の外に飛び出してきた二人の姿を見て、ぎょっと目を剥いた。
「二代目が、二人…!?」
そこには二人の鯉伴が立っていた。埃まみれで対峙する二人は、お互いの姿に同じ顔で笑う。
「テメェ…やってくれたな」
「はっそれは俺の真似のつもりか?くせぇ芝居はやめとけって」
刀を使うことなく、完全に取っ組み合って足技やら投げ技やらでやりあう二人。さながら組手だ。単なる組手にしては、勢いが激しすぎるけれども。
「っち…おいこらテメェら!ワシを置いてくんじゃねぇ!!」
二人の元へと飛び込み、素早く凪ぎ払えば、二人の鯉伴の姿はゆらりと消える。
「おい親父!危ねぇじゃねぇか!」
「分かんなきゃ両方斬りゃあいいだけの話じゃろ」
「ったく、しかも俺相手だからって手加減なしかよ」
片方の鯉伴の姿がゆらりと揺れ、リオウの姿に変わる。変化の術が解けたのだろうか。なんにせよ、やり易いことに変わりはない。ぬらりひょんはリオウめがけて、容赦なく刀を振り下ろした。
「はっ見つけたぞ、リオウ!」
「うわっ!?何すんだよ親父!」
「おいおい。その顔でその言葉遣いはやめとけよ、リオウ。全然似合ってねぇ、よ!」
鯉伴はリオウの横っ腹に、渾身の蹴りを叩き込んだ。華奢な肢体は軽々と吹き飛び、庭の池へと派手な音をたてて飛び込んだ。
「リオウ様!?」
「これに懲りたら、ワシらに喧嘩売るのは程々にしとくんじゃな」
全く、他愛もねぇ。
ぬらりひょんは刀を担いだ。白金の髪が風に揺れる。じゃれあいは楽しいが、可愛い可愛いリオウを痛め付けるのは、やはり趣味じゃない。
その時、鯉伴の口許に妖しい笑みが浮かんだ。
「残念。──私の勝ちです、お祖父様」