天狐の桜14
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夜の闇が浮世絵町を妖しく包む。いつもは酷く賑やかな屋敷にも、この日ばかりは重苦しい静寂が満ちていた。
「若頭はまだですかな…?」
「今に来られよう。それよりも…」
「あぁ、まさか三代揃う姿をこの目で拝めようとは」
ずらりと居並ぶ幹部たち。正装に身を包んだ彼らの視線の先には、上座に座するぬらりひょん、鯉伴、そしてリオウの姿があった。
リオウは、艶やかな白銀の髪を高く結い上げ、黒い紋付き袴姿で三代目の傍らの席へ慎ましく控えている。今宵は、リクオの正式な三代目就任の総会だ。
いつになく凛とした華のような佇まいに、並みいる幹部たちはほうと息つく。鯉伴とぬらりひょんは、そんなリオウの姿に目を細めた。まったく、立派になったものだ。
しんと静まり返った大広間に、しっかりとした足音が近づいてくる。す、と音もなく襖が開かれ、リオウは襖の向こうに現れた人影に向かいあうように座り直すと、ついと流れるように礼をとった。
時は戻って、京都にて――――
「いいんだな、リクオ」
「あぁ。親父も、あんたも、いいか?」
「えぇ」
「おう。元より、リオウがそう望んだんだからな」
鯉伴はそう言ってリオウの体を優しく撫でた。乙女もリオウが望むのならと静かに首肯く。リクオは羽衣狐の依り代を、そっと狂骨たちへと譲り渡した。
狂骨は、がしゃ髑髏の腕に抱かれた依り代の手をとり、ぎゅっと握りしめる。このお方の畏に、この方に心底惚れ込んで、自分達は羽衣狐についていくことを決めたのだ。
「羽衣狐様(この方)が、京妖怪(あたしら)の象徴なんだ。他についてくものなんてない…唯一の妖(ひと)なんだ」
「すまない。恩に着る」
天狐様にも、よろしくお伝えしてくれ
白蔵主はそう言って深々と頭を下げた。何処ぞへと去っていく京妖怪たちの背を見送りながら、リクオは静かに口を開く。
「京妖怪(奴等)は京妖怪(奴等)なりに信念があった」
そんな信念を裏切って…百鬼夜行の主を名乗り、親父を切り、己の母をも葬り、リオウすらも傷つけた。
「俺は晴明(あいつ)を、絶対に許さない」
リクオの言葉に、妖怪たちは皆表情を引き締める。ぬらりひょんはリクオの言葉についと目を細めると、静かに紫煙を吐き出した。
「リクオ。てめぇで全面きってぶつかる気か」
「進ませてもらうぜ。止めんなよじじい」
ぬらりひょんは飄々と笑っておうよ、と返事をする。大将らしい凛々しい姿に、乙女は目を潤ませ、鯉伴もふっと頬を緩ませた。
(随分男っぽくなりやがってよぉ、リクオ)
(あぁ…妾に子がなせたのなら、きっと貴方のような子だったのでしょう)
だが、もうそんなことはどうでもいい。リオウが、リクオが居るのだから。血は繋がっていなくとも、可愛い息子たちがそばに居る。それが何よりの幸福だと、どうして今まで気づくことができなかったのか。
「二代目、リオウ様をお預かりします」
「いや、俺が抱く。親父、リオウ貸せ」
リクオと黒羽丸の間で静かに火花が散る。鯉伴は深くため息をついた。リオウはそんな騒ぎも露知らず、腕の中ですよすよと眠っている。
わいわいと明るい声が、すっかり大破した弐条城に響く。下から見上げながら、最古参の幹部たちは頬を緩めた。
「…いよいよですな」
「ハッハッハ!これで御姫もひと安心じゃな!」
「うむ」
「フン…来るんじゃなかったぜ」
これじゃ認めざるをえんだろーがよぉ
リオウが心の底から認め、信頼した年若き大将。しかしてその実力と求心力は目を瞠るものがあり、此度の戦いでまさに大将たるに相応しい器を見せつけた。
