天狐の桜18
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「納得がいかぬな」
ある日の奴良本邸。総大将の部屋で、三界一と評された美貌を苛立ちに歪めながら、リオウはバキッと手元の扇子をへし折った。
純白の尻尾は、したんしたんと怒りも露に畳を叩き、眇められた桜の双眸は、不満と怒りの色を閃かせている。
「私は、もう過保護に軟禁されんでも平気だ。一人で何だってできる。手出し無用。なんなら組の炊事洗濯掃除だってなんだってやりたいし、自由に動き回りたい。現に今私は皆から許可をもらって家の仕事をいくつか任せてもらっている」
「んなこと言ったってよォ…お前体弱いだろ。副総大将としての仕事もやって、家の仕事もってなぁ。あんま無理すると」
「お言葉だが父上。貴方の復活にかけていた分の神気も妖力も、今やこうして自分に使えるようになった為にピンピンしていて以前より格段に調子がいい。京都の一件から畏も増え続けているし、それと同時に神気も増してすっかり健康体だ。ご心配はありがたいが何事にも限度というものが存在する。そもそも───」
「いやいや、リオウ。家の仕事だなんだと言っておったが、側仕えもいることじゃし、組の妖怪たちも───」
「聡明なお祖父様までそのような世迷い言を吐かれるとは世も末というもの。副総大将だから云々とは言うが、嫁に行っても困らぬようにと炊事洗濯家事育児、あれやこれやを仕込まれるのを黙ってみてたのは貴殿方であろう。やらねば腕がなまるというもの。というかどーせ出来やしないだろうと言わんばかりの貴殿方のその態度に一番腹が立つ」
まさに立板に水。形の良い唇から、流れるように言葉が紡がれる。反論することを許さぬ気迫と勢いに、流石の大将二人も顔をひきつらせた。
そもそも、どうしてこんなことになってしまったのか。きっかけは、一週間前に遡る────
「あんた、前に比べて格段に体調良くなったわよね」
本家の屋敷の最奥…リオウの自室にて、茶を飲んでいた雪麗は、手づから茶を淹れるリオウを上から下までじろじろと見つめた。
狒々や木魚達磨も、そうだそうだと深く頷く。リオウの傍に控えていた犬神は、その言葉にこてっと首をかしげた。
「前と比べて格段に?…そういえば、最近は床に伏せることも滅多になくなったような…昔から体弱かったんぜよ?」
リオウの傍に仕えてまだ一年ほどだが、それでも仕え始めた当初より、格段に体調を崩す頻度は減っている。リオウは、不思議そうに首を捻る面々を見やり、あぁ、と事も無げに呟いた。
「神気が安定しているからな」
「????しんきが、あんてい??」
ポカンとした顔で繰り返す犬神に、思わず頬が緩む。そうだ、とわしわし頭を撫でれば、最古参たちから早く説明しろとばかりの視線が飛んでくる。
「私の体が弱いのは、人と妖と神の血が混ざりあい、反発しているからだ。特に神の血が、妖のそれを厭うているのだろう」
今までは能力こそ強いものの、リオウ本人の畏というものは、そう大きくはなかった。何しろ、生き残りを残して滅んだ天狐は、現代の人々には存在すら知られていないことが多く、リオウ自身外出を許されぬ身ゆえに、交流があるのは限られた面々であった。
本家と遠野…幹部連中に土地神。人ならざるものならともかく、人間で天狐の存在をしっているのは、神職につくものか花開院のみ。
畏お陰で天狐としての畏は集まらず、体の半分を流れる神の血は、妖の血と不安定な均衡を保っていた。
しかし、幸か不幸か京都の一件から、全国に天狐の畏は広まり、リオウの神気は以前よりも格段に強くなった。お陰で天狐の血が妖の血を押さえ込むことが出来ているのである。
「ふふ、神気が強まれば大抵の穢れもなんとかなる。お陰で床に伏せる頻度も減ってな。喜ばしい限りだ」
「へぇ…」
「そういえば、あんた。犬神ばっか傍において、前より黒羽丸と首無を傍におかなくなったわね」
まぁ本当に"前より"というだけで、誰よりもべったりなのは変わらないが。それこそ身の回りのどんな小さなことであろうと、リオウの為に尽くすことこそ至上の喜び、な彼らを傍におかないとは、どういう気持ちの変化だろうか。
雪麗の言葉に、リオウはうん?と片眉をあげる。ついで、合点がいったように頷くと、どういうもなにも、とため息をついてひらひらと手を振った。
