天狐の桜14
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欠片はなおも、刹那の"記憶"を映し続ける。手を引かれて歩き、共に花を摘み、抱き締めてもらった。かつてのあの優しくも儚い夢のような時間を。
「お父様…愛しい時間(とき)だった……」
リクオは…成長したね…
「ど…え…?」
リクオの瞳が驚愕に見開かれる。どういうことだ…?"お父様"だと?俺のことを、知っている…?
「おい!!どういうことだ!!羽衣狐!!!!」
血の涙を流し、意識を失った羽衣狐は力なく目を伏せている。その背から、おぞましい姿をした妖狐が姿を現した。
「ッリクオ!!!!」
リオウは再び狐の姿へと転位すると、落ち行くリクオと羽衣狐を背にのせて受け止めた。祢々切丸の力によって、そしてかつての依り代の記憶によって苦しみ悶える羽衣狐は、血を吐きながら頭を掻き毟った。
「なっ…何故じゃぁぁああ!!!!あり得ぬ!!!!この依り代には完全に乗り移っていたはず!!!!なのに何故…!!あ…頭が割れるように痛い…!!」
何故だ。400年間待ちに待った、最高の依り代だと言っていたではないか。これは一体どういうことだ。
「鏖地蔵!!!!貴様妾を復活させたとき…何かしおったか!?」
≪「お姉ちゃんは…だれ?」≫
羽衣狐の背後に、復活の記憶が映し出された。呆然と佇むリクオに、それを庇うように飛び出すリオウ。
≪「よくやった。これで宿願は復活だ」≫
薄く笑みを浮かべた少女から刀を預かるのは鏖地蔵。
≪「お父さんを刺したのは、誰?」≫
そして、その背後にいた者は―――
羽衣狐はその存在に溢れんばかりに目を見開いた。派手な音をたて、残っていた鵺の殻が弾けとぶ。その中から現れ出た者に、羽衣狐は噛みつくように叫んだ。
「せ…!!せいめい!!!!お前…!!!!お前が後ろで糸を引いておったのか!?」
答えよ!!晴明!!!!
まさか、リオウはこの事に気づいて鵺を許さぬと、羽衣狐(妾)を許すと言ったのか。嗚呼、体が焼ける。消えてしまう。
「うう…消える…!!痛い!!焼けるように痛い…!!!!」
殻の中から、一人の青年の姿が現れた。長く緩い癖のある金糸の髪。惜し気もなく晒された逞しい体躯。―――鵺 安倍晴明である。
「すまぬ、母上…」
羽衣狐は、ようやっと相見えた愛しい息子に、怒りすら忘れて惚けていた。いや、ともすれば、この男の持つ畏に魅入られていたのやもしれない。
(あれが…鵺…)
≪……まぁまぁ持った方か(いや、まぁそれはいいんだが…相変わらず着物を羽織ることを覚えぬ男よな)≫
リクオと羽衣狐の依り代を乗せ、天を駆けるリオウはふんと鼻を鳴らした。気休め程度でも、復活までの時間は稼げたらしい。
何故か、また全裸なのだけれど。突っ込んだら敗けなのだろうか。そもそも、お前先程着物を着ていなかったか?何故わざわざ脱いだのか。変態の考えることは理解し得ない。
「あ…ああ…晴明…お、お前が望んだことなのかぇ…?」
晴明は母の言葉に悲しげに目を伏せた。苦悩の表情を浮かべて母を見つめる。その表情に隠された本音は一体なんであろう。
「すまない。"あの女児を母上に"と…地獄からあてがったのは私です」
まさかこうなるとは思っていなかった、と言う晴明に、羽衣狐はもうよいのだと頭を振る。両の手を伸ばし、再会の叶った愛しい息子を抱き締める。
「おおぉ…晴明…やっとこの手に…」
だが、それも長くは続かなかった。
弐条城に開いた大穴に、グツグツと煮えたぎる地獄への入り口が顔を出す。誰もがぎょっと目を剥く中、晴明は実に淡々とあれが地獄だと口を開いた。
「私が千年間いた、妖も人も…帰る場所です」
「ヒッ!!!!」
ずる、と物凄い力で髪が引かれる。晴明は、地獄の業火の中へ容赦なくずるずると引きずり込まれていく母を、なんの感慨もなく見つめていた。
「千年間ありがとう…偉大なる母よ。貴女のお陰で再び道を歩める…」
貴女は私の太陽だった。希望の光…ぬくもり…
「せいめいッ!!!!せェェメェエ!!!!愛じでるウウウウ!!!!」
母の断末魔が木霊する。地獄の亡者たちに引きずり込まれていく母に、くるりと背を向ける。光たる母に背を向けてこそ、この道を歩むことができる。
影なる魔道―――背に光あればこそ、私は真の百鬼夜行の主となりて歩む。
「ゆくぞ、妖ども。私に…ついてこい」
地獄から還ってきた…!!!!
