天狐の桜15
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少し時は戻って…
「ハッハッハ!!見ろ!!この古臭いボロ寺を!!」
氷麗は突如聞こえてきた、脳に響くような笑い声に顔をひきつらせた。まさか、まさかこの声は―――!?
「このカビの生えたよーな世界観!しかし古いものを愛でる心!これぞ錦鯉ガラクタ市だ!!」
振り返った先にいた高らかに笑う清継に、氷麗は思わず後ずさった。やっぱりこの人たちか!!で、でもなんでこの人たちここにいるのーーー!?
「あれ?及川さん!?」
「えっえ?えぇ~~~!?」
ホントだ!氷麗ちゃんじゃん。バイト?なんて巻と鳥居もヒラヒラと手を振る。牛頭馬頭だけでなく、こっちの人にも見られた。一生の不覚…!
「相変わらず真面目だねぇ。ガラクタ市は付喪神の研究にはもってこいだからねぇ!!」
「付喪神?」
「君たちはアレだな!!質問系だな!!でもいい質問だ!!」
付喪神とは、長い年月を経て魂が宿った器物のことだ。昔から人々は「古い器物には魂が宿る」と考えてきた。
百歳で妖怪になる猫又なんかと同じように、百年たてば物も妖怪になる。それが多くの絵師によって百鬼夜行として描かれてきたのだ。
「「へーぇー」」
「百鬼夜行の基礎だよ基礎!!」
興味の薄そうな巻と鳥居の相槌に、清継は熱心に解説する。氷麗はその光景を見ながら、妙に力が抜けるのを感じていた。百鬼夜行か…
「オメーには絶対無理だよ」
「ちょっ牛頭丸ゥッ!?」
小馬鹿にしたような声がしたかと思えば、牛頭丸の姿がすうっと消える。悔しい。確かに、確かに今は情けない姿を見せてしまっているけれど、私だって幹部の一人で、側近頭で、リオウ様から直々に任命されたのに…!
「ん?」
氷麗は、骨董屋台に並べられた様々な硝子容器に目を奪われた。乳白色の不思議な色合いに、妙に心惹かれるものがある。…あれは何だろう。
「気に入ったかい、おじょーちゃん…こいつぁかき氷用の容器だよ」
「か、かき氷!?これが!?」
店主は朗らかに笑った。これは大正時代から昭和初期に作られた"氷鉢"だ。昔は今のように、発泡スチロールの作り捨て容器などない時代。
日本独自の製法で作られた、乳白色の硝子器。硝子の中に特殊な原料を入れ、急激な温度差を与えることによって乳白色に発色させる。
まぁ、縁日のかき氷や流行の喫茶店で使われていた結構一般的なものだ。硝子容器は当時の流行の最先端。まぁ今となってはこのようなデザインのものは珍しいだろうが。
「オイラはカッコつけてこの時代のを"大正浪漫硝子って呼んでっけどね"」
「おじさん!これ1つください!」
1つの器を大事そうに抱え、氷麗は社にちょこんと腰かけた。自らの能力でかき氷を作り出し、えへへと満足そうに笑う。
「できたっ!なんか元気になった!!そうよ!私はまだ来たばっかりだからしょーがない!」
自分は元気が取り柄なんだから。何事も前向きに前向きにいかなくては。前に、リオウはこちらの頭を撫でながら言っていた。
『お前の笑顔は周りを変える力があるな』
『えっ!?えっへへへ///そうですかぁ?』
『ふふっあぁ。いつも笑顔で一生懸命なお前の姿を見ていると、こちらも自然と元気になる。こればかりは私にもできぬ…お前の立派な強みだな』
言わば、私の笑顔はリオウ様のお墨付き!これで自信持たずになんとします!
「そうよ!私は笑顔で頑張るんだもんっ。それなのにあんなに…あっちが酷い!それにしてもこれいい♪」
後でこれもリオウ様にご報告しよう♡とルンルン気分でかき氷を口に運ぶ。つめたっ、とどこからか不思議な声がした。
「うわぁ~久しぶり~この感覚」
どうやらこの硝子の器から聞こえてくるようだ。なんだ?と訝しげに器を見つめていると、かき氷の中から掌に乗る程の大きさの少女が顔をだした。
「!?へ?へ!?」
思わず後ずさる氷麗に、少女はにぱっと明るい笑みを見せた。ひらひらとした膝までの丈の短い着物に、頭にかき氷をのせている。
「自分でかき氷作るなんて、あなたもしかして…雪女!?」
わぁ!嬉しい初めて見た!と目を輝かせ、氷麗の指を握って握手する。大正浪漫硝子の付喪神だという少女は、自らの名を"お涼"と名乗った。
「つ、付喪神?」
「はい。もう作られて百年くらいたちますから、妖怪になりました。よろしくです、ご主人様」
お涼はペコリと丁寧にお辞儀をする。訳もわからず勢いに飲まれていた氷麗であったが、ここで漸く事態を飲み込んでぎょっと目を剥いた。今なんて言った?ご主人様!?
「ご、ご主人様!?」
「はい。氷の器なんで、雪女に仕えます」
そういうものかしら、なんて疑問が沸き立ったのも一瞬。ピンと何かを閃いた氷麗は、一目散に先程の氷鉢を売っていた屋台へ駆け込んでいく。もしかして―――
「おじさん!この器全部ください!」
ありったけの器を買い込み、社の裏手でかき氷を作り出す。すると、ぽこぽことかき氷の中から手足が伸び、やがて氷を掻き分けるようにして、ひょこっと付喪神たちが顔をだした。
「雪女様!!!!」
「ありがとうッ!!!!」
わらわらと姿を現した付喪神たちは、待ち望んだ主人の姿にキラキラと目を輝かせた。その姿と同じく、子供のような純粋な瞳。
「わ…私は雪女の氷麗よ」
母を真似て、少々冷たそうな氷の女を演じてみる。こんな感じだろうか。大将っぽい?大人っぽい?イヤーもう正解がわかりませんリオウ様!
だが、氷麗の心配をよそに、付喪神たちは非常に純粋無垢で、忠義に厚い奴等であった。
「ついていきますよ!!」
「何があっても!!シャリシャリ!!」
ピシャァァンッと氷麗の中で衝撃が走った。此処に来てから、散々子供っぽい、おじょーちゃん、と大将扱いされていなかったというのに、初めて私にも慕ってくれる下僕が…!
リオウ様…見てくださいこの姿を。私…やりましたよ。百鬼夜行氷麗組…誕生です!!!!
「なにしてんだ?あの娘…ガラクタかき集めて」
「子供はほっとけ~」
荒鷲一家の面々は、社の方で何やらわいわいガヤガヤやっている氷麗の姿に訝しげに首を捻る。不穏な影が紛れ込んでいることに、彼らは未だ気づいてはいなかった。