天狐の桜15
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夜の帳が降り、しんしんと雪が町を純白に染めていく。赤い和傘をさした麗人は、暗い夜空に白く消えゆく吐息に、ゆるりと唇の端を持ち上げた。
(静かだな)
雪は世界から音を奪う。静かに降り積もる様が、よりいっそう静寂を引き立てる。麗人の長い黒髪が、ふわりと吹いた風に揺れた。
「こんな時間に一人歩きとは…感心しねぇな」
後ろからそっと腰を抱かれる。驚いた様子もなく、麗人はその手に手を重ねて、己を抱く男の胸に寄りかかった。
「ふふっそのようだな。――まさか狼にであってしまうとは」
「お望みとあらば、喰ってやろうか?優しく、な」
リオウは、己を抱く男の顔についと流し目をくれる。リクオはそんなリオウの額に唇を落とし、小さくすり寄った。
リクオの手がするりとリオウの手から抜け出し、その上から包み込むように優しく握られる。冷えてる、と呟くリクオに、そりゃあこの寒さだからなとリオウは軽口をたたいた。
「温めてやろうか」
「結構だ。今から氷麗を迎えに行くのだから」
「過保護だな」
「その過保護を守るためについてきたお前も、十分過保護なのでは?狼さん」
一向に退く気のないリオウに、リクオは名残惜しそうにその髪に口づけて解放した。それでもぴったり寄り添って離れない辺り、リクオもなかなかめげない男である。
「そんなに心配されずとも、私はそう簡単に拐かされたりしない」
「そんなことは心配してねェ。俺が嫁さんと一緒にいたいだけだ」
ほう?と目を細めるリオウに、リクオは俺以外の腕に抱かれる気がないのを知ってるからなと鼻を鳴らす。リオウはきょとんと目を瞠り、ついで堪えかねたように吹き出した。
「ふふっ大した自信だな」
「当たり前だ。―――俺以外に、お前は勿体ない」
こちとら、物心ついたときからリオウに相応しい男にならなくてはと、認められる大将にならなくてはと死に物狂いで努力してきたんだ。今さら他の野郎にかっさらわれるなんて堪ったもんじゃない。
「お前の隣に相応しい大将であり、旦那は俺だけだ」
「――――まったく、大した独占欲だ」
紅玉の瞳が静かにリオウを見つめている。努力に裏打ちされた自信か。未だ粗削りな所もあり、立派な大将としての及第点をやるにはまだ早い。しかし、これが誰よりも努力し、かつ着々と力をつけていたことは高く評価しているところ。これからが楽しみだな、とリオウはくすりと小さく微笑んだ。
氷麗は、るんるんと足取り軽く、本家への帰路を急いでいた。
リオウ様…帰ったらたくさん報告しますね。たくさん素敵な妖怪に会えたことも。そして、危険な妖が出たことも…あれはなんだったのでしょう。
「年頃の女子が夜道に一人とは…危ないぞ」
「!リオウ様!?リクオ様も!?」
リオウは静かに傘を傾け、お入りと微笑んだ。リクオは半歩下がった場所に控え、リオウを守るように立っている。
「濡れてしまうぞ」
「あ、れ?む、迎えに…?」
「よい、気にするな。ふふっその様子だと、どうやら上手くいったらしいな?」
「は…はいっ!」
「ふふっそうかそうか」
リオウは嬉しそうに微笑んで氷麗の頭をそっと撫でた。氷麗もえへへと笑ってぴょこぴょこ弾むような足取りでその隣に並ぶ。
(リオウ様…今の気持ちも…いえ、それは私の心にしまわせていただきます)
それ以外は報告しますけど!