鵺が――――安倍晴明が!!!!
ざわつく妖たちを他所に、鏖地蔵は一人怪しげな笑みを浮かべていた。伝説の主の誕生だ。これで、全ての妖も人も、皆我らの下僕となることだろう。
だが、呆然と立ち尽くすもの、歓喜の声をあげる者の中に、一人だけ。違った意味でこの鵺の登場を待ち望んでいた男がいた。―――土蜘蛛である。
「晴明!!!!千年ぶりだぁぁああ!!!!」
土蜘蛛は渾身の力で拳を振り下ろす。しかし、それは晴明が作り出した障壁に阻まれ、ピタリと止められてしまう。
「何…!?」
「懐かしい顔だ」
―――滅
晴明が印を結び、振り下ろした瞬間。凄まじい重圧が土蜘蛛を襲った。押し潰されるように倒れ、その巨体はがらがらと瓦礫をなぎ倒しながら、地獄の入り口へ落ちていく。
「うおおおおお!!!!」
「!?」
「ウソッ!?」
「そんな、土蜘蛛が…」
「滅っ…」
妖怪たちは、あまりの圧倒的力の差に言葉もない。妖怪も人も、神すら喰うという土蜘蛛を、あれほどいとも容易く…
「せいめいィイ!!!!待てコラァア!!!!」
亡者たちの腕が次々と伸び、土蜘蛛をずるずると引きずり込む。鏖地蔵はせっせと崩れきった城の上まで登り、晴明へ刀"魔王の小槌"を手渡した。
「晴明様、約束通り…刀をお持ちしましたよ」
晴明は無言でそれを一瞥した。ついで辺りを見回して、漸く見つけた愛しい天狐の姿に頬を緩ませる。
「あぁ、そこにあったか。―――愛しき我が妻よ」
!!!!
我が妻だと?リオウのことか?一体どういうことだ。妖怪たちの思考が止まる。リオウはリクオと羽衣狐を残すと、ふわりと本来の姿へと戻った。
「―――貴様のような外道の嫁になぞならぬと、何度言ったらわかるのだ」
「恥じらっているのか?何、見せつけてやればいいだけのこと。これだけ多くの妖が祝福してくれているのだぞ。堂々としていろ」
「恥じらい?着物の一枚も着ることを覚えられぬ輩にこそもってもらいたいものよな。露出狂のすとーかー野郎を旦那に持ちたいと思うほど馬鹿でも酔狂でも無いんだが」
((((あっ成る程いつものことですね))))
奴良組の面々は、リオウたちのやり取りで何となくリオウが置かれている状況を察した。実は婚約してて…みたいな誰もが吃驚展開があるのかと思ったら、ある意味いつもの通り一方的に惚れられているだけだったと。
―――いや、いつも通りどころか、大分…大分厄介そうな野郎に惚れられてしまっているようだけれど。露出狂もさることながら、ストーカーってどういうことだ。何されたんだ一体。
リオウ様に汚いもの見せるなー!服着ろ服ー!リオウ様変態と目を合わせちゃダメですー!と下からガヤが飛んでくる。まったく気の抜ける光景である。
「喧しい蝿共よ」
「可愛いだろう。我らが大将の率いる百鬼たちよ」
「其方が可愛いだの美しいだのと言うものはすべてこの私でなくてはならぬ」
「………………………とんでもなく面倒くさい男だな貴様」
拗ねたように言われても全然可愛くない。というか心に響かない。なんだこの傲岸不遜唯我独尊超絶俺様野郎は。思わず柳眉を寄せたリオウも気にせず、晴明は刀を受けとるとぐるりと周囲を見渡した。
弐条城の周りは、鉄筋コンクリートで作られた家々や、ビル、商業施設等が立ち並んでいる。
「随分汚い街になってしまった。我々の棲むべきところにはふさわしく…ない」
「ッ!!!!」
