天狐の桜14
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晴明が去り、妖怪たちの視線が一気に鯉伴へと集まる。ぬらりひょんは、傷ついたリオウを抱いた鯉伴をぎろりと睨み付けた。
「テメェ…本当に鯉伴か」
「あぁ、本物だ。正真正銘、奴良組二代目 奴良鯉伴。―――リオウによって魂を引き戻された、な」
鯉伴はそう言って腕の中のリオウをそっと撫でた。純白の柔らかな毛並みは、今は赤黒い血で汚れており、徐々に傷が目に見えて回復していくのがわかる。流石、天狐の回復力は他とは違う。
「引き戻された?」
「俺は…確かにあの時、魔王の小槌で心臓を突かれた。その時、一度死んだんだ」
だが、魂が体を離れる直前で、輪廻の渦に巻き込まれる前にリオウの術で古びた指輪に留めおかれていた。
「魂魄」とは、魂そのものである「魂」の部分と、その魂を形作る「魄」の部分からなっている。この「魄」に、リオウの神気と妖気、あれが浄化した妖怪たちの妖気を注ぎ込み、魂を実体化させるだけのものに作り上げていくのだ。
(成る程、リオウの体が急激に弱っていったのは神気と妖気を鯉伴に分け与えていた為か)
ぬらりひょんは合点がいったように静かにうなずいた。あんにゃろ、また黙って無茶をしていたのか。
「じゃあ、親父は…一体いつから…」
「死んだその時から、気がつけばリオウの指輪の中だ。実体化が時々出来るようになったのは、最近になってからだがな。…そんなことより」
鯉伴の言葉に、依り代の女に視線が移る。ぐったりと倒れ伏す女に、リクオは訝しげに眉根を寄せた。先程、リオウはこの女を"母上"と呼んだ。こいつは…リオウの母、なのか…?
「瓜二つだな…」
「まったくじゃ。名を―――山吹乙女と言ったか。かつて鯉伴の妻であった妖に」
地獄 数年前―――
一筋の光もない漆黒の世界。山ン本五郎左衛門は、ボロボロになった体を引きずりながら、悪態をついていた。
『おのれ…またも奴良組…こんだぁワシの脇腹を潰しおった…』
それを見ていた晴明は、"奴良組"という単語に片眉をあげる。奴良組と言えば、かの愛しい愛しい天狐の生家であり、宿願を阻む憎きぬらりひょんたちの組ではないか。
『幕末、明治、戦中、戦後…それは世が闇に包まれし時。"羽衣狐(はは)"が出るべき時は何度もあった』
しかし、その度に彼奴に潰された
『奴良鯉伴を殺さねば、私は…復活できぬ』
『思いは同じ。私もどうしてもあの者に復讐せねばならない。江戸の街をずっと昔から支配してきたのは、私達百物語組なのだ…』
『しかし一体どうやって』
『そこです…どんな大物でも必ず油断する時はあるはず。そう男ならば…娘などには弱いはず』
娘?と、晴明は訝しげに山ン本を見やった。奴に娘はいないはず。山ン本はそんな晴明ににたりと笑う。
『鯉伴はかつて、一人の妖と恋に落ち…結婚しておりました』
『成る程、でっち上げるわけか。しかしお主の幻術と言えども上手くいくかどうか…』
『そこで晴明殿…貴方の反魂の術が必要となるのです』
瓦礫の山と化した弐条城。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返ったそこに、狂骨のきゃんきゃん吠える甲高い声が響いていた。
「お姉様…!!!!羽衣狐様を返して!!!!」
「待ってろ!!今治療してやってるのだ!!」
「ううう…嘘だっ!!」
「嘘じゃねーよ!あんま大きい声出すとリオウ様起きちまうかも知れねーだろ!」
「犬神。お前の声もでかい」
どうどうと必死でなだめるリオウの側付き組に、狂骨も負けじと声を荒らげる。羽衣狐の依り代は、現在鴆の手によって治療を受けている。
リオウは相も変わらず、鯉伴の腕のなかで眠っていた。そっと毛並みをかき分けて傷を確認すると、もうすでに薄皮がはって出欠は止まっている。しかし酷い熱があるようで、その小さな体ははかはかとせわしなく息をついていた。
(後でみっちりお説教だな)
柔らかな毛並みを指ですきながら、鯉伴は小さく息をついた。いつも実体化する時間は短かったために気にならなかったが、こうして完全に復活してみると体が妙に重く感じる。
ぬらりひょんは、そんな鯉伴を一瞥し、深く息をついた。鯉伴のことに関しては、リオウからおって話があるだろう。それよりも、今はこの娘について…話してやらなくては。
内心、そう独りごちると、ぬらりひょんは静かに口を開いた。
まだ珱姫も生きているような、もう何百年も前のことだった。あの娘が、奴良組に嫁ぎ、共に暮らしていたのは。
『親父、リオウ。俺この女(ひと)と結婚しようと思うんだ』
『『………………』』
ある日突然、美しい女子を屋敷につれてきた鯉伴に、リオウもぬらりひょんも揃ってぴしりと固まった。
『おい待て鯉伴…どこで拾ってきたあの娘!!』
『あん?なんだよ、親父に馴れ初めなんて言ってどーするんだよ』
『テメ…ワシ父親じゃぞ!?』
『あ、貴女も本当に宜しいのか!?放浪癖有りで博打はするし大酒飲みだぞ!?供もつけずにふらっとでかけたと思ったら家には何日も帰らず、人の子らからは"遊び人鯉さん"なんて呼ばれている、取り柄は顔と体とカリスマ性だけのノリと勢いで生きている我が父ながらとんでもないダメ男だが、本当に大丈夫か??これの嫁なんて絶対苦労するぞ…!?』
『リオウ…テメェ…💢』
『それも含めて、鯉伴様をお慕いしていますから…//』
『ほぅ~~…良かったな、父上。こんな奇特な方、そうはいないぞ』
『だろ?俺が選んだ女(ヒト)だからな』
『はいはい。――改めまして、これからよろしくお願い致します。…母上』
『はい…山吹乙女と申します。ふつつかものですが…よろしくお願い致します』
ただただおしとやかで美しい妖であった。鯉伴の前妻…リオウの母である天狐の姫が亡くなってから、実に18年が経とうとしていた時だった。
姫を喪ったことに酷く嘆き、悲しんでいた鯉伴に、心の支えとなるものができたことを、組のものたちは内心とても喜んでいた。
リオウもその一人であり、何かと家を留守にする父に代わって、慣れない任侠ものの暮らしを送る"母"をよく手伝っていた。
それからだ、鯉伴の栄華が始まったのは。日に日に成長していく奴良組は、鯉伴と共に大きくなっていった。その日々は長く長く続いていった。―――なにも変わらずに。