天狐の桜17
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「ぶぇっくしッッ!!」
「うわっ!?大丈夫?猩影君?」
リクオは猩影と共に埼玉県の川越へと来ていた。誰かに噂されてるんすかね、とすんと鼻を鳴らした猩影は、キョロキョロと辺りを見回した。
「確か、ここら辺のはず…」
「あ、あれだね。三好野神社」
リクオは横断歩道の向かい側にある小さな神社に、ついと目を細めた。あれが怪異の起こっているという三好野神社か。
晴明との戦いを前に、地盤の強化をはかりたい奴良組にとって、組の畏が届かない場所があるのは見過ごせない。その上、神隠し事件など。
「<その時>ってのが、どうやら<逢魔が時>らしいんです」
逢魔が時…所謂日が没する直前。辺りは薄暗くなり、妖の世界と人間の世界の境界が曖昧になる、その時間。そう、ちょうど今ごろのような………
「…聴こえる…?」
「いえ…<鳥の声>っすね…」
遠くから郭公の鳴き声が聴こえる。人々が忙しなく行来し、一見すると何の異変も見受けられない。それだけに、妙な緊張感を覚えて二人は息をつめた。
日が山の向こうに消えていく。薄闇がかかり、すれ違う人々の顔をハッキリと見ることもままならない黄昏時。横断歩道の信号が、青に変わった。
───とぉーーりゃんせ とぉーーりゃんせぇ──
「「!!!」」
機械音ではない、おどろおどろしい謎の歌声。ばっと辺りを見回すも、周囲を行来する大人たちには聞こえていないようで、歌声に反応する者はない。
「猩影君…聞こえた?」
「………。機械音じゃねぇ…なんだこの音」
その歌声は、三好野神社の森の奥から聞こえてくる。歌声と共に妖気が漏れだし、明らかに誘っているのが見てとれる。
「…行こう!」
二人は意を決して三好野神社の鳥居をくぐった。鬱蒼と生い茂る木々と、幾重にも並んだ鳥居。そこは先程と比べて妙に明るく、今が日没であることを忘れてしまいそうな錯覚に陥る。
──御用の無い者 通しゃせぬぅ──
──この子の七つの お祝いに──
歌は未だ止まない。と、細道を臆することなく進んでいた二人の前に、道端に座り込み泣きじゃくる少女が現れた。
黒髪のおかっぱ頭の少女は、菊模様の着物姿で、年の頃はまだ5つか6つと言ったところだろうか。顔を押さえ、えぐえぐと泣きじゃくっている。
「帰りたいよぉ…おうちに…帰りたいよぉ…」
「若…これ」
猩影は思わず眉根を寄せた。人間に見えるが、これが噂の切り裂きとおりゃんせの怪にやられた奴なのか。どちらにせよ、あからさまな罠だ。
わざわざ引っ掛かってやる必要はあるまい。だが、リクオの判断は猩影のそれとは違っていた。そっと歩み寄ると、迷うことなく少女の手を取る。
「大丈夫。僕らと帰ろう」
「あ!!ダメだよう!帰れない!」
顔がないから
慌てた様子で声をあげた少女の顔は、まるで鋭利な刃物で切り取られたかのように、ぽっかりと大穴が空いていた。
「!!!」
───行きは よいよい───
「帰りはコワヒであり〼(マス)。」
あのおぞましい声が近くに聞こえた。鉄錆の臭いが鼻につく。血の滲んだ包帯姿の男──切り裂きとおりゃんせの怪は、勢いよくリクオめがけて鋏を振り下ろした。
マナと呼ばれたかつての女子生徒は、現在教師である自身の教え子を…リクオを追って三好野神社へと足を踏み入れていた。
「そんな、あの時といっしょ…一瞬で、暗くなった…」
逢魔が刻。それは…魔が動き暗闇に誘う、闇と現実の境目(アイダ)────
「奴良君が、消え…た…」
──怖いながらも とおりゃんせ とおりゃんせ──
呆然と呟く彼女の耳は、かのおぞましい歌声を拾うことはなかった。
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─────