これはどうあがいても、組のためにこの奴良リクオという男を認めざるを得ない。
「一ツ目のその台詞、御姫が聞いたら喜ぶじゃろうのぅ」
「ふん。…今度饅頭持っていく位はしてもいいか」
ぶっきらぼうな一ツ目の台詞に、狒々はカラカラと笑った。達磨はそんな古くからの同胞たちを見て、我々も若い者に後を譲らなくてはいけないかと嘯く。
「お?そろそろ引退か?隠居して好き勝手すんのもいいもんだぞぉ?」
「ふったとえ引退しても、隠居してのんびり、なんてリオウ様がお許しにならぬだろう」
『ふふっ暇か?暇であろう?ちと付き合っておくれ』
優美に微笑んでいるかと思えば、時折突拍子もないことを言い始める組の宝。昔から、かの天狐を殊の外可愛がっている面々は、賑やかになりそうなこれからを思ってふっと微笑んだ。
花開院本家。先の戦いで、半壊した屋敷の瓦礫整理やら何やらに、生き残った陰陽師たちは奔走していた。
「ここが花開院本家かぁーー!?」
「400年ぶりだぜ!」
「へーちょっと壊れただけで無事かよ!晴明がこっち斬らなくて良かったなぁー」
ちょっくら邪魔すんぜ!!おーい俺の組点呼とるぞー!!と小妖怪たちはテンション高く門をくぐる。わいわいガヤガヤぞろぞろと押し寄せてきた妖怪たちに、陰陽師たちは皆目を剥いた。なんじゃこりゃ。
「よ…妖怪が…」
「ウアアア~~」
ひぇぇと陰陽師たちの悲鳴とも泣き言ともつかぬ声が聞こえてくる。四百年前の乱痴気騒ぎが甦るようで、秀元は眩しそうに目を細めた。
「四百年後もやっぱり賑やかやなぁ…君の組は」
「そりゃどうも」
「にしても君、随分老けたな。妖のくせに」
「お前が異常なんじゃ。人のくせに」
軽口を叩きながら秀元はぬらりひょんとぶらぶら庭を歩いていく。さて、これからやらなくてはいけないことは山積みだ。
「……晴明が地獄からいつ戻ってくるか、詳しく調べさすわ」
もう体は殆ど出来ていた。リオウが妖力を大幅に削ったとはいえ、体を持たせる位の妖力を蓄えるのには、そんなに時間はかからないだろう。反魂の例も、肉体が不老不死になるという話もあるし、調べてみる価値はありそうだ。
「妖の感覚は人でははかれんが、早くて一年…」
一年後…
ぬらりひょんの顔つきが険しくなる。つまり、地盤を固めたりなんだりと地道に力を蓄える事ができる猶予は一年ということか。
「あれ?そういえばリオウちゃんは?」
「ん?そういやどこ行った?」
リオウは黒羽丸の腕の中で目を覚ました。きょと、と大きな目を丸くしてきょろきょろと辺りを見渡す。ここは花開院本家か。何かを探すようにぴょこと耳をたてたリオウは、腕を抜け出そうとじたばたと身動いだ。
「リオウ様、いけません。大人しくしてください」
リオウは不満げにてしてしと前足で黒羽丸の胸を押す。降ろせ降ろせと言わんばかりに暴れていたリオウだが、それを許さんとばかりにしっかりと抱き直され、諦めたように大人しくなる。
と、次の瞬間、リオウの姿が本来の姿へと変わった。
「っ!?な、リオウ様!?」
「降ろせと言っているだろ…💢」
動揺してもしっかり抱いて落とさない辺り、黒羽丸の対応力の高さが窺える。リオウはするりと黒羽丸の腕を抜けると、きょろきょろと辺りを見回して、何かを探すように歩き出した。
リオウはとある空き部屋をひょっこりと覗きこんだ。見れば、腕と足を包帯でぐるぐる巻かれた竜二が、ぶすくれた顔で窓から外を見ていた。
「竜二」
「…何しに来た。天狐」
何しに来た、とはご挨拶だな。とリオウは苦笑した。目は口ほどにものを言うとはよく言ったもので、ぶっきらぼうな口調ながらも、彼が此方の体調を心配しているのがうかがえる。
