天狐の桜16
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「明けましておめでとう。今年もまた世話になる」
「あら、これはリオウ様。明けましておめでとうございます」
返り血まみれの姿がなんとも言えないが、丁寧に礼をする相手に突っ込むのは失礼かとリオウは思案を巡らせた。
「ご無沙汰している。その子らが生まれてからしばらくだが、体に変わりはないようで何よりだ」
「えぇ。あの時はわざわざありがとうございました」
(((!?どういうことだ!?)))
三羽鴉はぎょっと目を剥いた。自分達でさえ知らなかった弟妹の誕生を、なぜこの方が知っているのか。
………余談だが、この三羽鴉。リオウが「ろくに実家に帰りもしない、文は出さない、おまけに実家にいる時間も数時間」な面々を見るに見かねて、濡鴉と文通していることを未だに知らない。
「今宵は此方にお泊まりになりませんの?」
「悪いが、私もまたすぐ行かなくてはならない場所があってな。其方の旦那と子供たちは置いていく。今日明日いっぱいはここでゆっくり羽を伸ばせと伝えてくれ」
「あら、お気遣い痛み入ります」
血だらけの亭主を掴んだまま、濡鴉はそう言って頭を下げた。実は泊まっていってくれるのなら…と期待して、客間にリオウ用と黒羽丸用の布団を並べて敷いたりしていたのだけど。なんとも残念。
(リオウ様、早くうちの長男のお嫁に来てくれないかしら…)
超絶美人で気遣い上手、頭も良ければ武道の腕も誰にも引けを取らない。料理は出来るし家事は得意だし、芸術方面にも明るい。なにより自分と話が合う。
(こーんな最高のお嫁さんいないと思うのだけど)
黒羽丸も、もう何百年の片想いだろう。さっさと男を見せて口説き落とせばいいものを、なんて思ってしまうのだが。
まぁ、親の心子知らずとはよく言ったもので。そこは旦那の堅物さをしっかり受け継いでしまった息子。どれだけ傍にいようと、口説き落とすなんて恐れ多くて出来ないなんて思っているんだろうか。
(……………………此処にいると危険な気がする)
リオウはそれでは、とにこやかに手を振ると、小妖怪たちと共に朧車に乗り込んだ。慌てたように三羽鴉が顔を出すが、悉く濡鴉に止められている。
「リオウ様、宜しいのですか?お泊まりしなくて」
「あと行かれるとこなんてありましたっけ」
きょと、と目を丸くする小妖怪たちをそっとなで、リオウは苦笑した。どうも、子供の恋路を願うがために、是非うちの子と夫婦に!と望む親がうちの組には多い。
なるようになるさと放任するのならまだしも、虎視眈々と機会を狙って既成事実を作りにこられてはな、とリオウは乾いた笑いを浮かべた。
(あぁ~~~…そりゃ、うん百年ももだもだされたらそうなるよな…)
(俺が親でもそうするわな…)
「それに、リクオの友達に"是非初詣を一緒に"と言われているんだ」
「えっリオウ様が初詣に?」
むしろあんた拝まれる側じゃないのか、と小妖怪たちは目を丸くする。神様が人間のふりして神様拝むって何だ。よく了承したなその話。
「ふふ、私とて目をかけた子らとは仲良くしていきたい。……………んだが、なぁ…」
リクオと氷麗も行くんだよなぁ…
(((うわぁ…………)))
遠い目をするリオウは、恥じらいと後悔が一周回って諦めになったらしい。これは気まずい。納豆小僧たちは半ば同情した。自分なら絶対にいきたくない。
「…まぁ、約束を違えるわけにはいかぬからな。朧車」
≪畏まりました≫
リオウの姿がふわりと人間のそれへと変わる。羽織に訪問着、という完全な和装に、うなじで結われた黒髪が揺れる。
(((ほんと、律儀な人だよなぁ…)))
黒羽丸も大概真面目だが、この方も奔放に見えて、こういったところはかなり真面目だ。半ば呆れにも近い感情を抱きながら、小妖怪たちはそっとため息をついた。
初詣を終え、リクオと氷麗から逃げるように一足早く屋敷に戻ったリオウは、部屋に隠れていた鯉伴に捕まっていた。
「離せ…っ」
「こーら。親父にその言い方はねぇんじゃねぇの?」
「親父は、こんな風に息子に触れないだろうが…っ」
胡座をかいた膝の上に座らされ、腰をがっちりと抱かれる。逃げようとしたところを耳と尻尾を鷲掴まれ、くたりと体の力が抜ける。
「…そうかもな」
僅かに瞠目した鯉伴は、ふっと愛しいものを見るように目を細めた。頬を撫で、不服そうにそっぽを向くリオウの顎を持ち上げる。…と、その時。
スパーーーーンッッ
「なぁにしとんじゃ…鯉伴💢」
「ごめん、父さん。まさか僕のお嫁さんに手を出してる男が父さんだとは思わなくて」
物凄い勢いで後頭部をひっぱたかれた。ばっと後ろを見れば、巨大なハリセンを手にしたぬらりひょんとリクオが頬をひきつらせている。
(あっこれはまずいな)
「り、リクオ…ぅわ!?」
リクオは軽々と鯉伴の膝の上にいるリオウを横抱きにした。昼の姿だが、難なく抱き上げられる位にはリオウは軽い。もっと食べた方がいいんじゃないか?
