天狐の桜17
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一方、リクオの姿が消えた直後から、猩影はリクオを探して三好野神社の森の中を走り回っていた。
(いない…くそ、何処にもいねぇ…)
泣いていた少女に手を差し伸べたリクオを思いだし、猩影は苛立ったように眉根を寄せる。あんなの罠に決まっているだろうが。誰がどう見たってみえみえの罠なのに。
それでも、彼が手をさしのべてしまうのは───
『俺は人にあだなす奴は許さねぇ』
「…何も揺るぎねぇか。それが三代目(あのひと)の器だ!」
妖怪でも、人間でも、"人を大切にしている"という信念はまったく変わってはいなくて。それが、三代目の…自分がついていく主だと信じた男の姿なのだから。
「奴良君!奴良君ー!」
近くでリクオを探す女の声がする。木々の間をすり抜けて顔を出すと、リクオの学校で教師をしているという女が、血相を変えてリクオを探していた。
「おい、あんた…」
「!!あ、貴方は…ぬ、奴良君は?」
「………。目の前から一瞬で消えちまった」
猩影の言葉に、女は…マナは目を見開いた。鮮明に甦るのは、15年前のあの日のこと。あの日と、まったく同じ。私があの時目と耳を塞いでいたばっかりに……
「あの時と同じなんです!!!15年前に私の目の前から消えた<綾子>と…!!もし今度は奴良も…私の生徒が連れていかれたら、私…私…!!!」
「おい、落ち着けって…!」
泣きじゃくるマナの話は、大分混乱しているようで要領を得ない。だが、どうやら異世界に捉われたということなのか。
「くそ、どうしたらいい…!?」
今此処には、知恵をくれるだろう狒々もリオウの姿もない。考えなくては。必ず、何かあるはずだ。
その時、どこからかか細く啜り泣く声が聞こえてきた。
──たすけて…帰りたい…よぉ…──
──うっうっ…帰れないよぉ…──
(!?こ、この声──)
マナは聞き覚えのある声に、泣くのも忘れて辺りを見回した。忘れるものか。15年間、ずっと探していた親友の声──
「綾子!綾子ね!?どこにいるの!?」
「!?」
猩影は、マナの様子にばっと視線を巡らせた。何もない所に空間の割れ目ができている。あそこか…!!!
「今助けるからね!!!どこ!?どこなの!?」
「退いてろ」
マナを押し退け、ずい、と前に出た猩影は、父から受け継いだ面を手に取る。途端にその体からは妖気が溢れ、畏が刀へと宿っていく。
(親父…借りるぜ。あんたの力…)
大猿 狒々の大太刀!!!!
ズドンと腹の底に響く音をたて、<切り裂きとおりゃんせ>が作り出した畏の世界は引き裂かれた。<とおりゃんせ>は斬撃をもろにくらい、足を踏ん張るもその体は為す術なく吹き飛ばされる。
「しょ、猩影君!!!!」
リクオの安堵と驚きの混じった声が飛んでくる。どうやら間一髪無事だったらしい。
「!?<小生>の影を斬っただと…!?お前…何者であり〼か!?」
「お待たせしやした。三代目」
「なん…?」
<切り裂きとおりゃんせ>の後頭部に、容赦なく刃が叩き込まれた。翻筋斗打って無様に地面を転がる。<男>は、呆然と己を斬り飛ばした人物を見上げ、目を見開いた。
「助かったぜ。猩影」
そこにいたのは、紛れもなく妖気を纏った青年で。なぜだ。先程まで確かに人間だったはず。──こいつも妖怪だったというのか。
「テメェも…妖怪だったであり〼か…」
苛立ったように歯噛みし、裂けてしまった顔の包帯をぶちぶちと食い破る。せっかく獲物が引っ掛かったと思ったのに、これはとんでもない輩をひっかけちまったもんだ。
「さぁて、俺のシマから退いてもらうぜ。とおりゃんせの切裂魔よ!」