「京の街の外れにある古寺にな、結界を張って妖から人の子たちを匿っている。早いとこ行って保護してやっておくれ」
「はっ…ホント、お人好しだな」
さっさと放って帰ればいいものを、残党に襲われるといけないからと陰陽師に預けるなんて、お人好し以外の何者でもない。ついでに、ここで人を助けておけば、今回の一件で傷ついた花開院の名誉回復もはかれると言ったところか。
「本当に花開院嫌いだったのか疑いたくなるレベルだな」
「ふふ、さて…しかし私はお前が好きだぞ」
「ぶっっ」
竜二は思わず噴き出した。リオウの後ろで倒れそうな壺を元に戻していた黒羽丸も、うっかり手が滑ったのか床に落としてがしゃんと派手な音をたてる。
「?何だお前たち」
「お、まえ…よく言葉には気を付けろと言われねぇか」
「???だが、事実だぞ?私はお前を気に入っている」
にこにこと微笑むリオウからは、晴明と対峙していたときの荒々しさが微塵も感じられない。竜二は深く息をつくと、眉間に手を当てた。ド天然を相手にしていると、どうも心臓に悪い。
清十字怪奇探偵団の子供たちの声が聞こえる。賑やかさの戻った京の町に、リオウはふっと嬉しそうに目を細めて尻尾をゆらした。今回、犠牲は多かった。それでも守りきれたものも確かにあって。
「次は、これの比ではない位厳しい闘いとなるだろう。ふふっまた、よろしく頼む」
「あのな…忘れてるようだが、俺たちゃ陰陽師なんだぞ」
「そんなことはわかっている。――だが、」
リオウは流れるように竜二の傍へ歩み寄ると、くいとその顎を持ち上げた。眼前に迫る華の顔に、思わず目を見開いて固まる。そんな竜二の反応に気を良くしたのか、リオウは蕩けるような笑みを浮かべた。
「お前は私を助けてくれる。そうだろう?竜二」
「っっ!!!!」
リオウはひとつ流し目をくれるとぱっと手を離す。蝶のようにひらひらと誘っては離れていく、掴み所が無く、それでいて此方を惹き付けてやまない妙な色香。
あぁそうだ、とリオウは思い出したように声をあげる。クスクスと悪戯っ子のように笑って、私の名前はリオウだぞ?と小首を傾げる。
「いつまでも"天狐"と呼ばれるのは味気ないのでな。次に会った時には、是非とも名前で呼んでおくれ」
またな、なんてひらひらと手を振ると、リオウの姿は桜の花びらとなって消えてしまう。まるで嵐のようなあっという間の出来事。
夢か現か、なんて言いたくなるような突然の訪問者であったが、床に散らばった壺の破片を見て、竜二はげんなりと肩を落としたのだった。
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「待たせたな」
総大将 ぬらりひょんは重々しく口を開いた。奴良組はこれから地獄からよみがえる鵺たちとの全面抗争に入る。畏の奪い合い…怯んでいる暇はない。
「その指揮はこいつがとる。これはここにいる奴良組幹部の総意である。――よいな」
総大将たるぬらりひょんの眼光の鋭さは昔から変わらない。水を打ったように静まり返った大広間に張り詰めた空気が満ちる。リクオは毅然と前を向いた。
「三代目を継ぐにあたって言っておく。まず俺は、人に仇なす奴は許さん」
「!」
「仁義に外れるような奴はなお許さん。たとえ他の妖怪に敗れそうになってもだ」
それは"畏"を失わぬ、そういう妖であれということだ
リオウは瞳を閉じ、黙ってリクオの言葉を受け入れた。幹部たちも、凛々しくも逞しいこの若き大将の姿をしっかりと両目に焼き付ける。
「俺はこの組を、そういう妖怪の集団にする」
それが三代目(おれ)の百鬼夜行だ…いいな!