天狐の桜15
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黄昏が辺りを赤く染め上げていく。リオウは軽く跳躍すると、黒羽丸と共に社の屋根の上へと降り立った。
「リオウ様。…あの骨董屋ですが」
「あぁ。…大した輩ではない。今回は氷麗がきちんとこの場をおさめなくてはならぬ。お前は手を出すなよ」
「はっ」
二人は怪しげな骨董商についと目を細めた。ダウンジャケットのフードを目深にかぶり、地面に茣蓙をしいて商品を並べている。
商品からは妖気が漂い、どれも付喪神憑きなのがよくわかる。リオウはじっと骨董商を見つめ、ふむ、と独りごちた。
「黒羽丸。急務だ。―――百物語組を知っているな?奴等の足取りを追え。わからぬことは鴉天狗にでも聞くといい」
「畏まりました。リオウ様は、どちらへ」
「私は屋敷へ戻ろう。―――雪が降りそうだからな」
そう嘯いたかと思えば、リオウの姿はふわりと桜の花びらを残して消えてしまう。黒羽丸は主の姿を見送ると、自身も任務を遂行すべく飛び立っていった。
日も落ちかけ、客の数も少なくなっていく。それでも未だ賑わいをみせるガラクタ市で、氷麗はあっちへこっちへと走り回っていた。
「あの娘誰?バイトの娘?」
「え?はは…まぁ」
「いいねぇ女の子は。明るくなるよ」
「あはは…」
客の言葉に、店主である荒鷲一家の男も曖昧な笑みを返す。そのまま客と他愛もない話をしていた店主は、紙袋に入った大量の骨董品に目を止めた。
「沢山買いやしたねぇー」
「いやぁちょっと聞いてよコレ。こんなの手に入るとは思わなかったよ」
「へー」
ここまでのお宝が千円だってよー、と言いながら男は一枚の古びた皿を取り出した。氷麗は何気なくその様子を見守っていたが、あることに気づいてぎょっとする。
見た目はなんの変哲もない骨董の皿。しかし、その縁から二本の青白い腕がズルズルと這い出るように現れたのだ。
「えっ!?」
「うぉっ!?」
皿は鬼へと姿を変え、店主の前へ飛び出した。そのままジュウジュウと音を立てる熱された鉄板を蹴りあげ、店主に向かってぶちまける。
「わぁぁ!?」
氷麗は咄嗟に鉄板ごと鬼を凍らせる。ちょっと見てきます、と飛び出した氷麗は、辺りの様子に眉根を寄せる。客たちは皆、先程の客と同じ店の紙袋を手にしている。
その紙袋からはどす黒い妖気が溢れ、ひとりでに動いた骨董品たちは、皆一様に地面に飛び降りる。
「つ、氷麗姐さん…」
「お涼ちゃん、これ…」
「はい…"付喪神"です。私達と同じ、でもとても邪悪な…」
きっと曰く付きか、不遇な目にあった…器物!
器物たちはガチャガチャと音を立てて集まり、積み上がり、巨大な妖の形を作り出す。人の身の丈を優に越える巨大な妖は、まるで戦国の武将のような姿をしている。付喪神の集合体――瀬戸大将である。
あぶれた器物は逃げ惑う客たちに向かって飛んでいく。
「皆さん下がってください!!ここは私が!!」
氷麗は氷で作り出した棍棒を、妖の横っ腹めがけて振り下ろした。瀬戸大将を構成する器物たちは、ガシャンガシャンと派手な音を立てて崩れ落ちる。
しかし、器物たちはすぐにむくりと起き上がり、周囲の人間たち目掛けて飛んでいく。数も尋常ではなく、埒が明かない。
「女一人で戦わせるなんざぁ名がすたらぁ!!」
「てめーらここはオレたち荒鷲一家のシマだ!!勝手に暴れんじゃねーー!!」
荒鷲一家も、氷麗に負けじと祭りで売れ残った熊手を振るって応戦する。しかし、倒しても倒しても、器物たちはまるで操り人形のようにカタカタと積み上がり、立ち向かってくる。
「おい!こいつらはっ倒しても割っても立ち上がって来やがる!!」
「絡繰り人形みてぇだな!!気持ち悪ィ動きしやがって!!」
(え!?)