リオウは、リクオとはやはり顔を会わせづらいのか、くるんと尻尾が顔を隠してしまう。そろそろ、と尻尾の隙間からおずおず顔を覗かせる仕草がかわいらしい。
「お前…怒っている、だろう」
「えぇ?怒ってないよ。一緒に帰りたかったのに、僕から逃げるみたいに一人で帰っちゃったこととか、あれから顔もろくに会わせてくれないこととか。べつに全ッッ然怒ってないよ♡」
(怒っているじゃないか…)
リクオは腰を下ろすと、膝の上にリオウを座らせた。ぽんっと音がしたかと思えば、リオウは狐姿に戻って丸くなる。…毛玉の出来上がりである。
「(えっなにこれ可愛い♡)…んん゙っごほん。あのね、兄さん。今回はそれじゃなくてね、強いて言うならもっと別な、大きなことに怒っているんだよ」
「そうじゃのう。ワシもその件に関してひとつ話がしたくてな」
「奇遇だな。俺もだ」
リオウの体がびくっと跳ねる。ますます小さくなるように、きゅっと丸くなるのが可愛らしい。可愛らしいのだけれど、ここで許してはいけない。
「ねぇ兄さん?テレビでやってたんだけど、【天狐特集】って何かな~?」
リクオはにこにこ笑いながら、容赦なく毛玉の中に手を突っ込み、リオウの脇に手を回すようにして抱き上げた。万歳をするような形にされ、ぶらーんと猫程の体躯は力なく揺れる。
ぺたりと耳が伏せられ、なにも聞こえませんとばかりにきゅっと目をつむっているのがまた可愛らしい。これで無自覚なんだから本当に質が悪い。
「動画もとられてたよね?今はスマホですぐ写真も動画も撮れるんだから気を付けてって言ったでしょ」
「あー、根本的にこいつの連絡手段…文か絵姿か式神、よくて電話って時代で止まってるからなぁ」
「えっなんで今までそれ否定してあげなかったのお父さん」
「あん?可愛いからに決まってんだろ」
ダメだこの親父。リクオは深々とため息をついた。現代知識に疎い疎いとは思っていたが、そろそろ矯正してやらなくては。せめて、スマホの使い方位は覚えてもらいたい。
「兄さん。外に出たときの連絡手段作ろうか」
「?」
「スマホ。連絡手段あった方が絶対いいし、使い方覚えて自衛しよう?ね?」
端から見れば、狐相手に何を言ってるんだお前はと言われそうな図である。だが、リクオは至って真剣であった。今日のように人型で歩き回る場合、スマホのひとつでも持たせておかないと心配でしょうがない。
そんなこんなで、リクオによるスマホ講座が始まった訳なのだが………
「お父さんは完全に使いこなしたし、じいちゃんはまぁ…カメラは完璧としてだよ。兄さん」
「…………………」
「なんでそんなに機械音痴なの」
そう、ビックリするくらいリオウは機械音痴であった。スマホを渡し、試しに短文をメールしてみよう、と言ってみたところ…
「僕は"奴良組"って打ってみようって言ったんだよね」
「ぶ、ふっ…く、くくっww」
「これ、笑うな、鯉伴wwふ、ぐっww」
「…………………💢💢」
したーんしたーんと不満げに尻尾が畳を叩く。散々あわあわとあーでもないこーでもないとやり、悪戦苦闘した末に結局送った文章は…
「"ぬ、っくま"って何」
「「ぶふっwwww」」
「笑うなッッ!!!💢」
腹を抱えてゲラゲラ笑い転げる祖父と父に、流石のリオウも吠えた。此方は大真面目だというのに失礼な。そもそも、何なんだこの"板"は。ちょっと触れば画面は変わるし、訳がわからない。
「兄さん、何でもそつなくこなすのに機械はダメなんだね…」
「っ、そもそもこの板が…っ」
「はいはい"スマホ"な」
「うぐ…っ」
奴良家の大将三人は、何でもできるこの天狐の意外な弱点に顔がにやけるのを感じた。恥じらいに頬を染め、悔しそうに唇を噛むのがまたそそる。
「お前、今度から外歩くときは俺とデートな♡」
「ワシとでもいいぞ♡」
「いや僕とでしょ。ねっ兄さん♡」
「な、何でそんなこと決められなきゃ」
「「「兄さん/お前がスマホ使えない/ねーからだけど?」」」
「………………………」
スマホとやらを扱えなければ、現代は一人で表を歩くこともできぬのか。お前は学校だろ、じいちゃんじゃ目立ちすぎるでしょ、なんてぎゃいぎゃい言い争う男たちを尻目に、リオウはふむ、とひとりごちた。
(首無か黒羽丸なら…!犬神なら使い方をわかるだろうか?)
絶対使い方を完璧に習得して見返してやる。新年早々なんとも気の抜ける抱負を抱き、リオウは一人拳を握りしめた。