天狐の桜3
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本家から帰る朧車の中で、蛇太夫は怒り心頭であった。
「大事無いですか、鴆様。まったく、とんだうつけ者じゃないですか、奴良組の後継ぎは!こんな無理して出てきたのに。リオウ様がいらっしゃるから良いものの、あのままでは…」
抜けましょう!!鴆様なら奴良組の威光なくともやっていけます!と息巻く蛇太夫に、鴆は思い詰めたように目を伏せたまま息をつく。
「ありがとう。だがなぁ蛇太夫…お前だけに言うが、オレの命(たま)ぁ…残り少ねぇんだ」
「え!!??」
目を剥く蛇太夫に、鴆は自嘲する。父も祖父も体が弱かった。その我々を守ってくれて、しかも妖怪の世界で確かな地位を与えてくれたのは、他でもないぬらりひょん様だ。
「だから、今日は嬉しかったんだ。残り少ないこの命、奴良組のために使えるのがな」
思い出すのは幼少の頃の思い出
『この茸は食べちゃダメだ。この葉っぱは、下痢になるんだぜ』
『へー!鴆君はそういうの知っててすごいなぁ~』
『そりゃあ、オレは毒殺する妖怪だからな』
『やっぱり妖怪ってすごいんだ!!ぼくももうちょっと大きくなったら妖怪っぽくなって、立派な妖怪の総大将になるんだ!!!!』
日溜まりの中の記憶
『鴆』
『リオウ様』
『此方へ来い。…リクオにお前のような友がいてくれて本当に良かった』
頭を撫でる白魚のような手
物心ついた時から、ずっと心惹かれていた。いつも見上げてばかりいた、かの御仁の背を超えたのはいつのことだったか。守られてばかりの妖怪でありながら、初めて命を賭しても護りたいと思った麗人は、今も慈しむようにこちらを見て微笑んでくれる。
我にかえった鴆は、沈黙を誤魔化すように頭を振った。
「だが、もうそんな義理もないわ…あの男では。総大将年老いた今、リオウ様もお体が弱い。奴良組はもう、終わりかもしれん」
力なくそう呟いた鴆に、言葉を返す者はいなかった。
そして、また、鴆も気づいていなかったのだ。己の一派に巣くい、内部を食い荒らしている者がいたことを。
黄昏が空を染めていく。リオウは一人、自室で琴を弾いていた。側仕えの黒羽丸と首無は他の者に用を頼まれて側にいない。どうしようもなく手持無沙汰で、嘗て祖母や組の者から習った曲を思い出すように奏でていく。
その時、ぴくりとリオウの狐耳が動いた。細い指が動きを止め、美しい調べが途切れる。朧車が出たか、出入りとの報告は受けていない。そしてこの声…リクオか。
(鴆の屋敷へと向かうのか)
面白い
リオウはふわりと姿を消した。見つからないようにそっと朧車のもとへ姿を現すと、私のことは黙っていろと悪戯っ子のように目を細めて笑う。
(後で黒羽丸と首無と総大将に怒られるぅう!!)
内心恐怖で大号泣な朧車。心を読めるくせしてこんなときはそんなもの聞こえていないとばかりに曖昧な微笑を浮かべるリオウ。…まぁ、副総大将のリオウの言葉はぬらりひょんに次いで絶対なので、言う通りにしないなんて選択肢はもとより無いのだが。
リオウはこっそりと朧車の屋根の上に飛び乗った。リクオと鴉天狗を乗せ、走り出した頃合いを見計らって、リオウは屋根の上から中へと滑り込む。これなら今さら帰れとは誰も言えまい。
「に、兄さん!?」
「リオウ様!!何故ここに!?」
「私も行く。実は少し気になることがあってな」
「気になること、ですと?」
「いや、今はいい。行けばわかることだ。…何事もなければいいんだが…」
リオウには先見之明がある。心を読み、声を聞き、千里をも見通す瞳でとらえた物事から100手先の未来を予測することなど造作もない。そして、聡明すぎるが故に彼のこの予見は外れない。
「もう着きますよ、若」
「う、うん…」
リクオは緊張した面持ちで首肯く。嫌な胸騒ぎがする。先の兄の言葉、あれは何を指していたのか。
その時、何かが焦げたようなひどい臭いが鼻をついた。ついでふわりと飛んでくる数枚の羽。
「若!!リオウ様!!」
朧車が悲鳴に似た声をあげた。鴆の屋敷が燃えている。吹き上がる炎は屋敷全体を飲み込んで、辺りを地獄絵図へと変えていく。御簾を上げて確認したリオウは、やはりかと呟いて目を細める。
「そ、そのまま突っ込んでぇぇ!!」
「へぇ!?」
(っ、そう来たか)
リオウは動揺する朧車の壁をポンポンと労るように撫でる。ここでやめろと止めない辺り、リオウもリクオの意思に賛同しているのだろう。
リクオは衝突直前にリオウを庇うように抱き締める。咄嗟の行動に、リオウは呆気にとられた様子で目を見開いた。
ガシャ―――ンッッ
「な、なんじゃこりゃぁ!?」
「朧車ぁ!?ほ…本家かぁ!?」
けたたましい音をたてて屋敷に突っ込む。突然現れた朧車に、謀反を企てた下級妖怪たちはわたわたと逃げ惑う。どういうことだ、何故本家がいる。