屋敷に戻ったリオウとリクオは、目の前にずらりと並んだ小さな付喪神たち…つらら組に目を丸くしていた。
「お、おう…これは?」
「ほぅ…随分と可愛らしい付喪神だな」
「はい!私の下僕です!ほら!!かき氷もこんなに色鮮やかに!!」
どうぞ!と差し出されたかき氷に、リクオは思わず窓の外を見やる。外は猛吹雪。まさに極寒。隣で大人しく腰を抱かれている兄は、クスクスと笑いながらそうかそうかと話を聞いている。
「冬は絶好調だなぁ、氷麗…」
「ふふっ元気があってよいことだ」
「はいっ!」
元気一杯のその返事に、リオウは満足そうに尻尾をゆらした。
それにしても、とリクオは目の前のかき氷を見つめて頬をひきつらせた。この寒さの中かき氷を食べるのはなかなかな苦行だ。いや、向こうも悪気があるわけではないのは重々承知のことで、だからこそ困っているんだが。
「あ、美味しい**」
「!?」
しゃく、と隣でかき氷を頬張る兄に、思わずぎょっとする。よく食べれるな、この寒さで。思わず唖然と見守っていると、スプーンに一口乗せたリオウが、キラキラした笑顔で此方を向いた。
「ふふっほら、美味しいぞ?」
どうやら「あーん」がしたいらしい。仕方なしに口を開ける。口の中に甘いイチゴのシロップが広がり、ついで頭にキーンと響く。
「おや、冷たかったか?」
思わず額を押さえて固まれば、心配そうに柳眉を下げ、毛並みの良い尻尾がもふもふと顔を包み込む。…………あっためているつもりなのか。いや、確かに温かいのだが。
「ふふっあたたかいだろう?」
「…あぁ」
「わ、若ズルいです!私も…っ」
「ふむ、お前は温めたら溶けてしまうだろう?」
リオウはぽふぽふと氷麗の膝に一本の尻尾を乗せた。あいたもう一本は、ゆらゆら揺らしてつらら組をあやす。
「便利な尻尾だな」
「ふふっお前たちをあやすのに事欠かぬからな」
それもあるけれど、とリクオはぼんやり考える。感情を素直に示したり、まるで手足のように操ったりと便利なものだ。リオウは、あ、と何かに気づいた様子で目を輝かせる。
「かき氷とは、食べると舌の色が変わるのだろう?ふふっ変わったか?」
べ、と無邪気に笑って舌を出すリオウに理性がぐらつく。赤い小さな舌。さえざえと濡れた唇。理性を試されているのか?無自覚なのもいいが、ここまで無防備だと心配になってくる。
「――――あぁ、そうだな」
「?リク――」
顎を持ち上げ、不思議そうに小首を傾げるリオウの唇に、吸い寄せられるように顔を寄せた。と、唇が触れ合う寸前、目の前からリオウの姿が消えた。
「何をしていらっしゃるのですか…三代目」
「チッ…」
リオウを抱き上げた黒羽丸は、怒りに震える声で呟いた。急に抱き上げられたリオウは、驚いた弾みでか狐の姿になって目を瞬かせている。ちなみに、リオウが手にしていたかき氷は、つらら組の面々がはっしと受け止めている。
「随分と野暮じゃあねぇか、黒羽丸」
「リオウ様を御守りすることが俺の使命ですから」
抱き上げられたリオウは、居心地が悪かったのかじたばたと身動いでいる。やがてひょこ、と腕から抜け出すと、するりと黒羽丸の肩へと登り、襟巻きのように丸くなる。
「ただいま戻りました。リオウ様」
リオウは言葉の代わりに、おかえりと言いたげに黒羽丸の顔にすり寄った。黒羽丸もリオウを支えるように、控えめに手を触れる。
「………………………」
物凄く面白くない。
氷麗も同感らしく、むすっとぶすくれたままジト目を向けている。リオウは暫く大人しく撫でられていたが、耳がぴょこっと立ったかと思えば、ひょいと飛び降りて何処かへ駆けていく。
「リオウ様?」
「よォ、リオウいるか?………何してんだ?お前ら」
呆然と固まる三人に、鯉伴は思わず訝しげに目を眇めた。何でこの時期にかき氷?いや、そもそもこの三人で何をしているのか。
「親父が来たから逃げたのか…」
「なんの話だ?」
「親父、リオウのこと構い倒しただろ」
リクオはため息をつきながら立ち上がる。さて、リオウは一体どこに逃げたのやら。折角大人しく傍にいたというのに、黒羽丸に引き続き鯉伴にまで邪魔をされるとは。早いとこ見つけ出して、隣を独占したいと思うのは子供じみているだろうか。
(さて、何処にいったのか…)
リクオは暗い廊下の奥に歩いていった。