天狐の桜18
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───なぁ、知っているか?
───あぁ、この辺りにも出たんだろ?【八尺様】
八尺様とは、ある村に封印されていた、正体不明の女の姿をした怪異である。気に入った奴に付き纏い、魅入った人間を数日のうちに取り殺してしまうという。
成人前の若者、特に子供が狙われやすいとされ、相手を誘い出すために、友人や身内の声を出すこともある。
八尺はある身長と、白いワンピースに帽子姿。男のような声で「ぽぽぽ」という不気味な笑い方をする。
───でも、【八尺様】って何とかって村に封印されてたんじゃ
───なんでも、最近その村から出さねぇようにって結界みたいな役割を果たしてた地蔵が壊されたんだってよ
───え、じゃあ…
───あぁ、だから、今も村を出てふらふら歩き回ってるんだってよ
北関東の外れ。とある長閑な田舎町にある祖母宅に、遊びに来ていた孫娘は、開け放たれた縁側から見える自然一杯の庭に胸一杯に空気を吸い込んだ。
「ふふっばあばのお庭ってお花のいいにおいがする!」
花が咲き、小鳥が遊びに来る庭は、少女の大好きな景色で。まだ赤ちゃんな弟が大きくなったら、一緒にかくれんぼや追いかけっこもしたいなぁ、なんてぼんやり考える。
「瑠璃ー?」
「はぁい!」
瑠璃と呼ばれた少女は、母の声にぴょこっと飛びはねながら立ち上がった。乳飲み子を抱いた母は、お祖母ちゃんが呼んでるよー、とにっこり微笑む。
「ばあばが?なぁにー?」
「瑠璃ちゃん。ばあばと裏のお狐様にお参りに行こうか」
「!行くっ!あの狐様にも、今日もちゃんとお祈りしなくっちゃ!」
京都で妖怪に襲われたとき、母とはぐれ、まだ乳飲み子の弟を抱いた自分を助けてくれた、美しい狐。
『おやおや、そんなに及び腰では抱かれる方も居心地が悪うてかなわぬぞ』
『ふふっ良い子だ。さぁ、行きなさい』
妖を切り伏せ、弟をあやし、自分を守ってくれた。彼のお陰で、自分はこうして生きて母と再会できた。あれから毎日、欠かすことなくあの天狐への祈りを捧げている。
「ほんと、瑠璃は熱心ねぇ。毎日お祈りしてるわよね」
「ほっほっほ。瑠璃ちゃんはお狐様が大好きなんだねぇ」
「えへへっだって、本当に優しくて、あったかくて、かっこ良かったの」
赤く染めた頬を押さえ、きゃー♡と笑う娘に、あらあらと母は小さく笑った。全く、ピンチに駆けつけてくれた白馬の王子様に、すっかりお熱らしい。
娘と息子を助けてくれたという狐が【天狐】という神様であることは、テレビや雑誌の特集で知った。神様がどうして子供たちを助けてくれたかはわからないが、あの神様に感謝する気持ちは家族皆忘れたことはない。
「瑠璃ちゃーん、出掛けるよ~」
「まってー!今行くー!」
お気に入りの鞄を引っ提げ、ばたばたと慌ただしく靴をつっかけて家を出る。玄関を出たその時、ざわりと生暖かい風が頬を撫で、辺りの木々を揺らした。
【ポぽ…ポ…ポぽぽ】
「?」
庭の方から聞こえる妙な声に、瑠璃はキョロキョロと辺りを見回した。低いしゃがれた男のような笑い声。
【ぽぽぽ…ぽぽぽ】
ゆっくりと巡らせた視線の先に、それはいた。高い垣根から頭が覗いており、ゆらゆらと左右に揺れている。長い髪と目深に被られた帽子で顔は見えないが、被った帽子と長い髪から見るに、女の人だろうか。
「な、に…?おんなの、ひと…?」
いや、垣根の高さは2m以上ある。大人の男の人だって、彼処から頭が出るほど大きい人なんて見たこともない。
(あれは、なに?)
変な人、なんて思いながら、じっとその女性を見つめていると、不意にその女の首がくる、と此方を向いた。思わずヒュッ息をのんだ瑠璃の瞳と、女の帽子に隠された瞳が交錯する。
【ぽぽぽぽぽぽぽぽぽ】
女は不気味な笑い声をあげて、ニタリ、と唇を歪めた。