天狐の桜17
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「…まぁいい。そんなことより、本当にそんな板でリクオの元に行けるのか?」
「板ってお前…スマホな。スマホ。なんだ、まだ使い方習得できてねぇのか?」
「余計なお世話だ」
犬神たち現代っ子組に、毎夜毎夜指導を請うているようだが、どうやら一向に上達しないらしい。"でんわ"は使えるようになった、と鼻をならすリオウに、こいつはまだまだ先が長そうだと鯉伴は目を細める。
その時、鯉伴の持っていたスマホの画面に、微かなノイズが入った。ついで、地図アプリを表示していた筈の画面が、とある家の写真を写し出す。
少し汚れた白い外壁に、赤い屋根の二階建て。庭には雑草が生え、所々ひび割れた窓ガラスはガムテープらしきもので止めてある。
写真はノイズと共に、すぐさま元の画面へ切り替わってしまうが、得たいの知れない妙な違和感に、鯉伴は思わず頬をひきつらせた。
「リオウ、今の見たか?」
「あぁ。…父上が変なところを触った訳じゃないんだろう?」
「違うって。…お、ご丁寧に地図の目的地すら変わってら」
いくら画面をタップしてもアプリは消えず、電源を消そうと試みても画面は消えない。明らかに誘われている。
「………私は猩影とリクオに会いに行きたかったんだが?」
「……あーーー…なんつーか、ちっと寄り道していこうぜ?」
「………💢」
ぎゅう、と鯉伴の手を握る力が強くなる。リオウの無言の抗議に、鯉伴は乾いた笑いを浮かべる。面倒事が向こうからやって来ちまったもんは仕方ないだろう。
「…はぁ…うちのシマで悪さされても困る。ほら、父上。行くならとっとと行ってさっさとけりつけるぞ」
地図をちら、と見ながらぐいぐい引っ張っていくリオウに連れられて、地図の示す例の家へと向かっていったのだった。
そして先程の場面へ戻るわけである。鯉伴がうっかり家の中へ入ってみたら、扉が閉まって出られなくなり、窓を割ろうにもびくともしない。
そんな中、リオウが廊下に落ちていたクレヨンを見つけ、幸か不幸か繋がったネットで、鯉伴がこの屋敷の事を検索したら【赤いクレヨン】の都市伝説を見つけたわけである。
「本当にさくっと解決できるか疑問に思えてきた」
「そう言うなって…にしても、ひでぇなこの家」
家の中は人気がない。しかし、所々に血の飛び散った痕やら、何かを引きずったような痕が残っていて、まさに"凄惨"かつ"おぞましい"という言葉につきる。
「………早く帰りたい」
「お前の口からそんな可愛い言葉が聞けるとは思わなかったぜ」
「……………………私こそ、でぇとでこんなおどろおどろしい場所に来るとは思わなかった」
家の畏を断ち切れば出ることは可能だろう。だが、その前にこの怪異自体を解決しなくては本末転倒だ。ここに来た意味がない。
「この血、そんなに古いものでは無さそうだ。しかも人間のものだな」
壁の飛沫血痕を見て、リオウはため息をつく。リクオと猩影の姿を見守りに来ただけなのに、とんでもないことに巻き込まれたものだ。何が悲しくてこんな神経がすり減らされそうなことに巻き込まれなきゃならんのだ。
「これも組のため…組のため…」
「おいおい、どんだけ嫌なんだよ」
「逆にこんな状況で目を輝かせて探索しようとしてる貴方がおかしいんだ💢」
きゅ、と袖を引くリオウに、さて何が出てくるのかとキョロキョロと辺りを見回す鯉伴。どう見てもお化け屋敷でいちゃつくカップルである。
因みに、リオウ個人としてはこういったものも、荒事もまったく恐れるものではないが、明らかに人の子の命が害されてそうな場所というものは好まないもので。
(本当に早く帰りたい…)
まずは近場の部屋から回るか♪なんて足を進める父に、リオウはげんなりした様子でため息をついた。
鯉伴とリオウが<赤いクレヨンの屋敷>に閉じ込められている一方で、リクオもなかなかな窮地に陥っていた。
リクオの顔に巨大な鋏が迫る。間一髪懐からドスを取り出したリクオは、鋏の刃の間にドスを噛ませてそれを逃れた。
ピシピシ、とドスの柄と鞘にヒビが入る。隙をついて刃を一閃させ、転がるようにして距離をとる。少女を背に庇いながらドスを構えたリクオは、不思議そうに目を見開く男を睨み付けた。
「なんだお前は!!この子に何をした!?」
「…?お前…<小生>を怖がらないのか…?」
男の言葉に、リクオはその意をはかりかねた様子で眉根を寄せた。男はつまんねぇなぁと口角を吊り上げる。狂気に染まった歪な笑みは、得たいの知れない恐怖を感じさせる。
「帰りたいよぉ…怖いよぉって言えよ…」
<小生>が欲しいのは、そういう顔であり〼。
「!?待て!!!」
ズズ…と男の姿は闇の中へと消えていく。それと同時に、後ろにいたはずの少女の姿も跡形もなく消えてしまった。
(なんなんだ…?女の子、消えた…猩影君は…?)
疑問はつきないが、早く奴を見つけ出さなくては。生暖かい風に黒々とした木々が揺れる。既に闇が辺りに満ちているのに、自身の姿が妖怪にならない。
広い、どこまでも続く細道。奥へ奥へと駆けるリクオは、しまったとばかりに歯噛みした。これは畏の世界か。
(きっとうちの<置行堀(おいてけ堀)>と同じタイプ…)
畏の世界…その妖怪の領域に入ってしまったら、無条件で規則に従わなくてはならない。置行堀なら、<池に近づく者の大切なモノを無条件で奪う>規則…
きっと<あの男>は、歌を聞いて細道の影に入った者を、無条件で引き込むのだろう。どうする?どうやったらここから脱出できるんだ…!?
思案にくれていたリクオは、薄闇の奥に動くものを見つけ、目を凝らした。近づいてみると、それは顔を失い嘆く少女たちの姿で。無数の顔のない少女たちに、リクオは思わず息を飲んだ。
「ここから出たいよぉ…」
「うぅ…出してよぉ…」
少女たちはぞろぞろとリクオを取り囲む。顔がない、一生ここから出られないのよ!!!と泣き叫ぶ少女たちに取り縋られ、流石のリクオもたじろいだ。
「だ…大丈夫だよ!泣かないで!どうしよう…弱ったな…(あいつ一体、どういう妖怪なんだ…!?)」
「<小生>の女は恐ろしいかね!?」
男の声がすぐ後ろで聞こえた。
「なっ!?いつの間に…!?」
ばっと振り向き、リクオは瞠目した。広げられた男の外套の内側には、数多の顔が張り付いていた。恐怖に泣き叫び、嘆き悲しむ少女たちの顔が。
「完全に…<小生>の<畏の世界>にのまれたね…」
その<小生>を畏れた顔が欲しいんであり〼。
リクオの顔を握りつぶすかのように掴み、男はにたりと狂気に満ちた笑みを浮かべた。ギチギチと音をたて、鉄錆にまみれた巨大な刃が迫ってくる。助けなど望めぬ男の作り出した<影の世界>に、少女たちの悲鳴が木霊した。