天狐の桜14
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羽衣狐とリクオが交戦しているのを見上げ、竜二は秀元へ視線を投げた。
「俺達はどうしたら良い?」
その視線に、秀元は静かに竜二を一瞥する。竜二は口許に薄くニヒルな笑みを浮かべた。
「裏技とかねーのかい、十三代目ェ。あんたの封印だろ」
「そんなもんなーいどすえよ♡」
あっけからんとおどけたように言う秀元に、竜二はひとつ鼻を鳴らした。破られたあとはその時代の人間任せか。
「そりゃそうか…まぁ死人に任せっきりじゃな。あとは俺たちの仕事だ…」
秀元はそんな竜二の姿にぱたりと瞬いた。これは結局、羽衣狐(やつ)の動きを止めて退魔の祢々切丸を届かせなければ、どうにもならない闘いだ。
リオウはこの闘いにおいて、羽衣狐を直接倒す為の切り札ではない。言うなれば…対鵺用。現に、その役目を自覚してか、リオウは鵺が復活した時に備えて布陣を整えている。
――いや、それにしても羽衣狐に触れず、羽衣狐自身もリオウへ手を出してはいない。これはどういうことだ。何があったか分からないが、リオウは明確に鵺を敵視し、徹底的に叩く気でいるのか。
「…ま、リオウちゃんはリオウちゃんで、術を仕掛けたり回復したりと忙しいみたいやし。だからあのままリクオ君(あの子)を一人で戦わせていたらアカンよ。必ず陰陽師が協力せなアカン」
「…わかってるよ」
「ならえぇんや」
秀元は、にこっと実に明るい笑みを浮かべる。だが、羽衣狐は400年前よりも戦い方も増えて確実に強くなっている。もう倒せない敵になっているかもしれない。
「……俺達だって、ただ手をこまねいてた訳じゃないさ」
「へぇ、そいつは見物やな」
でも、と秀元は思案を巡らせた。羽衣狐…奴は何か変わったかもしれない。何かに苛立ち始めているような…
鮮血が腕を伝い、ポタポタと滴る。リクオは痛みと疲労に肩で息をついていた。リオウの力で、傷は徐々に塞がっていく。しかしそれも追い付かない。
「どうした?目に見えて力を失っているぞ」
羽衣狐は太刀を振り下ろした。刃をよけたリクオの腹めがけて、四尾の槍―――"虎退治"を突き立てる。
「ぐっ…」
「ねずみ。大人しくしておれ」
リクオを貫いた槍は瓦礫をも貫き、その体を深々と縫い止める。その光景に、リオウは背筋が凍るのを感じていた。冷水を浴びせかけられたように体が硬直する。
「リクオ…!!!!」
「!?何やられてんだリクオ!!」
「若!!」
羽衣狐はぐいと槍の柄を引き倒し、ぐりぐりと傷口を抉る。動けぬなら畏も発動できまい。憎い憎いあの男に瓜二つなこやつを、漸く殺せる。さぁ、早く生き肝を喰らってやらねば。
「とどめだ」
羽衣狐は口吸いによって生き肝を喰らう。食らってやろうと顔を寄せたその時、彼女の眼前で鏡が割れるような音がした。
彼女の周りの空間が、鏡のように割れ、崩れていく。その破片一つ一つに、ありし日の記憶がうつこみ、走馬灯のように駆け巡る。
これは、この"記憶"は――――
なぜだ―――人の時のことなど消えた筈―――…
「黄泉送葬水包銃(よみおくりゆらMAX)ーーー!!!!」
ドゴォッと轟音と共に羽衣狐めがけてゆらの術が炸裂した。咄嗟に二尾の鉄扇で防いだ羽衣狐は、暫しの間硬直した。
記憶のことなどどうでもいい。考えてもわからぬものなど、意味をなさない。あぁ…そんなことよりも、今邪魔をしてくれたのは破軍使いか…
「ゆら!!!!逃げろ!!!!」
ゆらの背後に音もなく迫った妖が、苦無をゆらの首筋へ突きつける。ゆらは、しまった、とどこか他人事のように考えた。
焦ったように目を見開くリクオが、憎々しげにこちらを睨み付ける羽衣狐も、迫る刃も、全てがスローモーションにみえる。
その時―――
パァァンッと派手な音をたてて妖の頭部が弾けとんだ。魔魅流が雷を宿した拳で妖の頭を殴り付けたのだ。翻筋斗打って吹っ飛んだ妖は、城の柱へぶつかってぐしゃりと崩れ落ちる。
「ゆらを守る。ゆらを守る…」
譫言のように呟く魔魅流の体を、生き物のように電流が駆け巡る。そう、これがすべての最優先事項。魔魅流の様子に目を瞠はるゆらに、魔魅流は久しく見ない柔らかな笑みを浮かべた。
「ゆら…下がってて。僕が守るから」
そうだ。僕はそのために変わったんだ。"ゆら"を守るために、僕はこうなったんだ。
(魔魅流…)
竜二はひたすらに駆けた。自分達だって、"破軍"がどれだけ重要かわかっていた。だから、"破軍使い"を守るために、魔魅流は式神と一体化する道を選び、他の者も皆最善の努力をしてきた。
俺ではゆらを守れない―――
(魔魅流。必ずゆらを守りきれよ…!!!!)
額を押さえる羽衣狐に、リクオ、ゆら、そして魔魅流が対峙する。羽衣狐の前に、祢々切丸と破軍の使い手が揃った。封印するなら、この期を逃す手はない。誰もがそう思った―――その時。
パァァンッ
甲高い音をたて、鵺の殻が弾けとんだ。
パラパラと漆黒の破片が崩れ落ちていく。羽衣狐は鵺を見上げ、歓喜の声をあげた。
「晴明!?晴明なの!?」
辺りは京妖怪たちの歓声に包み込まれる。割れた!!生まれた!!とうとう鵺が!!宿願がついに果たされるのだ!!
