天狐の桜18
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まず手始めに、台所組を攻略する。妙に重々しく呟いた木魚達磨は、真剣な顔つきで続けた。
『いきなり料理全般をと言っても、"そんなおそれ多いことを"と渋るでしょう。そこで、では弁当を作るくらいは、と低い欲求を入れるのです』
これは交渉術の基本である。その時に本心を伝えて説得すれば大丈夫。あとは持ち前のノリと勢いと演技力で押しきれる。
『あんた顔はいいから大丈夫よ。その顔で儚げに笑ってごらんなさい。コロっといくわコロっと』
(最古参たちってリオウ様を何だと思ってるんぜよ)
犬神は呆れたようにリオウの後ろ姿を見つめた。現在、リオウは最古参たちの助言を忠実に守って、台所メンバーを説得中だ。
(にしても、まさかほんとに実践するとは思わなかったぜよ…)
大体、最後の一押しは顔なのか。それもそうだな、なんて事も無げに頷くリオウもリオウだが。それをずけずけ遠慮なく言える辺り、流石最古参である。
「そうか。ではすべての仕事を、とまでは言わぬ。せめて外回りがあるものや、学校に行く面々にお弁当を作るくらいはしてやりたいのだが」
「う、うぅ…ですが、」
「リオウ様にそのような些事でお手を煩わせるなど…」
(おーーー…雲行きがちっと怪しくなってきたぜよ)
物凄く申し訳なさそうな、しかしどうしていいかわからぬと言わんばかりの困惑の表情を浮かべ、妖怪たちは顔を見合わせる。
副総大将という位は総大将についで絶対。ましてやこの天狐は奴良組の大切な大切な宝なのだ。リオウが弁当を作ってくれる?そんなの食べたいし、なんなら是非お願いしたいに決まっている。でも、本当に良いのだろうか。
(───あと一押しか)
リオウは内心くつりと笑った。流れるように膝をつくと、台所で働く妖怪たちの手をそっと握る。慌てる妖怪たちに、非の打ち所のない完璧な微笑みをみせた。
「勿論、お前たちのことを力不足と思ったり、此方を思っていてくれることを忘れたり、迷惑に思ったことはない。ただ、お前たちが此方を思ってくれるように、私もお前たちのために尽くしたいと思うのだ」
───お前たちは、私の大切な大切な者たち故、な
「「「リオウ様…ッッ」」」
「わかってくれるな…?」
慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、おっとりと小首を傾げるリオウに、皆一様にこくこくと頷いた。
そんなに思って頂いていたなんて、と涙を流す面々までいる始末だ。
──そう、この副総大将。カリスマ一族に生まれただけあって、求心力は頗る高いのである。
(ほんとにノリと勢いと顔で丸め込みやがった…!)
犬神はあんぐりと口を開けた。なんだこのご主人すごい。最早文句を言う気力すら削がれるような気がする。これもリオウの畏の力なのか。
「あれ?なんの騒ぎ?」
「あ、リクオ様」
「おかえりなさいませ」
学校から帰ってきたらしく、学ラン姿のリクオがひょっこりと顔を出した。
「あれ?兄さん?こんなところで何してるの?」
「リクオ」
リオウは、その白魚のような繊手でリクオの頬をそっと包み込んだ。突然近づく絶世の美貌に、思わず固まるリクオ。その反応に、リオウの唇がゆるりと弧を描いた。
「嗚呼…リクオ──私の大将。お前は私の意思を尊重してくれると言ったな?」
「う、うん?うん。愛してる以前に尊敬してるからね…その意思は最大限に尊重しようと思ってるよ?」
「そうかそうか♡」
──その言葉、努々忘れるでないぞ
蕩けるような甘い声。しまった、と思う間もなく、するりと白魚のような指がリクオの手をとる。小指を絡め、にっこりと微笑むリオウに、リクオは頬をひきつらせた。
「約束だぞ♡」
「え、えぇと…今さら確認するのもなんだけど、何しようとしてるの?」
リクオの疑問は尤もだ。文句を言われる前に自分のペースに持っていく辺り、リオウもリクオに反対されるのを警戒していたのだろう。
まさか敵に特攻していくとか言わないよね?と詰め寄るリクオに、リオウは心底嬉しそうにふわりと微笑んだ。
「今日から私がお弁当係だ」
「…………はい?」
思いがけない、それこそ予想の斜め上を行く可愛らしい言葉に、リクオの目が点になった。なんだって?お弁当係?
「えーーーーっと………お弁当係になりたかったの?」
「あぁ、私も組のものたちの為に何かしたくてな。台所の面々に掛け合ったら、お弁当を作るくらいはと許可してもらった✨」
「そ、そうなんだ…」
確かに、自分で何かをするという自由すらろくに与えられなかったリオウにとって見れば、組のものたちと肩を並べて仕事をする事ができる、というのは、大きな進歩だろう。
尻尾を嬉しそうに揺らしながら微笑む想い人に、リクオはフッと頬を緩めた。可愛い。あとは、掃除や洗濯も交渉したくてな、買い出しにも行けたらなんて、と目を輝かせるリオウの頭をなでる。
「なら、体に無理のない範囲で、家の仕事もお手伝いさせてもらえるように…僕も一緒に頼んでみようか」
「!あぁ、頼む♡」
(((リオウ様可愛い……ッッ)))
るんるんと尻尾を揺らし、頬を上気させてにぱっと笑うその顔は、どこか幼げで。珍しく甘えるその姿に、妖怪たちは皆膝をついて天を仰いだ。涙を流すものすらいる。
(あれ…?)
犬神は、リオウの微笑みに片眉をあげた。側仕え仕事をしていると、主君の表情からその意思を読み取るのも容易になってしまうというもので。
犬神は主君の口許に浮かべられた怪しい笑みに、その意思を汲み取って頬をひきつらせた。
(これっまさか…味方についたリクオが皆を説得するのを見越して甘えてたのか…!?)
「犬神」
「っ!」
不意に名前を呼ばれ、犬神はびくっと肩を跳ね上げた。にっこりと妖艶に微笑みながら、リオウは唇の前で人差し指を立てる。
「しー」
(うっそだろマジかーーーー!!!)
もうこのご主人怖い。凄すぎて怖い。一体どこまで先を読んでいるのだろうか。
「これ、父さんとお祖父ちゃんには言ったの?」
「いいや、後で私の口から話そう。だから、お前たちもお祖父様と父上には黙っているように」
「「「はーい」」」
なんなら夕飯のおかずも一緒に作りますか?と頬を緩める台所の面々に、是非✨とリオウは嬉しそうに頷く。わいわいがやがやと集う面々を見回し、リオウは内心くつりと笑った。
(首尾は上々。私が皆と仕事をするのを当たり前にしてしまえば、あの方々も今さら辞めろとは言えまい。後は…私が自由に外を歩くことを認めさせれば…)
いつまでも此方を、か弱く儚い子狐だと勘違いしている面々には、此方の力を見せつけるまでだ。さぁ、どんな驚いた顔を見せてくれるのか。楽しそうに目元を緩ませ、リオウはひとつ尻尾を揺らした。