悠然と刀を構えるリクオは、<切り裂きとおりゃんせ>をしっかりと見据え、そう啖呵をきった。
一方その頃、リオウと鯉伴は人気のない家の中をあちこち探索し回っていた。
ここが<赤いクレヨンの屋敷>であることはわかった。では、どうやったらここの怪異を解決できるのか。
この屋敷はあくまで<箱庭>。謂わばステージのようなものだ。そしてそこには必ず、根源となる妖がいるはずで。そいつを斬り伏せるなりしなければ、この屋敷を出たところで、こいつらの犠牲になる人間たちは後をたたないだろう。
「にしても、分からねぇな」
「あぁ。…<赤いクレヨン>の話は、隠し部屋に遺棄されていた子供の霊の話だろう?何故、こんな…」
二人の視線の先には、子供用の小さなベッドがあった。恐らく、二人より先にこの屋敷に連れ込まれたのであろう人間の遺体が寝かされている。
しかし、奇妙なのはその遺体が、まるで下手なぬいぐるみのように縫い合わされていることだ。右手と左手は逆につけられており、身体中には包帯が巻かれ、所々から縫合された部分が見えている。
「切って、縫い合わせている?一体…何のために…」
「何考えてるかは知らねぇが、此処にいる妖怪が相当趣味が悪ィのは確かだな。…大丈夫か?リオウ」
「…ん、少し気分が悪い」
リオウは口許を覆った。おぞましい光景に、瘴気に満ちたこの空間。そりゃあこんなところに長くいれば、気分が悪くなるのも道理というもので。
(早いとこ何とかして此処を出ねぇと…)
【タス、ケテ】
突然、子供の声がした。ばっと勢いよく振り返れば、部屋の入り口に酷くおぞましい姿の少年が立っていた。
背格好はまだ5つか6つ位だろうか。目は抉られ、千切り取られたように片腕は無く、身体中の至るところに鋏のような何かで切りつけられたらしい傷がついている。
ぎょろ、と僅かに残った眼球が二人の姿を見据えた。
【クル…クる…おかアさンが…オかァさンと…カくれンボ】
「おい、リオウ。こりゃあ…」
「母親に虐げられた末に亡くなった子供の霊を呼び寄せ、縛り付けているのだろう。まったく、趣味の悪いことだ」
【タすケて…タスけテ…イたイ…コワい】
ハやク ニゲなきャ
ずるずると引きずるようにして、少年の姿は廊下の奥の壁に吸い込まれていく。その瞬間、リオウの脳内に子供の声が響いてきた。
【タスケテ】
【ヤめて ダれカ タスケテ】
【ドうシテ コんな コト すルの】
【ドうしタら イイの】
【ここ カラ ダして】
【ボクたチ ヲ ミつけテ】
【アなタ ハ ボくたチ ヲ タスケテ くレる?】
「ぅ、あぁ…っ」
「リオウ!?」
リオウは少年が消えた壁に手をつき、額を押さえた。頭が割れるように痛い。子供の声は一人ではない。この屋敷に囚われた子供たちの声か。
リオウの黒曜石のような瞳から、生理的な涙が溢れる。苦しい、痛い。これはこの先にいるだろうあの子供たちの────
【ワタシ ノ カワイイ カワイイ ボウヤ】
しゃがれた女の声がした。鯉伴が声のする方を見ると、廊下の先に、白いノースリーブのワンピースを鮮血に染めた40代程の女が、キヒキヒと不気味な笑い声を上げてたっていた。
痩せこけた体は骨が浮き、ぎょろりと突きだした目玉が此方を見つめている。首は明後日の方向に曲がっており、その手には布の裁断用の鋏が握られていた。
【キヒ キヒヒ キヒヒヒヒヒ】
歯をガチガチとならしながら、女はリオウを見つめてニタリと笑う。
【イタイ ノ?イタイ ノ? ママ ガ ゼンブ ナオシテ アゲル】
ダカラ ミンナ ワタシヲ ミテ?
その瞬間──女の記憶が、二人の脳内へと流れ込んできた。