晴明はブン、と魔王の小槌で薙ぎ払った。一瞬早くリオウが間合いに入り、その斬撃を刀で受け止めるも、受け止めきれなかった衝撃が街を飲み込んでいく。
建物は斬撃によって高く舞い上がり、跡形もなく崩れ去っていく。ピキ、と小さく音がしたかと思えば、派手な音をたてて衝撃を受け止めていた刀が折れてしまう。
「く…っ、(やはり防ぎきれぬか…っ)」
「何をしている、我が妻よ。其方と棲まうのに、この街は相応しくない。もう一度造り直さなければならぬだろう」
「は…ッ愛しき人の子の営みを害してまで、己の理想を貫き通すのは傲慢が過ぎるというものよ」
衝撃の余波で着物が裂ける。裂け目から鮮血が滲む、雪のような白い肌がのぞく。晴明はうっとりと臨戦態勢のリオウを眺めると、ついで刀に視線を移した。
「うん、いい刀だ。―――ご苦労だった。山ン本五郎左衛門」
山ン本五郎左衛門
その名前に、京妖怪たちは冷水を浴びせかけられたように体が硬直するのを感じた。山ン本五郎左衛門だと?いや、それよりも―――――"鏖地蔵(あれ)"は誰だ?
奴良組の面々は、山ン本五郎左衛門の名にざわめき立った。若い者たちはその聞き覚えのない名前に、困惑したように首を捻る。
「誰だ?山ン本って!?のりか?」
「…江戸にいた妖怪…かつて奴良組と争った男!!!!」
二代目によって滅亡した"江戸百物語組"組長の名だ
黒田坊の言葉に、京妖怪たちも混乱している様子を見せる。山ン本五郎左衛門と呼ばれた隻腕の老人―――鏖地蔵は、にたりと嫌らしい笑みを浮かべた。
「晴明様…正確には"山ン本の目玉"でございます。現世では鏖地蔵とお呼びください。"山ン本"は百に別れておりますゆえ、混乱いたしますからな」
鏖地蔵はそう言って、リオウを見てニマニマと笑みを深める。時を経ても変わらぬ美貌。あぁ、あの陶器のような肌を"また"拝むことが出来ようとは。
「それにバカな奴等の洗脳も解けますぞぉーーー!!ゲヒャヒャヒャヒャーーー!!」
「まずは、この街を変える。その先に私の望む世界がある…」
剣先から炎が吹き上がり、京の街を包んでいく。
「チッ…火術か」
リオウは短く印を結び、神気を操った。天狐の力で雨雲を呼び、天気雨が京都の街に降り注ぎ、火の勢いを弱めていく。だが、これも気休め程度。
「燃えろ~~~燃えろ~~~!ワシの大願が漸く叶ったわい。妖も人もワシらの下僕じゃ~~~」
「お…お前!!!!」
ゆらは怒りに任せて式神を構えた。晴明ははしゃぎ回る鏖地蔵を一瞥すると、無言で刀を振り上げた。―――その時。
「もえ」
ザシュッと鈍い音がして、鏖地蔵の体は背後から貫かれた。
「へ?あれっあれっなに?な…なんじゃこりゃぁぁあ!!!!ワシの妖気が…消えてゆくううう!?」
断末魔が木霊し、鏖地蔵の姿は塵のように消えてしまった。晴明は思わぬ敵についと目を細めた。山ン本五郎左衛門は、我が妻を色欲の捌け口と見ていた。――それが生前も、そして今も。だからいずれは始末しようと思っていたのだが、誰だ?こいつは。
「母を手にかけ、妖怪たち(俺達)をひっかき回して、挙げ句リオウを嫁扱いか…」
「リクオ…」
「千年前に死んだ奴が、この世で好き勝手やってんじゃねぇ」
傷だらけになりながら、此方に向かって刀を構える青年。リオウはその青年の姿に心配そうに僅かに瞳を揺らした。―――そうか。こいつが、リオウの心の中に居座る"百鬼の主(おとこ)"か。
「……なんだお前は…?」
酷く面白くなさそうに顔を歪め、苛立ったように晴明はリクオを睨み付けた。