天狐の桜17
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「シマは返してもらう。ここの女も全員、"連れ帰らせて"もらうぜ」
切り裂きとおりゃんせは、対峙するリクオと猩影を一瞥し、小さく笑った。なかなかの強者と見える。これは"このまま"では勝てないだろう。
「おたくら二人とも…<強そう>であり〼ねェ…ここは一旦<引かせて>もらいますよ」
「「!」」
何をする気だ?身構えるリクオと猩影を尻目に、男はつかつかと女子学生たちに歩み寄った。ついで、その外套の裏にびっしりと並んだ顔のひとつを、渾身の力でぐしゃりと握りつぶした。
「え…」
「え…っ」
「ヒ…」
鮮血を吹き出し、豆腐のようにぐちゃりと潰れる顔は、最早元の形をとどめてはいない。 怖れ戦き、声もでない女子学生の目の前で、男は歌いながら次々と顔を潰していく。
「帰すわけねぇだろ」
──ここはとおりゃんせの細道であり〼。
「ヒィ!!」
「ギャァァアア!!!!」
悲鳴が辺りに木霊する。恐怖、痛み、嘆き…耳をつんざくような叫びに、男は狂ったように嗤った。
「そうだ!!叫べ!!<小生>をおそれろ!!!!」
男の外套から立ち上った妖気が巨大な鋏に乗り移り、その形をより禍々しいものへと変える。"恐れ"が妖怪を強くする。妖怪の強さ…それは恐れられ、<語られる>こと。
「怪談のように、都市伝説のように」
──<百物語>のように
その言葉に、リクオの時が止まった。今、こいつは何と言った?──百物語、だと?こいつも"そう"なのか!?
「貴公らも<小生>の世界で永遠にさまよひ続けろ!!!!」
リクオの首に、巨大な刃が迫ってくる。
「猩影、鬼纏うぞ」
言うが早いか、ぶわりと妖気が立ち上った。土煙を裂いて現れたリクオの手に握られるは、狒々の手を模した鍔のついた大太刀。
(何!?)
「テメェの畏はそれっぽっちか」
瞠目する<切り裂きとおりゃんせ>に、大太刀が容赦なく振り下ろされた。鋏ごとその身を深々と切り裂く。鮮血と妖気が吹き出し、辺りに飛び散る。
──狒々の鬼纏 濃紅大申爪──
「恐怖で得た<恐>なんざぁ、<畏>の一面にしか過ぎねぇんだよ…」
断末魔をあげて崩れ落ちる男に、リクオは冷たく言い放った。ついで、後ろでごほごほと咳き込む猩影を一瞥する。
「猩影、助かったぜ。祢々切丸の刃じゃねぇから、脆くていけねぇや」
すっかり刃毀れしてしまったドスに、リクオは小さく鼻を鳴らす。猩影は、疲れきった様子で深々と詰めていた息を吐き出した。
「……いきなりすぎまさぁー。<昼>は<昼>で罠に人間のまま入るし…勘弁してくださいよ!」
「ハハ…あぁ、すまねぇ」
ふっと微笑んだリクオは、猩影に向き直った。今日からここはお前のシマだ、と言う言葉に猩影ははっと目を見開く。大きな畏に変えてくれよ、なんて笑いながら、リクオは何かを探すようにふっと視線を巡らせている。
(親父…)
今わかったぜ。総大将の器ってのが…これが、より大きな畏ってやつか。弱いものや下僕の為ならどんな危険も厭わない。だから皆、いつの間にかついていきたくなっちまう…
(親父…俺はこの人についていく。そして俺の狒々組を…三代目の奴良組をでっかくして見せる…!!)
力強く頷く猩影の姿を、傍らの木の枝に座って眺めていたリオウは、ゆるりと口の端を持ち上げた。あぁ、二人とも立派になったものだ。
「どうだ、気はすんだか?御姫様」
「…ふん。まぁまぁ、な」
鼻を鳴らすリオウの尻尾は、機嫌が良さそうに揺れている。どうやら機嫌は直ったらしい。
「リクオ、猩影」
「!そこにいたのか」
「リオウ様!?」
ひらりと飛び降りたリオウは、リクオの腕の中へと飛び込んだ。微笑みと共に難なく受け止めたリクオは、来てると思った、とその耳に唇を寄せる。相も変わらず、途中から気配を感じていたらしい。
よく頑張ったな、と猩影の頭を撫でていたリオウは、その後ろでそっと佇む女子生徒たちにぱたりと瞬いた。<切り裂きとおりゃんせ>の犠牲者たちか。これまた、随分と巻き込まれてしまったらしい。
リオウの視線の先にいる者たちに気づいたのか、リクオも僅かに目を瞠った。少女たちは晴れやかな顔で微笑み、ペコリと頭を下げる。
──ありがとう…あの男を退治してくれて…──
──これで…帰れます──
「あぁ」
「ふふっ迷うなよ」
二人の大将に見送られ、少女たちは光に包まれて天へと昇っていく。そのうちの一人の少女に、マナは泣きながら駆け寄った。
「綾子!!綾子!!」
──マ…ナ…?──
「ごめんなさい…!!15年間ずっとずっと…探し出せなくて…」
己の体を離さぬとばかりに抱き締め、泣きじゃくる親友の姿に、綾子はふっと寂しげな笑みを浮かべた。あぁ、すっかり大人になって。でも、あの頃とこの子はちっとも変わっていない。
──心配してたのよ。私がいないと…あんた何も出来ないから…──
「綾子…うん…ホントそうだね…」
目に涙を浮かべて笑うマナに、綾子はその形を確かめるようにそっと撫でた。15年…失った空白の時間は、やはり大きい。
ふわりと体が浮き上がり、光がどんどん強くなっていく。あぁ、もうお別れの時間か。
──見つけてくれて、マナ…ありがとうね…──
マナの手から、綾子の手がするりと抜けていく。リクオとリオウは、二人の別れを静かに見守る。鯉伴はそっと飛び降りると、無様に倒れ伏す<切り裂きとおりゃんせ>に静かに歩みよった。
リオウと鯉伴の姿に、僅かに目を瞠った<切り裂きとおりゃんせ>は、乾いた笑いを浮かべた。まさか、消える前にあの奴良鯉伴と、天狐に会えるとは。
「ガハッハハ…小生の畏が…消えてくで…あり〼。ま、せいぜいシマを奪い返されない様気を付けるんであり〼。…」
「何?」
リクオは片眉をあげた。鯉伴とリオウは、その言葉に表情を変えることなく、虫の息なその妖怪を冷たく見下ろしている。
<畏の奪い合い>は始まっている。奴良組の輩の知らないところで、深く蝕んでいるのである。奴良組の中にも、"闇は染み込んでいる"。
「どういう、ことだ?」
「恐怖あるかぎり…我ら<百物語組>は存在する」
──<小生>が消えちまっても…語られ続けて欲しいねぇ…とおりゃんせの…怪……──
<切り裂きとおりゃんせ>の体は、ざぁっと塵のように消えていく。それと同時に三好野神社に張り巡らされた<畏の世界>も消え去ったのか、怪しいほどに鬱蒼とした森は元の姿を取り戻す。
「百物語組、か…」
「リクオ。…お前らに、ちっと話さなきゃいけねぇことがある」
何時になく真剣な顔つきの鯉伴に、リクオは静かに頷く。リオウはひとつ息をつくと、ついと天を仰いだ。
冬の澄んだ夜空には、数多の星が静かに輝いていた。