「おぉ…おぉ、晴明…待ちわびたぞ!」
ようやっと、愛しい我が子をこの手に抱ける。漸く会うことができるのだ。
歓喜に震える京妖怪たちを前に、奴良組の妖怪たちは絶望と焦燥に立ち竦んでいた。届かなかった。間に合わなかった。―――これから、一体どうしたらいいと言うのだ。
「そんな顔をするな」
「リオウ様!!!!」
「リオウ!!!!テメェ今までどこに…!?」
リオウは宥めるようにふわりと微笑んだ。ぽんぽんと氷麗の頭を撫で、イタクたちに向き直る。
「リクオがまだ諦めてはいない。"私達"の大将は、これしきで負ける男ではなかろう」
それに、まだ策はある、と桜色の瞳がついと細められる。だが、これは賭けだ。言うなれば、私と鵺の。
(此方は力を消耗しすぎた。羽衣狐を仕留めても、その後の鵺との連戦はちとまずい…であれば)
今回どこまで力を削ぎ落とせるかが、今後の勝敗を分ける。
降り注ぐ鵺の欠片の中、リクオは静かに口を開いた。
「まだだ」
喉に血が絡まり、ごほ、と小さく咳き込む。
「まだ…話は終わってねぇ…羽衣狐」
「闘い(余興)は終幕(しまい)だ。我々の闘いなど晴明の誕生前夜の盛大な余興に過ぎないのだから…」
鵺の欠片に、羽衣狐の千年の記憶がうつりこむ。あるときは浜に打ち上げられ、あるときは馬を駆って戦場を駆けた。何度も何度も晴明を思い、転生を繰り返した。
その度に、望みは何度も断たれた。400年前、漸く力を得たかと思えば、それも―――
「お前たちさえいなければ、晴明にもっと早く会えたのじゃ!!!!」
羽衣狐の尾が槍を引き抜き、その勢いでリクオを吹き飛ばした。
「これで、本当に終幕(しまい)じゃ」
「っ、ぐ…リオウ…おや…じ…」
瞬間、巨大な鵺の欠片にある光景が映し出された。黒髪の少女が、鯉伴の左胸を刀で貫いている。少し低いその視点。あれは、あの視点は―――
(リクオの記憶か…)
あぁ、とうとう術が解けてしまった。
リオウは観念したように瞳を閉じた。否、これでもまだもった方かもしれない。遠野に行く時点で、術は半ば解けかけていた。
「な…なんだあの記憶は!?」
「二代目…?」
「鯉伴様が刺されておる…!!」
「あれは鏖地蔵…!?」
「今斬りかかったのはリオウ様か…!?」
流れる記憶に、妖怪たちは皆あんぐりと口を開ける。ばらばらと崩れ落ちていく欠片は、次々と記憶を映し出す。楽しげに笑う少女を。憎悪の表情を浮かべて斬りかかるリオウを。微笑む鯉伴の姿を。
「うぅうううううう!!!!」
頭を抱え、羽衣狐は苦しみに吠えた。知らない。わからない。なんだこの記憶は。だが、どうしたことか、この記憶を見るたびに頭が割れそうに痛む。あぁ、私は、私は―――
「お姉さま!?」
もがき苦しむ羽衣狐に、狂骨は声を荒らげた。様子がおかしい。突然どうしたというのか。一体、あの記憶に何が…?
破片が舞い散る中、ゆらは一人羽衣狐に向かい式神を構えていた。殺るなら今しかない。――しかし、羽衣狐の深淵のような黒い眼が、ぎろりとゆらを睨み付けた。
「そこで何をしておる、娘…」
羽衣狐の尾がゆらめがけて放たれた。苛立ちに任せたそれは城を破壊し、ゆらへ向かっていく。避けられない。衝撃を覚悟したゆらの前に、数枚の護符と水が飛んできた。
「地を這え"言言"」
「ちとやりすぎだ。羽衣狐よ」
竜二の式神とリオウの神気が、羽衣狐の体を拘束する。ばしゃりと水が羽衣狐にかかり、その隙に魔魅流も電撃を食らわせようと背後に回り込んだ。
「―――」
羽衣狐の尾の一本が、魔魅流の体を貫いた。ついで、言言の拘束を解いた尾が、竜二を横殴りに払い飛ばす。
「お兄…!!!!」
「ゆら!!!!うてぇええええ!!!!」
竜二の声に背中を押されるようにして、ゆらは破軍を発動した。
歴代の当主が召喚され、彼らの紡ぐ術が鎖のように羽衣狐に絡み付く。天狐の力と破軍の術により、羽衣狐は完全に動きを止めた。
(動け…ぬ…)
どこか意識が二重になっているような、妙な違和感を覚える。体が言うことを聞かない。術によって縛り付けられているのとは違う、まるで他人の意識が己のうちにあるような…
「羽衣狐様ぁぁぁああ!!!!」
狂骨の悲鳴が聞こえる。見れば、いつの間に現れたのやら己の眼前で、リクオが祢々切丸を振り上げていた。
祢々切丸が深々と体を貫く。熱い。浄化されてしまう。しかしそれもどこか他人事のようにぼんやりとしていて。
ぐらりと視界が揺らいでいく。散りゆく欠片に最後映った記憶は、鯉伴の横顔だった。
「お父…様…」
かすれる声でそう呟くと、羽衣狐の体は力なく崩折れた。