天狐の桜16
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
リオウの泥酔キス魔事件から半時程した頃。リオウは高尾山に向かう朧車の中で、文字通り毛玉になっていた。
「……………………」
狐の姿になり、4本の尻尾を身を隠すようにぐるりと体に巻き付けて丸くなる様は、本当に毛玉のようだ。大変可愛らしい。一緒になってくっついてきた小妖怪は、その姿を見ながらしみじみと呟いた。
「いやぁ…俺リオウ様が泥酔してんの初めてみた」
「おれもおれも」
「……………///」
黙れ、と言わんばかりに尻尾が畳をぴしりと叩く。そう、何を隠そう今リオウは、猛烈に後悔しているのである。世の中には泥酔した後、当時の記憶が残らない者と残る者がいるが、リオウは後者であった。
(いっそ殺してくれ…///)
最初に首無の唇を奪い、次にリクオを襲った所から、最後に黒羽丸に口移しされて寝落ちしたところまで全部覚えている。覚えてしまっている。
「いや~、それにしても黒羽丸、いつになく積極的だったな」
「お前でも酔うことがあるんだな」
「?酔うほど飲んではいないが」
朧車を護るようにその隣を飛行していた黒羽丸は、小妖怪たちの言葉にきょとんと目を瞬かせた。積極的?酔っている?…なんの話だ?
小妖怪たちは、その思いがけない反応にあんぐりと口を開ける。え?逆に気づいていないのか?自分があの時何をして、それが周りにどう見えていたのか。
「え?じゃあお前素面でリオウ様にあっついちゅーしたのかよ!」
「ひゅーひゅー!」
「は?」
ちゅー?何のことだ…と思案を巡らせた辺りで、黒羽丸は漸く思い当たって硬直した。
『ん、はぁ、♡もっと…♡』
『畏まりました』
(あれかーーー!!!)
ざぁっと血の気が引いていく。思わず翼を動かすことも忘れ、ぐらりとその体が傾いで落下していく。赤くなったり青くなったり、はたまた落下したりと忙しい長兄に、トサカ丸はぎょっと目を剥いた。
「うわー!!兄貴ーー!!!」
「なんだ、お前わざとじゃなかったのか」
冷静すぎるササ美の視線が痛い。落下途中で慌てて持ち直し、バサバサと朧車の所まで帰ってきた黒羽丸は、頭を抱えていた。
なんと弁解しよう。いや、あの時は必死だったのだ。何とかして水を飲ませなくてはと。だが、確かに口移しはまずかったかもしれない。口移しが深い口づけに見えるなんて、当時は全く気づきもしなかった。
「あーーー…兄貴。…今はやめとけ」
必死に弁解しようと口をパクパクさせる黒羽丸に、トサカ丸は首を横に振った。今のリオウは完全に天岩戸状態である。高尾山に行く用事があるから、部屋から連れ出すことに成功したようなもの。
先程まで非常に荒れていたのだから。
『リオウ、早く出てこんか。ほれ』
『お祖父様と言えど、今は誰とも顔を会わせたくない。面会謝絶だ』
『おいおい…リオウ。見送りはどうすんだ?』
『父上から酔いが覚めぬからとでも説明してくれ。そもそも大将三人が見送りすれば、私は出なくてもいいだろうが』
『お前の傍にいたい。姿を見せてくれ、リオウ』
『リクオ。お前の頼みでもお断りだ。帰れ。そもそも大将三人して中座するとは何事だ』
一事が万事この通り。まさにとりつく島もない。神気まで使ってぴっちり閉められた襖は、どれだけ力を入れようとびくともせず、誰が声をかけようと、しまいには返事すらしなくなった。
『リオウ様…そろそろ高尾山天狗党(やま)へ帰ろうと思うのですが、如何致しましょう』
鴉天狗のこの一言で、僅かに障子が開いたかと思うと、狐姿のリオウが風のように飛び出してきた。そのまま姿もろくに見せずに朧車に飛び乗り、高尾山天狗党に向かうことになったのだ。
