天狐の桜14
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リオウは乙女の言葉にぱたりとひとつ瞬くと、徐にその傍らを離れた。ピシッと尾が地を叩くと、神気に操られ、堀の水がざぱりと持ち上がる。
京妖怪たちはあんぐりと口を開け、信じられない光景に呆然と立ち尽くす。なんだあれ。どうやってるんだ?あれも天狐の力なのか。
持ち上がった大量の水は、ふわふわと天守の方まで浮いてくると、円形の鏡のようなものを作り出す。再びぶん、と尻尾を振れば、それは完全な水鏡となって、奴良組本家の様子を映し出した。
「若菜さま!?」
≪あらあら…皆、大丈夫?≫
若菜は水鏡の向こうに映る傷だらけの面々に、心配そうに小首を傾げた。ついで、最前列でちょこんと据わる狐の姿にあらあらと頬を緩ませる。
≪リオウ君?あら~♡♡可愛い~♡♡≫
「💦💦」
リオウは思わずずっこけた。血文字を使わなくて済むから狐姿(この姿)で水鏡を召喚したんだが、なんともしまらない。至極真面目な話をしようとしていたんだが。
≪あら、戻っちゃうの?うふふ♡可愛かったのに**≫
「……あの姿では言葉が話せぬからな…」
元々戻るつもりではいたんだが…そんなに残念そうにされても困る。今度から、若菜の前でもたまにはこの姿になってやろうと心に決め、リオウは真剣な面持ちで口を開いた。
「母上。大事なお話があるのですが」
≪あら、何かしら?≫
大きな目をキラキラと輝かせ、なぁになぁに?と少女のように笑う母に、リオウはふっと頬を緩めた。ついで、少し緊張した面持ちで鯉伴を振りかえる。
「父上」
≪!≫
若菜は鯉伴の姿に目を瞠った。ぱちぱちと数度瞬き、大輪の華のような笑みを浮かべる。
≪うふふっ実はね、知ってたの≫
「「!」」
これにはリオウも目を見開いた。知ってた?気づかれていたのか?一体いつ…?
≪前にね、夜、リオウ君のお部屋の戸が少し開いてて…その時、鯉伴さんが貴方の髪を撫でているのを見たから**≫
「な…ッッそんなことしてるから妖気がなかなか溜まらなくて私が苦労してたんだろうがこの馬鹿親父!!!!」
「い、いやいやいやこれには訳がだな…」
「訳もへったくれもあるか!!!!」
≪うふふっ**元気なリオウ君久しぶりに見たわ~♡見れて良かった♡≫
うぐ、とリオウは言葉に詰まった。周りの妖怪たちは、あのリオウ様が頭が上がらない人物がいようとは、と二人のやり取りに目を瞬かせる。いや、頭が上がらないというよりも、単純にリオウが継母たちに甘いだけなのだろうけれど。
「…気づいていたのなら、何故何も仰らなかったのですか?」
≪だって、リオウ君何も言わなかったでしょう?何かあったらすぐ言ってくれるし、きっと後でサプライズで教えてくれるのかなって**≫
「……………」
おおよそ当たっているのだから、母親とは恐ろしいものである。しかもそれを此方に気取らせなかったのだから、大したものである。
≪それから…?まだ、何かお話ししたいって顔してるわ**リオウ君≫
「…はい」
リオウは、逡巡したように口を開いては言葉をのみこんだ。若菜は優しく微笑み、続く言葉を待っている。暫しの間沈黙が満ちる。やがてリオウは居ずまいを正し、漸々口を開いた。
これは、自分の独断であり、ただの我が儘。ともすれば、父や若菜、乙女の三人を傷つけてしまうことなのかもしれない。……それでも。
「い、ま…ここに、私のかつての母であった女人が、います。彼女の魂は反魂の術で甦ったとはいえ、そろそろ消えてしまうでしょう」
≪………≫
恐る恐る紡がれる言の葉に、若菜は静かに頷きながら話を聞いている。叱られるのを待つ子供のように、リオウはきゅっと己の着物を握りしめた。
「今なら…私は、この方の魂魄を、術で輪廻から遠ざけ、この世に留め置くことができる。父と同じように、復活させることが叶う…」
「「「!!!!」」」
これには、乙女や鯉伴をはじめとする妖怪たち皆が驚いた。
「これは、私の偽善であり、ただの提案と思っていただいて構いません。ただ、私は…」
この400年近く、身近に"近い立場"の味方がいないのが、酷く悲しかった。それは奴良家の嫁に来た乙女も若菜も同じことで。幹部たちの中には、きちんと彼女たち本人を見ていてくれるものも確かにいる。
しかし、多くの組の妖たちは、"鯉伴の嫁""リオウの母"としてしか、彼女たちを見てはいないのだ。だからこそ、若菜の、乙女の味方が欲しかった。この二人なら、お互いがお互いの味方になれるのではと。
……ただのそれだけ。
「自分が、どれだけ身勝手なことを言っているか…わかっております。突然、不躾を申しましたことを、お許しください」
深々と頭を下げるリオウの言葉は、若菜だけではなく、二人の母へと向けられたものであった。鯉伴は微かに震えている息子に、ふっと目を細める。
勇気のある子だ。嫌われるのが怖いのだろう。華奢な肩が震えている。それでも…ちゃんと、真っ正面から向き合って、話をしている。かつて、己に足りなかったのはこの勇気かもしれない。
若菜は静かに笑って聞いていたが、リオウの言葉にふふ、と嬉しそうに笑った。
≪ありがとう、リオウ君**≫
「!」
弾かれたように顔をあげるリオウに、若菜は華のような笑みを浮かべて、心底嬉しそうに目を細めていた。
≪鯉伴さんの事をそこまで好きだった人なんでしょう?出来るなら是非お願いしたいわ♡仲良くできたら嬉しい**一緒に鯉伴さんやリオウ君のお話がしてみたいし、お話を聞かせてもらいたいの*≫
「妾も…叶うのならば…あの方と、お話をしてみたい…」
共に語らって、お互いの知らない鯉伴を、リオウを、リクオのことを。愛するものたちのことを語り合いたい。気のおけない友人のような、そんな関係になれたのなら…
≪うふふ♡私も、その方も、気持ちは一緒だったみたい**だから…≫
そんなに泣きそうな顔をしないで?
