天狐の桜18
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台所組を攻略してから一週間後。ある朝の台所では、朝食を作る面々と和やかに会話を交わしながら、せっせとお弁当作りに勤しむリオウがいた。
「なぁ、リオウ様ぁ…せめて黒羽丸にはちゃんと言った方がいいと思うぜよ…」
「うん?ふふ、心配するな。今になんとかなる」
「えぇ~…」
犬神は、事も無げにそう言ってお弁当をつめるリオウを、呆れたように見つめた。ちなみに、今のリオウは若菜と乙女が「お料理するならこれを♡」と用意した、真っ白でフリルの大きくついたエプロンをつけている。
エプロンなら洋装を✨なら長いお髪は邪魔になるだろうからサイドで三編みにしましょう✨なんて楽しそうだった毛娼妓たちを思い出す。お陰で今のリオウの姿は、どこぞの新妻そのものだ。
明らかに着る人を選びそうな格好ながら、完璧に着こなしている辺り流石と言えよう。お前たちが楽しいのならそれでよい、と微笑んでまるっと受け入れる辺り、リオウもだいぶ懐が深い。
「……だってもう、何も知らないのアイツだけだぜ?絶対怒ると思うぜよ…」
「なんだ、お前は本当に心配性だな。ふふっ首無の時もなんとかなったろう。平気だ平気」
(いや、あれ何とかなったというか……)
先日から、お弁当係を任されたリオウ。ちなみに、リオウの側仕えだけでなく組の給仕係を手伝う首無には、速攻でばれた。
『リオウ様!?お前たち、リオウ様に何を──』
『嗚呼、首無や。私を思ってくれている気持ちは十二分にわかっている。これは私から頼んだのだ。それはそれとして、はい。あーん』
『えっなん!?////むぐっ』
『ふふ、どうだ?お前に食べてほしいと思って作った菓子だ。よいか?これは賄賂だぞ♡』
『ん、ぐっり、リオウ様!?///』
『な、首無や。私がこうして台所に立つことを許しておくれ。お願いだ…♡』
『か、畏まりました…////』
お弁当のおかずの他に、珍しく菓子なんか作っているから何だろうかと思ったら、首無が来ることを予期していたのか。
いや、それはすごいのだ。それ自体は。流石先見の明のあるリオウだなと感心する。──が、肝心の説得が力業の勢いってどうなんだ。
「あーん♡」と口に菓子を突っ込まれ、上目遣いにお願い♡と頬を撫でられてころっと堕ちる首無もちょろいんだが。
(相手はあの思い込んだら頑固一徹。リオウ様相手でもまったく退かない堅物朴念仁の黒羽丸…絶対そんなチョロくは無いと思うぜよ…)
先輩側仕えとして尊敬こそしているものの、どうにも突っ込みどころの多いあの男。策を弄せばかえって気づかれる、とは言うが………
その時、けたたましい音とともに台所の扉が開き、黒い塊が飛び込んできた。
「リオウ様!何をしておられるのですか!」
「げっ黒羽丸……」
「おや、よく来たな。黒羽丸」
リオウは微笑みを浮かべてくるりと振り返る。その姿に、さしもの黒羽丸も思わず瞠目した。
「その、お姿は…」
「うん?あぁ、先日からお弁当係になってな。台所に立つときは動きやすいようにと皆が誂えてくれたんだ。お前は暫く調査に出ていたから、この姿を見るのは初めてか」
"えぷろん"というのだそうだ。と、にこにこ微笑みながら、リオウはこてんと小首をかしげる。似合うか?と聞かれ、黒羽丸は渋々是と答えた。
「それは、ともかく、一体何をなさっているのですか」
「ふふ、今はお前たちのお弁当を作っているんだ。あ、そうだ。ちと味見をしてほしいのだが、よいか?」
「は、はぁ…」
ずいっと目の前におかずの乗った小皿を差し出され、黒羽丸は目を瞬かせる。ぱくりと口に含めば、かつて母である濡鴉が作ってくれた時と同じ味がして。
「リオウ様、これは」
「あぁ、それはな。先日、ぁ…っ」
その時、リオウの首に巻かれたエプロンの紐がはらりとほどけた。妙に色っぽいそれに、思わず台所で作業していた面々はばっと視線をそらす。
「ほどけてしまった…。なぁ、すまぬが…結んでくれないか?」
「畏まりました」
表情を変えることなく、しゅるりと紐を結んでやる。流石は堅物、顔色ひとつ変えやしねぇ、なんて思いながら、犬神は目を眇めた。
が、この黒羽丸。ツボが他人と違うだけで、彼も立派な男であって。
「ふふ、世話をかけたな。ありがとう**」
「っ…///」
大輪の花のような笑顔で振り返ったリオウに、思わず膝から崩れ落ちた。
「だ、大丈夫か?朔?」
「い、いえ、失礼致しました//」
顔を抑えてはいるが、髪の隙間から覗く耳が真っ赤になっている。色気より純粋な笑顔に撃ち抜かれる辺り、この青年らしい。
ちなみにリオウは、味見をさせてから、どこかそわそわと黒羽丸の様子を窺っている。
「?ふふ、ならばよい。あ、して、その…先程の料理の味は、どうであった…?」
「大変美味しゅうございました」
その言葉に、リオウの表情がぱぁっと明るくなった。尻尾が嬉しそうに揺れている。そうかそうかと言いながら、甘えるように袖をくいくいひくのは無意識か。
「ふふっ良かった…♡お前の好きな料理だろう?実はな、先日濡鴉殿にならったのだ」
(((嫁力高ッッ)))
(((えっ嫁!?嫁なのリオウ様!?やってることが新妻のそれなんですがちょっと!?)))
ガタガタガシャンッとあちこちで動揺が走る。この副総大将。先日、犬神を引き連れて高尾山天狗党を訪れ、「料理当番になった。折角だから黒羽丸の好きな料理を覚えたい。教えてくれ」と潔く頼みに行ったのである。
(いやほんと…どうみても新婚さんぜよ…)
一応念を押しておくが、リオウに他意はない。純粋に、大好きな側仕えに喜んでもらいたい一心である。
「っ~~~~////」
「え?お、おいっ?どうした?」
本日二度目となる、見事に膝から崩れ落ちる黒羽丸である。これには端から見ていた妖怪たちも、わかるぞ、とうんうん頷いた。これは仕方ない。誰だってそうなる。
「あぁ、いたいた」
「何してんだ兄貴?」
ひょっこりと顔を出したささ美とトサカ丸は、台所の床に座り込む長兄の姿に、訝しげに眉根を寄せた。何をしているんだ?こんなところで。
「それが、斯々然々なんぜよ」
「あぁ、なるほどそういうことか。理解した」
「リオウ様。これがご迷惑をおかけしております」
「あぁ、いや…それは別に構わないんだが」
ほら行くぞ、とずるずる襟首をひっつかむトサカ丸とささ美に、あわててお弁当を手渡す。朔や、と呼び掛けると、我に返ったらしい黒羽丸は目にもとまらぬ早さで居ずまいを正した。
「気を付けてな。無事に帰ってきておくれ」
「は、はい…っ////」
(パトロール中に思い出して墜落に一票)
(新妻リオウ様の笑顔がちらついて仕事にならずにうだうだ悩むに一票)
ちら、と声もなく視線でそんな言葉を交わす弟妹は、長兄をずるずるとひきずって、日課のパトロールへと出掛けていった。