「前々から、あれらの好きにさせてはいたんだが…流石に私も自分のことは自分でやりたくてな」
自分で出来るから手出し無用、と面と向かって伝えたこともあるのだが、物凄くしゅんとした顔で「俺達は、もう…あなた様には不要ということでしょうか」とすがられ、大変いたたまれない気持ちになった。
その点犬神は、側仕えとなってからまだ日が浅い。貴人の身の回りの一切をする、という点に関しても、どこまでやればいいのかなど、慣れないことも多い。
言われたことは一生懸命な犬神。自分でやりたい、ということも「まぁそういうものだよなぁ」とすぐ納得してくれる。
ならば、彼等よりも傍に置く頻度が増えるのも妥当というもので。
「黒羽丸と首無を嫌っているわけでは勿論ない。傍に置きたいが、あれは傍にいればあれやこれや私の世話を焼いてしまうだろう?どうにかして彼等が納得するように丸め込む方法を見つけるまでは、三羽鴉としての務めやら他の面々の手伝いやらにいかせているんだ」
(((それはまた、難儀な………)))
傷つけない方法を探っていたのか。確かに、控えめなようでいて、あの二人はなかなか我が強い。リオウの傍にいるためなら、本人相手であってもその意思を曲げない。
「正直言って、側仕えたちだけでなくてな、組の妖怪たちも私に甘すぎる。私だって炊事洗濯をしたいし、買い出しにだって行きたい。副総大将としての立場があるのはわかっている。だがな、正直それくらい許してくれても良いと思うのだ」
嫁に行ったらやらなくてはいけないこと、として、炊事洗濯その他もろもろが出来るように仕込まれた。やらなければ腕がなまる。
「…というわけで、ついでだ。お前たちも皆への説得方法を考えるのを手伝っておくれ」
「……それ、ワシらが一緒に考えていいのか?というか、そんな仕事漬けでいいのか?御姫よ」
「お前たちは散々我が儘を言えだのなんだの言っていただろう。これは私の"我が儘"だ。不満か?」
甘やかしたい、という気持ちは十分伝わっている。だからこそ、此方を思うなら、此方の意思を受け止めてはくれまいか。それこそが一番の望みであり、"我が儘"だ。
困ったように笑いながら、だめか?と小首を傾げるリオウに、彼を本当に可愛がっていた最古参たちはがばりとリオウを抱き締めた。端から見守っていた犬神が、ぴゃっと肩を跳ねあげる。
「ダメなわけないでしょっっ!!!あんたの我が儘の一つや二つや三つや四つ!!!むしろまだ足りないくらいよ!!!言うのが遅いわこの馬鹿たれ!!!」
「そうですぞリオウ様!!この鴉、リオウ様がご無理をなさっているのではと、うぅ…っ」
「全くじゃ!御姫はちと立派に育ちすぎじゃぞ!」
「ったく、心配かけすぎなんですよォ!あんたは!!」
「これを機にまだまだ我らに出来ることがあればなんなりと…」
「えぇ、リオウ様のためなれば、この牛鬼。如何なる尽力も惜しまぬ所存」
「あん?何抜け駆けしてんだ牛鬼テメェ」
ぎゃんぎゃん騒ぐ最古参幹部たちに、ぎゅうぎゅう抱き締められながら、嬉しそうに麗しい微笑みを浮かべるリオウ。
行き場のない手をわったわったさせながら、犬神はおろおろとリオウに視線を投げた。大丈夫なのか?というか、最古参っていつもどっしり構えていて、怖いという印象が強かったんだが、そのイメージががらがらと音をたてて崩れ去った。
(皆ビックリするくらい超絶リオウ様溺愛メンバーぜよ………)
そりゃあもう、そんじょそこらのリオウ様大好きを公言する妖怪たちなんか目じゃない。うん?あの先輩側仕え二人?奴等は規格外なので端から比較対象にいれていない。
「えーーーっと、で、どうするんぜよ……?とりあえず、目下の相手は台所連中なんぜよ?」
「まぁそういうことだな。まず台所連中を懐柔して、そこから洗濯担当や掃除担当を…がいいか。リクオは大丈夫だと思うが、お祖父様と父上は後だな。まずは外堀を埋めて地盤を強化する」
「それがよろしいかと。僭越ながら、この達磨が一つ策をば」
「ほう?良い。聞かせておくれ」
(もうこいつら何と戦ってるんだ???)
唯一一般人に近い思考を持つ少年、犬神。突っ込みどころは山程あるが、一周回ってなんだか間違っていないような気がしてきた。
世の人はこれを「思考停止」やら「諦め」やらと呼ぶ。
こうして、最古参全面協力による"リオウ様の我が儘を叶えよう大作戦"が決行されることになったのである。