天狐の桜16
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
冷たく乾いた風が枯れ葉を舞いあげ、鈍色の雲が空を覆う。リオウは本家に赴くことの出来ない土地神たちに、挨拶まわりをしていた。
「白蛇。いるか?」
「――おぉ、リオウ様」
浮世絵中学校の噴水に、老齢の白蛇がざぱりと顔を出す。白蛇は久しく姿を見ていなかった副総大将に、懐かしそうに目を細めた。
毎年毎年、本家に顔を出せていない此方にもわざわざ出向き、挨拶をしに来てくれる。今年は春頃に、土地神食いから守るために結界を張りに来てくれたが、本当にこんな末端の土地神まで気遣ってくださるとは。
「先日は、うちの曾孫共々、三代目にお世話になりまして…」
「あぁ、聞いている。凛子と言ったか。息災か?」
「えぇ。お陰様で」
リオウはふっと目を細めた。以前、曾孫が生まれたと喜ぶ白蛇に会いに来たとき、是非抱いてやってくれと腕に抱かせてもらったが、あれからもう10年以上たっているのか。
「本当に、リクオといい凛子殿といい…瞬きの間に大きくなるな。本当に時が経つのは早いものだ」
「そうですな。辺りの景色も、はたと気がつく頃にはすっかり様変わりして…」
「ふふ、"生きにくい"か?」
兎角この世は、神や妖などの人ならざる者には住みにくい世になった。土地に縛られた土地神は、天狐や他の神々のように多くの畏を集めることは難しい。
おまけに、科学が進んだ世に生きる人の子達は、ますます目に見えるものしか信じなくなり、神への信仰心も薄れた。こんな世の中では、畏を集めるのも一苦労なのだ。
「其方とこうして話ができるのが私も楽しみなんだ。長生きしておくれ」
「うぅ…ありがたきお言葉…」
パタパタと描けてくる足音が聞こえる。おじいちゃん!と声を弾ませているのは、中学生位の年頃の少女。…あれは凛子か。
凛子は、曾祖父の傍に立つ4本の尾を持つ美しい狐の青年に、思わず目を奪われた。この世のものとは思えぬほどの美しい青年。誰だろう。人間ではないようだが、奴良組の方だろうか。
「曾祖父様を大切にな」
「えっ…?」
ぱらりと開いた扇で口許を隠した麗人が、ついと流し目をくれる。全てを見透かすような桜色の瞳に、どき、とした次の瞬間、麗人の姿はふわりと桜の花びらとなって消えてしまった。
「お、おじいちゃん…今の方って?」
「おぉ、来たのか凛子…あれは奴良組副総大将のリオウ様じゃ。此方が年始の挨拶に本家に参上できぬからと、年末の挨拶に来てくださってのう」
「あれが、リオウ様…」
また会えるだろうか、なんて思ってしまうのは烏滸がましいだろうか。だが、妙に気になってしまって仕方がない。また、いつか出会えたのなら…その時は話をしてみたいとぼんやり考えながら、凛子は小さく微笑んだ。
「お一人で足の悪い者たちのために挨拶まわりとは…流石慈愛深いところは変わっていらっしゃらぬご様子」
一人の男が、一人道行くリオウを呼び止めた。ここは奴良組の屋敷の近く。うっとりと倒錯したような視線を投げる男を、リオウはぎろりと睨み付けた。
「あぁ…やはり貴方様のお美しさは300年経った今でも変わらない」
「―――何をしに来た。圓潮」
「年末年始の挨拶ですよ。私(あたし)だって、貴方様のお姿を堂々と眺めたいもんです」
男めがけて、青白い狐火が四方から飛んでくる。それをふわりと跳躍して危なげなく回避すると、すたっとリオウの前へと降り立つ。深淵のような感情の読めぬ瞳がリオウの姿をうつし、にやりと笑った。
「咄家として、私は見たものを語らなくてはなりません。無論、貴方様の美しさも―――艶やかさも」
「失せろ、下郎」
全てを凍りつかせるような絶対零度の殺気。圓潮は、うっとりと目を細めた。嗚呼…なんて甘美な畏だろう。この方に殺される輩が羨ましい。
「此度はこれでお暇いたしましょう。フフ…また、お逢いしましょう」
「………」
リオウは胸元の短刀を投げつけた。しかし、潮の左胸を捉える寸前で、圓潮の姿はふっとたち消える。リオウは苛立ちも露に舌打ちすると、地に突き刺さる短刀を抜いて刃を確かめた。
「チッ…殺し損ねたか」
「リオウ様…?」
はっと顔を上げて瞠目する。首無、いつの間に。一部始終を見ていたらしい首無の顔は険しく、リオウは僅かに動揺したように瞳をゆらした。
「―――嗚呼、嗚呼…すまぬ。少し苛立ちが収まらなくてな」
額を押さえて息をつく。こんなことではいけないとわかっているというのに。首無は険しい顔で歩み寄ると、リオウの頬に手を触れた。
「…今度こそ。この命を懸けても貴方様を御守り致します」
300年前の二の舞には…させない。
「必ずや、お心の闇を拭いさってみせましょう。ですから、…僭越ながら、この私を頼ってはいただけませんか」
「首無…」
300年前のかの事件を知っているのは、組の内部でも当時からいた年長の者たちだけ。常にリオウの傍にいる黒羽丸すら、知らされていないこと。
リオウの傍に控える者で、全てを知っていて、その弱音すらも受け止められるのは自分しかいない。
「弱音も、恨み言も、貴方様の全てを受け止めます」
かつては、その傍にあることを望みながらも守れなかった。―――だが、今は違う。あの時とは、覚悟も、立場も。今度こそ、愛しいこの方を守り抜くと決めたのだから。
「…あまり、私を甘やかすものではないぞ。ダメになってしまう…」
「ダメになってくださる位で丁度いいんですよ。貴方様は頑張りすぎですから」
首無はリオウの頭を抱き寄せた。肩口に顔を埋め、リオウは黙ってされるがままになっている。艶やかな髪を撫でながら、首無は小さく息をついた。
(僕がいないとダメに成る程依存してほしい、なんて言っても…この方はきっとそれを良しとしてはくれないんだろうな)
誰かに寄りかかることを自らに許さず、他人の拠り所として両手を広げて受け止める。自分に厳しくて他人に甘い。
(お慕いしております。何があっても、貴方様のお傍に)
今度こそ、この優しすぎる主人を守り抜くのだ。
「…お前も、無理はするなよ。守ってくれるのは嬉しいが、お前に命を落とされてはたまらぬからな」
「…はい」
リオウの言葉に、首無は小さく微笑んだ。