天狐の桜16
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ごぉんと除夜の鐘が鳴る。一点の曇りもない夜空には、満月が煌々と輝いている。冬らしい身を切るような寒さに、どこか気も引き締まる。
奴良組の大広間には、幹部連中から本家勤めの妖怪たちまで、全ての妖たちが勢揃いしていた。皆正装に身を包み、ピリッとした空気に背筋を正している。
「てめーら明けましておめでとう」
ぬらりひょんは静かに挨拶の口火を切った。リオウは副総大将として三代目たるリクオのとなりに。そして鯉伴は、リクオを挟んでぬらりひょんと反対側に座っている。
「知っての通り、昨年九月二十三日奴良組は、奴良リクオが三代目を継いだ。当然新年の挨拶も今年からリクオじゃ」
「…晴明との抗争はすぐに迫っている。今年一年は勝負の年だ。だが、それはそれとして…」
今日は正月だ。とにかく飲んで暴れろ。
うぉぉお!!と歓声が上がる。話がわかるぜ三代目ェ!!と、皆酒を飲んではぎゃあぎゃあわぁわぁと騒ぎ立てる。
氷麗や毛倡妓といった女性陣は御節や酒をせっせと運ぶ。あっという間に綺麗に掃除したはずの大広間はめちゃくちゃになる。
一ツ目たち古参の幹部たちは、静かに盃を傾け、リオウの酌を受けるリクオに、面白くなさそうに目を眇めた。
「フン…三代目(リクオ様)ァ~、随分余裕そうじゃねぇか」
「いやいや、リクオ様腹心の部下たちは随分と地盤固めに忙しいらしいぞ?」
ふーん?なんてつまらなそうに適当な返事をして、料理をつまむ。そんな地道なことをして、あの晴明に勝てるとふんでいるのか。少々生ぬるいのではないか。
牛鬼は、新年の宴に水を差すような幹部たちの話に、いつものように静かに口を開いた。そう、いつものように。
「確かに地道。だが地盤を強化し、仲間を増やしてより多くの"畏"を得ることで、百鬼夜行は強くなる…。全盛期の百鬼夜行の力を知っているだろう…」
「フン、それで上手くいくかのぅ」
それは良いとして…と牛鬼はゆらりと立ち上がった。何がおかしい?と片眉をあげる一ツ目に、牛鬼はぎろりと視線を向ける。不穏な空気に、周りの者はなんだ喧嘩かと息を飲んだ。
――――のだが。
「三代目が飲めや歌えと言っているのだぞ」
牛鬼は勢いよく一ツ目の口に徳利を突っ込んだ。そのままがくがくと揺さぶられ、さしもの一ツ目も目を白黒させる。
「お前も輝き"畏"を取り戻せ一ツ目ェ…この牛鬼の酒を受けろ」
「グガガっ」
「うわぁぁあ!?牛鬼が酔っている!?」
次は誰だ~と徘徊する牛鬼に、妖怪たちは悲鳴をあげて逃げ回る。
「余程三代目襲名が嬉しかったんだろうなぁ」
「まず止めてくれ達磨!!あんたつきあい長いでしょ!!」
最古参である達磨も狒々も、誰も牛鬼を止めようとはしない。狒々なんか手を叩いてゲラゲラ笑っている。すっかりカオスである。
「リオウ~♡ワシにも酌をしてくれんかの♡」
「はい、お祖父様」
リオウは副総大将として三人の大将に侍り、酌を務めていた。袴姿に高く結い上げられた髪。動くたび、さらさらと艶やかな髪が流れるのがまた美しい。
その姿に、男三人はじろじろと上から下まで眺め、ふむと首肯く。相も変わらずの美貌で、その姿も凛とした美しさが際立っているが、やはりあと一つ足りないものがある。
「今度は似合いの簪でも贈ってやろうか」
「そうだな。藤なんてどうだ?」
「いや、枝垂れ桜じゃろ」