ばっと辺りを見回してみる。無数の細い糸が其処らに張り巡らされている。そして、それらが収束する先には…
≪人が死んだら地獄にゆくの♪物が死んだらどこ行くの♪≫
ごぎ、と妙な音を立てる、あの怪しげな骨董商の姿があった。
≪ここは…もらう…ここの"畏"は…オレたちが乗っとる…≫
フードからのぞく顔は罅割れており、指には糸が巻かれている。鈍く軋むような音を立てるその体は、木で出来ている古びた絡繰り仕掛けの人形であった。
「そうはさせないわ!!」
此処は私があずかった土地だから!!
氷麗は氷の薙刀を一閃させた。それは絡繰り人形の頭部を破壊し、巨大な氷の彫像を作り出す。同時に妖気も霧散し、敵対象を撃破できたことに氷麗はホッと息をついた。
だが、どよめく人々にふと我に返り、さぁっと血の気が引いていく。しまった。人前で妖術を使ってしまった。
リオウ様ならこんなときにも上手く知恵をまわす…というかそもそもこんなへまはしなそうだが、今ここにいるのは自分一人。どうしよう。
「はい!今回だけの特別イベント!!『氷と骨董のイリュージョン』!!楽しんでいただけたでしょうか!!」
「本日はこれにてお開き!!」
「それでは来年もよろしくーーー!!」
パンパンと手を叩き、荒鷲一家の男たちが声を張り上げる。呆然としている客たちは、男たちの言葉になぁんだと笑うと手を振って帰っていく。
「ここは、江戸の頃から荒鷲一家(俺たち)のシマだ」
だが、それは百物語組なんかとの抗争から、二代目や先代の雪麗が体を張って守ってくれていたからこそ、この地で商売を続けることができたのだ。そんな二人に惚れて、自分達はついてきた。
「今日のあんたは立派だったぜ」
「え?」
荒鷲一家の面々は、そう言うとにかっとさっぱりした笑みを浮かべた。うんうんと頷き、おれもおれもと声をあげる。
「オレもだ。あんたの心意気に惚れちまったい」
「敵の前にぱっと身を投げ出すたぁ、見上げたもんだぜ」
「だ、そうだ」
そんなわけで、俺たちゃあんたに従うよ
思いがけない言葉に、氷麗は目を瞬かせた。認めて、もらえた?この人たちに…?
「あ…ありがとございます…」
あ、でも、と氷麗は声をあげた。できれば、自分ではなく三代目奴良組のために力を貸して欲しい。三代目大将と、副総大将が率いる新たな奴良組のために。
「三代目ぇ?あんたそこまで三代目を買ってるのか?」
「はい!会えばきっと分かります。まだお若いけれど、きっと立派な総大将になってくださいますよ。それに、リオウ様だって…とてもお優しくて、誰よりもこの組のことを考えてくださる、素敵なお方です。…はっ!」
熱弁しすぎてしまった。というか物凄く恥ずかしいことを言ってしまった気がする。主にリオウ様に関して。
男たちは一瞬ぽかんとした様子で氷麗を見ていたが、ついでケラケラと笑いながらその肩を叩いた。こりゃあなんとも、一途で素直な"頭"が来たもんだ。
「ははっ可愛いなあんた!じゃあよ!オレたちはそんなあんたの心意気を買うぜ!」
「これからはあんたが姐さんだ!」
「取り引き成立だな!」
気に入った気に入った、ともみくちゃにされる。つらら組もまざって、大変賑やかなものだ。
(えっと、う、上手くいったのかな…?)
リオウ様、私、ここに来てからまだ日が浅く…彼らの習慣も、盃の交わしかたも知りません。でも、どうやら受け入れてくれたみたい…?
沢山報告しなくっちゃ、と氷麗は嬉しそうに笑った。