ある夫婦が、かねてより夢であった一軒家を購入した。
中古物件ではあったが、建てられて間もないその家は新築同然で、しかも破格値。そのため夫婦は即決で手にいれたのであった。
ある日、廊下の奥に落ちている赤いクレヨンを見つける。夫婦には子供はなく、家に誰かが入って来た形跡もない。
『こんなクレヨンなんて、うちにあったかしら』
その時は大して気にも留めず、妻はクレヨンをゴミ箱へと捨てた。しかし、ふと気がつけば、また廊下の同じ位置に赤いクレヨンが落ちている。
捨てても捨てても落ちているクレヨン。あまりに奇異なその出来事に、夫婦はこの家について調べ始める。 その結果、この家には、もうひとつ部屋があってしかるべき空間があることが判明するのであった。
『これ、あのクレヨンが落ちていたとこの目の前じゃないか』
『でも、彼処は廊下の突き当たりよ?とても部屋なんて…』
『だが、こうして図面には部屋があると書かれているんだ。隠されているとしか思えないだろ』
旦那はそう言うと、廊下の突き当たりの壁をこんこんと叩いてみた。その先には空間があるらしく、音は響く。やはり部屋があるらしい。
意を決した夫婦は、その「隠された部屋」周辺の壁紙を剥がす。 するとそこには、釘打ちされた扉があった。恐る恐るその扉を開けると、文字通り何も無い小さな部屋があった。
しかし、その部屋の壁一面は、びっしりと赤い文字で埋め尽されていた。
【おかあさん ごめんなさい おねがい だして】
おかあさん ごめんなさい おねがい だして おかあさん ごめんなさい おねがい だして おかあさん ごめんなさい おねがい だして おかあさん ごめんなさい おねがい だして おかあさん ごめんなさい おねがい だして
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「ってのが、"この家"に関しての怪談らしいな」
「…ほぅ」
「…………悪かったって。だから機嫌直せよ」
ぎろ、と睨み付けるリオウに、鯉伴はばつが悪そうに頬を掻いた。リオウの白魚のような手には、赤いクレヨンが握られている。
そもそも事の始まりは、今から一刻程前………
「へぇ、現代は本当に進んでるねぇ。お、こっちだとよ」
「……………」
リオウはしっかりと握られた手に、小さく唇を尖らせた。何が悲しくてこの年になって親父と手を繋がなくてはいけないのか。
息子の視線に気がついたのか、スマホの地図を眺めていた鯉伴は、茶目っ気たっぷりに片目を閉じると繋がれた手を持ち上げた。ちゅっとリップ音を立ててリオウの指先にキスをする。
「手くらい繋ぐだろ?デートだからな♡」
「………好きにしてくれ」
げんなりとそう言って肩を落とす。因みに、二人とも人型をとって紛れ込んでいるのだが、如何せん見目麗しい面々が手を繋いでいちゃいちゃしてる光景は、なかなか目立つ。
「ねぇ、今の人超イケメンじゃない!?///」
「やだ///あの人めっっちゃ美人///」
流石、若菜と乙女をして「本当に目の保養だわ♡」と言わしめた二人である。リオウがどれだけ不本意であっても、どう見たってイチャイチャしてる光景は、周りからしてみれば格好の目の保養なのであった。
「…視線が痛いんだが」
「そうか?」
因みに二人とも、現代デートならこんなお洋服似合うと思って買ってきたの♡と、乙女と若菜が用意した洋服を身に纏っている。
旦那と息子がデートする、と聞いて嬉々としてきゃあきゃあと洋服を選び出す辺り、だいぶズレている母たちである。
(……………まぁ、母上たちが楽しんでおられるならそれでいいか…)
まぁ、母たちはリオウが誰かとイチャイチャしているのを見て楽しんでいるのだが、それを助長しているのが己の母たちへの甘さであることに、リオウは未だ気づいていなかった。