「………あのな…」
リオウの髪に指を滑らせ、口々にあれがいいこれが似合うと話す男たちに、リオウはまったく…と呆れたように息をついた。どこの世にこの格好で簪を挿す奴があるんだ。
鯉伴は、そういえばとリオウに視線を投げる。
「リオウ、お前今年も高尾山に行くのか?」
「?あぁ、毎年濡鴉殿にもご挨拶をしているしな。ふふっ鴉天狗をはじめ、天狗党には世話になっている。礼を尽くすのは当然のことよ」
後で訪問着に着替えてこなくては、と言いながら、リオウは鯉伴の盃に酒を注ぐ。宴も酣になる頃、鴉天狗たちは実家である高尾山に一時帰宅する。
その時に、リオウもついていって高尾山天狗党の党首である鴉天狗と党首補佐の濡鴉に挨拶をするのだ。…最も、これは黒羽丸が側付きとしてリオウに仕えるようになってからの習慣だが。
それまでは、他の土地神や幹部たちと同じように、年末に回って挨拶をしていたのだが、そうしたところ黒羽丸が年始に帰るのをごねたのである。
『側仕えであるのに、主人であるリオウ様を残して実家に帰ることなんて出来るわけないだろう!!』
(((いや、年始位帰ってやれよ…)))
誰もが思った。一日くらい大丈夫だろと。リオウもそう思っていたし、説得もしたのだが、流石堅物真面目に定評のある黒羽丸。帰れないの一点張りで譲らない。
最終的に、リオウもこの側仕えに甘いもので、年末の挨拶まわりから高尾山を外し、年始に一緒に帰って挨拶することになったのだ。
「リオウ様、後程お召し替えを致しますので」
「あぁ、ありがとう。首無」
首無に軽く尾を振って応え、リオウはふっと微笑む。まったく年始から忙しいったらない。リクオはそんなリオウに面白くなさそうに腰に腕を回した。
「年始くらい傍に居てくれないのかい?」
「お前が大将であるこの組のために、ひいてはお前のためにやっているんだ。今宵くらい聞き分けろ」
流し目に妖艶な微笑でこたえる様がなんともいえない。祝言挙げた夫婦か。鯉伴とぬらりひょんは、極々自然に寄り添う二人に眉根を寄せた。
((リクオばっかいい思いしてる気がする))
ずるい。物凄くずるい。最古参が見れば子供かと突っ込まれそうだが、二人は大真面目であった。此方もリオウといちゃいちゃしたい。
「リオウ♡ほら、俺の膝に来てもいいんだぞ?」
「はいはい。ほら、盃ちゃんと持たないと溢れるぞ、父上(酔っぱらい)」
「お前…俺にだけ塩対応なのは何でなんだ」
言わずもがな、散々迷惑被ってきたのが原因なのだが、それを口に出すものはいない。だが、鯉伴にとってはつれない反応をされればされるほど構いたくなるもので。
「ほれ、お前は向こう行っとれ鯉伴。構いすぎなんじゃお前は」
「そりゃねぇだろ親父。俺だってリオウの酌で宴は楽しみてェ」
リクオは祖父と父のやり取りに肩を落とす。なんともライバルは多いものだ。何より、リオウに酌をされるのもいいが、これではリオウが一向に酒を飲めない。
「おい、リオウの分の盃と酒を持ってきてくれ」
「!リクオ、今宵私は…」
「リオウの酌はありがてぇが、俺はお前と酒をのみたい。今夜くらい俺の我が儘に付き合ってくれねぇか?」
あくまで「リクオの」我が儘と言われてしまえば、リオウもぐうの音もでない。
「…仕方ないな」
「あぁ、それでいい」
リクオは満足そうに笑ってリオウの耳に唇を寄せる。犬神がぱたぱたと酒と盃を持って駆けてくる。この時、この酒の為に大騒動が巻起こるのだが、まだ誰も知らなかった。