流石、礼儀には厳しい副総大将。どれだけ誰にも顔を会わせず引きこもっていたくても、挨拶回りだけはきちんとこなすらしい。
「どうしたらいいんだ…」
「どうするもなにも、今回のこれは不幸な事故だろ…」
妖銘酒を持ってきた犬神が悪いわけでも、酒を進めたリクオが悪いわけでも、酔ったリオウが悪いわけでもない。ましてや黒羽丸の行動も、下心ゆえの行動ではないために誰も責められない。
「時間がたてば、リオウ様も落ち着かれるだろう。それまで余計なことは言わずに待っているのが良かろう」
「そうか…」
「これ、賭けはどっちの勝ちだろうな」
「あー、引き分けってことでいいんじゃないか?」
父の言葉に項垂れる黒羽丸を見ながら、トサカ丸とササ美は揃って息をついた。
高尾山の奥深く。常人にはたどり着くことのできぬ所謂"隠里"。そこに高尾山天狗党の屋敷があった。
「あら…アナタ。お帰りになられたの…」
「正月は帰ると言ったろう」
年に一度しか帰らぬ夫の言葉に、濡鴉は袂で口許を隠しふいとそっぽを向いた。小妖怪たちは、初めて見る鴉天狗の嫁に感嘆の声をあげた。この堅物に、こんな美人の嫁がいたとは。なかなかすみにおけない。
「フゥ…一年に一回なんて…私が他の男のものになっても良いの…?」
「いやそれは困るよ、愛してるんだから」
ピキ、と額に青筋が走る音がした。三羽鴉は皆くるぞ…とばかりに身構え、リオウは見るに堪えぬとばかりに扇で顔を隠す。
ヒューヒューなんて冷やかす小妖怪たちを尻目に、濡鴉はがっと夫の首根っこを掴みあげた。
「白々しい…子供たちの前でやめてくださる…?この極道鴉(バカガラス)がぁーーーー!!!!」
「わぁーーーー!!??」
布団叩きで頭が弾け飛ぶほどひっぱたく。血飛沫が床を濡らし、鉄の臭いが立ち込める。黒羽丸はリオウに血飛沫がかからぬようにさりげなく前に立った。
「この子達が生まれても帰ってこなくて…もうっもううっ!!」
「グゲェ…猟奇的な…」
「お、俺達帰ろうか……」
「うん…」
小妖怪たちは、あまりの惨状にお邪魔しました!!と脱兎のごとく屋敷を飛び出そうとする。お前ら逃げる気か!?とトサカ丸が吠えるが、それよりも濡鴉の方が早かった。
戸口に回り込んで退路を断つと、がっと手近にいた小妖怪たちの肩を掴む。あんたたち三羽鴉もよ!!と鬼の形相で吠える母に、三羽鴉たちも思わず肩を跳ねあげた。
「ん?何あんたら。あんたたちも本家の妖怪ねぇーーー?」
「うぇっ…酒臭いぞこの人!!」
この人も酔っ払いか。なんとも今日は酒で色々とぶっとんだ人に出会いすぎではないか。新年始まってすぐだからか。そうか。
三羽鴉と小妖怪たちは、板の間に正座をして説教を受ける。大体、本家勤めだから実家に帰ってはいけないなんてことは全くない。
それなのに帰って来もしない上に、便りのひとつも寄越さないとはどういうことだ。ちなみに、近況を報告しつつ、最近の働きぶりやら様子やらを事細かに文にしたため、筆まめに送ってくれるのはリオウだけだ。
「まったく…本家につとめる妖怪は実家(いえ)のことが考えられなくなるんだから。あんたたちもたまには帰ってきなよ!?」
本家勤めでもあなたたちの実家はこの高尾山天狗党(やま)なんだから
「返事ィーーー!!」
「ハイ!!」
「うぅ…母さん親父がいない間切り盛りしてんだ。そりゃ強いよな…」
良いことを言っている筈なのに、バイオレンス過ぎて全く頭に入ってこない。鮮血に濡れた床をごしごしと磨く面々を尻目に、リオウはにっこりと非の打ち所のない笑みを浮かべた。先程まで朧車の中で毛玉になっていたとは思えぬ切り替えの早さである。