天狐の桜3
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鴆が本家から帰った後、リクオは自室で鴉天狗の説教を受けていた。リオウも鴉天狗の隣に座り、ぶーたれる異母弟に嘆息する。継ぐ継がないは本人の自由だ。だが、こうも頑なになられてはこちらとしても色々と都合が悪い。現に、今日は説得で来た鴆の面目を丸潰れにしてくれたのだから。
「鴆なる鳥は…その羽を酒に浸せば五臓六腑が爛れて死に至る猛毒の鳥妖怪であり、薬・毒薬を司る鴆一派の頭領」
どのような薬も経年によっては猛毒へと変わるように、鴆もまた生まれたときにはそれは美しい鳥であるという。やがて元服のころ、羽が猛毒へと変わる。
「だがその反面、その特性のためか…一族は大変体の弱い―――いつ消えてもおかしくない儚げで…弱い妖怪なのです」
「鴆もなかなか本家には顔を出せていなくてな。久方ぶりに会ったが、あれは相変わらずのようだな」
黒羽丸は、先日も会っていたというのに何をぬけぬけと、という突っ込みを飲み下した。先日の訪問は非公式。だが、こうもしれっと嘘をつけるこの主人の演技力に驚かされる。
「呼んだんだろ!!じーちゃんが!!鴆君を!!僕に説教させるために!!」
「フンッ!ばれちゃーしょうがないのぅ!!」
総大将だったのですか!とショックを受ける鴉天狗を尻目に、リクオはぬらりひょんに噛みつく。
「なに考えてんだよ!!鴆君は動いちゃいけない体だってのに!!酷いよ!!!!」
「酷い…?フン。そう思うのならワシの奴良組…やっぱお前にゃ譲れんわ」
「まだまだ勉学が足りていない証拠だな」
リオウは呆れたように薬煙を吐き出した。キセルをふかすその姿も実に妖艶で絵になってしまう。あまり体調が良くないのだろうか、どこか気だるげな表情が非常に色っぽく、リクオは人知れずごくりと生唾を飲み込んだ。
「鴆の気持ちも少しは考えよ。命を懸けて仕えたいと思うお家の跡取りに、「私は継げぬ」などと世迷い言を吐かれてみろ。私なら情けなさすぎて蹴り飛ばしてしまうぞ」
リオウほどの能力であれば、相手を塵も残さず瞬殺することも可能だろうに、蹴り飛ばすだけにとどめる優しさにリクオは思考を飛ばした。現実逃避なんて声はぺいっとその辺に捨て置く事にする。うん、やはり兄は優しくて可愛い。…だが、これは暗に情けないと言われているんだろうか。
リオウは固まるリクオの額を扇でぺくっとひっぱたいた。リクオは如何せん妖怪のことを…「奴良組」のことを知らなすぎる。
「リクオ様…昼の勉強も大事ですが、「夜のお勉強」も怠らんでほしいですな!」
「「夜のお勉強」?兄さんとなら喜んで」
「?それはいいが、何故私の着物に手をかける?」
「真面目に聞いてください!!」
黒羽丸はリオウを守るように抱き上げた。当人はきょと、とした様子で不思議そうに尻尾を揺らす。散々妖艶な雰囲気で周囲を惹き付けてしまうリオウだが、実は過保護なぬらりひょんたちの教育方針により色事の知識は皆無に近い。無防備過ぎるのも困りものだ。
鴉天狗にベシベシとひっぱたかれたリクオは、射殺すような視線を黒羽丸に向けつつ、うんざりしたようにため息をついた。
「何が「ワシの奴良組」だよ!妖怪が集まって悪さしてるだけじゃん!」
「リクオ様、それは違います」
少しは我々のことも知ってください。と眉間にシワを寄せた鴉天狗は、納豆小僧に「奴良組百鬼夜行画図」を持ってくるよう言付ける。はっと我に返ったリオウは早く下ろせと黒羽丸に視線を向けた。
「リオウ様、顔色がよくありません。お部屋に…」
「よい。いつものことだ。…そんなに心配なら話が終わった後で褥まで運べ。なんならお前も一緒に横になるか?」
「な゙っ///」
ものの見事に翻弄されまくりの息子に、鴉天狗はあきれた視線を投げつつ話を続けた。
「いいですか?ここが『奴良組』。本家の下には、様々な貸元どもがおります。木魚達磨殿の「達磨会」、鴆殿の「鴆一派」など…」
日本には古来より、様々な妖怪がいる。海のもの、山のもの。人型・獣・付喪神…そのほとんどが「闇」にひっそりと生きる「弱い」者だ。それら弱い妖を守る器…それが、奴良組の一面でもある。
「リクオ様。貴方がこの一面も継がなければ誰がやるのです?」
「…………」
リクオは黙って唇を噛んだ。守るべきもの、そのなかに勿論天狐であるリオウも入っている。副総大将であるリオウを嫁にとれば総大将の後を継げる、なんて戯れ言も誠と化すほどにリオウの立場とは重要なものだ。
護りたい。生涯を共に歩みたいとさえ思っている。だが、その為には組を継がなくてはならない。物事にはよい面と悪い面が必ずあるものなのだと、嘗てこの兄は言っていた。だから、お前が厭う奴良組(妖怪たち)にも、悪い面だけでなくよい面もあるのだと。
(でも、今の僕は…ただの人間なんだ)
妖怪ではなく人間として生きたい、そんな心の葛藤を見せるリクオに、リオウは静かに目を伏せた。