リオウの桜の双眸から、ぽろぽろと透明な滴が頬を伝った。安堵からか、妙に体の力が抜け、力が入らない。
≪貴方は笑っているお顔の方がずっとずっと素敵よ**≫
「…母上程では、ありません」
≪あらあら**うふふっそれじゃあ、皆気を付けてね**お赤飯作って待ってるわね~♡≫
笑顔で手を振る若菜の映像を最後に、水鏡の表面にさざ波がたち、ざばっと派手な水音をたてて崩れ落ちた。
「リオウ」
「リクオ…すまぬな。勝手に決めてしまって…」
「いい。ただし、無理はすんなよ」
リクオはそっとリオウの目元を拭った。こくりと素直に首肯くリオウの耳にキスをして、そっとその肩を支えてやる。
「先に、晴明から奪い取った妖力がある。これを魂魄に注げば、実体化出来る筈だ。…狂骨」
「な、は、はい…天狐様」
突然呼び掛けられた狂骨は、びくりと肩をゆらして飛び上がった。リオウはちょいちょいと手招きをして狂骨を呼ぶ。
「これから、この方の魂魄を体から分離させる。…この体には、羽衣狐の妖気が満ちていて戻ることはできぬ。よって、この体はお前たちに…羽衣狐の依り代として、預かってもらうことになる」
「!い、いいの…?」
「あぁ。勿論、要らぬと言うのなら此方で丁重に葬るだけのこと。…どうする?」
「そんなの、そんなの決まってます!!!!お姉様の大切な依り代だもの!」
「ふふ、決まりだ」
リオウは印を結び、何事か術を唱えた。柔らかな光が乙女の体を包み込み、やがてその光は乙女の体の傍らへと移り、人型を作り出す。
光がやがてぷつりと消えると、皆の目の前に乙女の姿が現れた。誰ともなしに歓声が上がる。良かった。成功した。きゃあきゃあ騒ぐ皆の声をどこか遠くに感じながら、リオウはぐらりと目の前の景色が歪んでいくのを感じていた。
「嗚呼、良かっ、た…うまく、い…」
「リオウ?リオウ!!!!」
「リオウ様!!!!」
リオウの姿が再び狐のそれへと変わり、ぱたりと力なく倒れる。未だ完全には癒えぬ生々しい傷痕に、力を使い果たし、ぐったりした面差しが酷く痛々しい。
リクオはそっとリオウの体を抱き上げる。神々しく、凛々しくも可憐な神の狐。
『ッ止めろ!!"今"は無理だ!!』
あの時、リオウは確かに"今は"と言った。次の戦局を見据えての判断だったのだろう。どこまでも先を読み、自分達のために最善の道を常に模索しているリオウらしい。危うく、その道を…いや、リオウ自身を失ってしまうところだった。
「……もう、何も失うわけにはいかない」
使命のために殉死した陰陽師たち。愛する息子に裏切られ、地獄へ落とされた羽衣狐。体をはって京都を、人間たちを、そしてリクオたちを守り、倒れたリオウ。
この戦いには、犠牲が多すぎた
「じじい。親父」
リクオは愛おし気にリオウを撫でた。絶対に、護ってやらなくてはならない。リオウの愛するもの全てを。リオウが、いつまでも笑っていられるように。
「今すぐ三代目の座を寄越せ」
「リクオ…」
「力がいる…どんな手を使ってでも…強くなんなきゃいけなくなった」
親を手にかけ、妖怪たちを引っかきまわし、罪もない人間を次々と手にかける鵺―――安倍晴明。奴は仁義の道に外れすぎている。
この敵(かたき)は、俺が刃にかけなきゃなんねぇ…