天狐の桜15
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「やれやれ…まさか父上に見つかるとは思わなんだ」
リオウは一人狒々の屋敷を訪れた。縁側で茶を飲んでいた狒々は、目に入れても痛くないほど可愛がっている天狐の姿に、ついと目を細めた。
「こりゃあ御姫。珍しいな」
「あぁ、息災か?狒々」
狒々は、リオウの傍に護衛の黒羽丸がいないことに気づいて首を捻る。今日は一緒ではないのか?
「鴉の倅はどうした?今日は一人で来たのか」
「まぁな。…あれがいない方が都合が良いことだってある」
狒々は、直感的に300年前の例の話かと目を細めた。リオウの黒曜石のような瞳に憂いの色が宿る。この天狐がこんな顔をするのは、300年前に起きたとある輩と奴良組の抗争の際に起こった一件位なもの。
最も、その件に関しても箝口令が敷かれ、若い衆の増えた今の組の中では、知っているものはそう多くはない。
「うちの組の…次の相手は、恐らく百物語組だろう。上手くいけば、今度こそ奴等を"根絶やし"にできるかもしれぬ」
「………」
狒々はリオウの話を黙って聞いている。相槌をうつでもなく、静かに茶を啜る。それがかえってありがたかった。
「百物語組の手口は、次々と新たな妖怪を生み出すことにある。生み出し、話をのせ、畏を集める」
人の口に戸は立てられぬ。今は何やら、"いんたーねっと"とかいう代物で、其処にいながらにして様々な情報を得られるとか。
「フン…奴等にとっては、昔より…遥かに畏は集めやすかろうな」
「成る程のう…」
山ン本五郎左衛門は消滅してはいなかった。地獄の底で、晴明と手を組んで復活の時を狙っていた。だが、晴明の様子を見ていると、彼個人の意志としてこれ以上山ン本五郎左衛門に肩入れすることは無いだろう。
(私に触れた輩を悉く許さんと言い切った奴だからな。鏖地蔵を斬ろうとしたのもそれが理由だったようだし…)
妙に独占欲の強いかの男を思い出して、辟易したように息をつく。今回は鵺のことは綺麗さっぱり忘れて、兎に角百物語組のことだけ見据えていれば良いか。
「関東大猿会の畏が届かぬところがあると聞く。百物語組の手の者かもしれぬ。…気を付けてくれ」
「あいわかった。猩影にも伝えよう。…だが、それならわざわざ出向いて来んでも良かったのではないか?ワシも猩影も、御姫に呼ばれれば喜んで本家に参上したものを」
本家(あそこ)ではこんな話はできぬと、リオウは深く息をついた。
「お祖父様も父上も…酷く気を使って下さるのがかえって辛くてな。百物語組の名前を聞くたびに痛ましいものを見るように見られ、怒りに唇を噛む姿を見せられる身にもなってみろ」
「ハッハッハ!まったく、スパッと切り替えられぬ奴等よの。御姫の爪の垢でも煎じて飲ませてやればよかろう」
狒々はカラカラと笑いながらも、リオウが今もまだ憎しみと恐怖に囚われ、怯えているのを知っていた。…無理もない。300年前、山ン本五郎左衛門に拐かされ、乱暴されかけたのだから。
神の理のために、"人間"である山ン本たちに下手な抵抗もできず、姿を狐に変えて必死で逃げたリオウは挙げ句の果てに矢を射られた。
矢は逃げ惑うリオウの右肩付近に命中し、そのままリオウは堀の中へ。組をあげて総出で探していた頃、流されてきた所を保護されたのだった。
(今でも、あの時のことを思えば腸が煮えくり返る。あれほどまでに憎く、殺しても殺し足りぬと思うたのは初めてよ)
それは恐らく、当時を知る奴良組構成員は皆同じ思いだろう。その最たるものが総大将と二代目であり、これまた二人とも慣れぬ気遣いなんぞするために、かえって御姫がいたたまれなくなるのだ。
「下手に気を使われるより、私は皆の笑顔が見たい。…それに、"山ン本五郎左衛門"は人をやめ、妖怪となった。妖ならば、私も斬れる」
次に出会ったら殺すまで
その瞳は恐ろしいほどに冷徹で、吸い込まれそうな程に美しかった。身が凍るほどの殺気の籠るこの瞳を美しいと感じるのは、やはり妖の性だろうか。
「相変わらず、御姫は惚れ惚れする程男前じゃの。猩影もなかなか見る目がある」
「猩影か…あれも、まだまだ粗削りだが、リクオを慕って頑張ってくれている。次屋敷で相見えたら、たんと甘やかしてやろうと決めているんだ」
「リオウ様!!!此処におられたのですか!!!」
その時、空から鋭い声が飛んできた。リオウは、見つかってしまったなと小さく微笑む。困ったようにクスクス笑う表情からは、先程までの憂いは見受けられない。
「護衛もなしに出歩かれるなど言語道断!!!危のうございます!!!僭越ながら、もう少し危機感をお持ちください!!!」
「待て待て、鴉の小倅。ワシが御姫を呼んだんじゃ。相談したいことがあるから、一人で来いと」
「狒々様が、ですか?」
「あぁ。こう長く生きとるとな、他のものには聞かせられぬ話の一つや二つ持つようになるというもの。お主の心配もわかるが、な?」
狒々はそう言ってリオウの頭を撫でた。行き場をなくした怒りと心配に、黒羽丸は僅かに眉根を寄せる。リオウはそっと黒羽丸に歩み寄ると、その腕に控えめに手を添え、甘えるように小首を傾げた。
「すまぬな、連絡もなしに」
「いえ…不躾をお許しください」
「そんなことはもうよい。それより…なぁ、黒羽丸。たまには"でぇと"をしてみないか?」
「はっ?」
目を丸くする黒羽丸に、狒々はケラケラ笑いながら行ってこいとヒラヒラ手を振った。狒々とて子の親。猩影が昔からこの天狐に淡い想いを寄せていることは知っているし、応援もしている。
それでも、背中を押せるのは、鴉天狗の堅物な面を色濃く受け継いだようなこの青年が、軽々しく手を出さないと分かっているからだろうか。
いや、それほどまでに大切にし、かつリオウが信頼しきっていることを知っているからかもしれない。
「狒々、ありがとう」
「あぁ、またいつでも来るといい」
二人の姿が、桜の花びらをはらんだ風に吹かれて消えていく。孫のように可愛がっている可愛い可愛い天狐。彼が、誰にも言えぬ思いを吐き出す相手に選んだのが自分だったという優越感。
(にしても、御姫は相変わらず気遣い上手過ぎて自分が疎かになりがちじゃのぅ)
奔放に見えて優しすぎるかの麗人を思い、狒々は一人思案にくれた。