天狐の桜14
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
リクオは、屋根の上にそっと依り代を寝かせると、晴明に向かって刀を構えた。誰が止める間もなく、疾風のように晴明に向かって突っ込んでいく。
「たたっ斬る!!」
「ッ止めろ!!"今"は無理だ!!」
リオウが焦ったように手を伸ばす。止めようにも、刀は折れてしまって丸腰。焦燥にかられたリオウの声音に、側近たちも皆目を大きく見開く。
「!?り…リクオ様!?一人じゃダメだ!!」
「リクオなにやってんの!!!!見てなかったのか今のぉ!?」
滅せられてしまう…!!!!
晴明は、指先一本で祢々切丸の切っ先をとらえた。とん、と軽い音をたてて防がれたそれは、不思議なことにいくら力を込めようとちらとも動かなくなってしまった。
(何!?)
「成る程…祢々切丸か。確かにいい刀だ。―――だが私を倒すほどの力ではない」
晴明の指先に術紋が浮かび上がった。途端にピシピシと刃にヒビが入り、ついで甲高い音をたてて粉々にくだけ散る。
「ね…祢々切丸が…!!」
「お前が鯉伴の"真の息子"か」
力が足りんな
晴明は魔王の小槌を振りかざした。間に合わない。側近たちは絶望に目を覆い、息を飲んだ。
瞬間、黒い何かがリクオを庇うように滑り込んだのを視界の端にとらえ、リオウは咄嗟に晴明の前へ飛びこんだ。
「母上!!!!」
ザシュッッ
肉を裂く音がいやにしんと静まり返った辺りに響いた。皆がはっと気がついてみれば、リクオと依り代を庇うように飛びこんだリオウが、胸から腹までをばっさりと切り捨てられていた。麗しい肢体はぐらりと傾ぎ、力なく崩折れる。
「な、り、リオウ…?」
「憐れな…偽りの記憶に情がわいた挙げ句、護る筈の者に守られるとは…」
「おい!!おい!!リオウ!!!!」
晴明は崩折れるリオウを腕に抱いた。辺りに噎せ返るように甘い天狐の血の匂いが満ちる。
バカな真似などせず、大人しく私の腕の中にいれば良かったものをと言う晴明を、リオウは荒い息をつきながら鼻で笑った。
「わ、たしが…っ何の、策もなく…貴様の腕に抱かれていると、本気で、思っている…のか、?」
「何…?」
リオウの鮮血がぽたぽたと足元へ落ちる。その瞬間、リオウの仕掛けていた術が発動した。光と共に魔法陣が浮かび上がり、神気が晴明を拘束する。
リオウは晴明の腕からするりと抜け出した。それと同時に、術式から現れた光の槍が晴明の体を次々と貫く。
「ごふ、ッ…!?」
ごぽりと口から血の塊が吐き出される。文字通り腹に風穴を開けられた。光は晴明の体から妖気をすいとり、光の粒と化してリオウの掌へと収束していく。
「おいたが、過ぎるぞ…我が妻よ…」
晴明は持てる最大の力をもって術式を破壊した。しかし、力を奪われた肉体は現世には馴染めず、どろりと腐り落ちていく。それを見届け、ふっと微笑んだリオウの体は、意識を失ったのかまっ逆さまに落ちていく。
「リオウ様!!!!」
「リオウ!!!!」
「――――おっと、ったく…随分と無茶をしやがるなァおい」
真っ逆さまに落ちていくリオウの体を、黒い影が空中でかっさらった。
「おそ、い…愚図は、嫌いだと…言わなかったか…ちち、うえ…」
「昔っから俺には手厳しいな、お前」
お姫様の仰せのままに、と片目を閉じる男に、リオウは静かに目を閉じた。リオウの姿が、猫程の大きさの狐へと変わる。
ぐったりと目を閉じたリオウを抱いて、リクオの傍へと降り立った人影に、晴明はもちろん奴良組の面々もぎょっと目を剥いた。
「「「「奴良鯉伴!?/二代目!?」」」」
何故生きている。確かに、確かに殺したはずなのに。いや、それよりも今は力を蓄えることが先決か。リオウによって力を奪われ、維持できなくなり腐り落ちる肉体を見て、晴明は小さく眉根を寄せる。…致し方ない。
晴明が再び印を結ぶと、地獄の入り口から巨大な"門"が出現した。業火に包まれ、おぞましい姿をした異形の門。――地獄の門だ。
「ここは一旦引くとしよう。千年間ご苦労だった。鬼童丸…茨木童子…そして京妖怪(しもべ)たちよ。地獄へゆくぞ。ついてこい」
京妖怪たちは、恐れ戦いた様子で身を竦ませた。行く先が地獄、と言われれば、誰もが足を竦ませるのも道理。
「あ…せ…晴明様…」
「どうした、行かないのか。俺は行くぜ」
「茨木っ…!!わ、私は感動していただけだ!!」
茨木童子と鬼童丸が競うように門へと飛び込み、二人に続くようにして次々と京妖怪たちも続いていく。狂骨は、怯えたように頭を振った。
「え…ああ…私は…行かない…私の主はお姉様だから…」
晴明も悠然と門へと足を踏み入れる。リクオは今を逃がしてなるものかと果敢に飛び出した。
「待て!!!!」
追いかけようと飛び出しかけたリクオを、ぬらりひょんは押し止めた。深追いしても勝てない。それどころか、折角この期を作ったリオウの苦労が無駄になる。
「リクオ、早まるな!!」
「じ…じじい…っ!?」
リクオの目の前で、地獄の門が閉ざされていく。数多の魑魅魍魎たちと共に門をくぐった晴明は、最後にちらと若き大将を一瞥した。
「近いうちにまた会おう。若き魑魅魍魎の主よ…」
我が愛しき妻。その時は必ずや其方を拐って行くぞ
晴明の言葉を最後に閉じた地獄の門は、まるで煙のように消えてしまったのだった。