天狐の桜14
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破壊し尽くされた城の天守。べちゃりと濡れた足音がする。羽衣狐がついと視線を移せば、いつぞや対峙した陰陽師の青年が立っていた。
「羽衣狐…京都を護るため、お前を討つ」
憑鬼槍!!!!
此処にいるはずもない兄の姿に、ゆらは大きく目を見開いた。秋房義兄ちゃん…!?そんな馬鹿な。まだ前線に出れるはずは…
「…」
羽衣狐はしらけた顔で秋房を見つめた。秋房は異形と化した槍を構え、羽衣狐へ向かって突っ込んでいく。
「京都を破壊され、街を妖に跋扈され…このままでは花開院家は終われないのだ!!!!」
正義のために、この街のために、私はこの禁術に身を染める!!!!
「―――あぁ、またお前か…」
異形の槍が羽衣狐の眼前に迫る。心底つまらぬとばかりに吐き捨てた羽衣狐は、小さく嘆息した。あぁ、余興にこのような野暮が入るとは。
「飽きた玩具はいらんぞ」
秋房の腹を、九本の尾が容赦なく貫いた。声も出せない秋房に、玉砕覚悟か、と呟いて羽衣狐は薄く笑みを浮かべる。
「憐れな男だ…お前の出番はとっくに終わっていたのにのう…?」
「秋房義兄ちゃん!?」
ゆらは喉が張り裂けんばかりに叫んだ。悲鳴にも似たその声はこの喧騒のなかでもよく響く。秋房の体から鮮血が吹き出し、誰もがその死を確信する。…その時。
走れ 狂言
秋房の姿が突如として水へと変わり、水の網が羽衣狐を包み込む。思わず目を見開く羽衣狐に、網は弾けてその身を濡らす。
「やはり秋房の戯れ言は効く…」
竜二は静かに呟いた。こうもうまく引っ掛かってくれるとは。
「玉砕覚悟と思わせるにはもってこいだな、秋房の面は。飽きやすい狐(おまえ)なら…必ずすぐに壊すと思っていたよ」
「……」
「ゆけ。魔魅流」
竜二の言葉に、魔魅流は疾風のように羽衣狐の背後をとった。腕に宿る稲妻がばちばちと激しい音をたてる。
「学べよ魔魅流。水と雷―――滅!!!!」
術が放たれた瞬間、音速にも勝る勢いで羽衣狐の尻尾が魔魅流の体を弾き飛ばした。魔魅流の体は、瓦礫と化した城へと翻筋斗打って飛んでいく。
その時、純白の巨大な4本の尾を持つ狐が、瓦礫に激突する魔魅流の体を間一髪咥えて天高くかけ上がった。幸いにも一瞬のことで、羽衣狐も竜二も狐の姿には気づいていないらしい。
(これ以上死なれては困る。…さて、此奴も酷いが竜二も満身創痍だな。治してやりたいが…隙はあるか?)
「てん、こ…?はなせ、はなせ…!!」
≪わかったわかった。今背にのせてやるから大人しくしろ≫
狐…リオウは咥えていた魔魅流を軽く放った。そしてその下に瞬時に滑り込み、背にのせるような形をとってやる。
眼下には封印の岩杭が鵺の真上に召喚されている。――成る程、竜二か。魔魅流に気をそらせている間に隙を作り、封印の詠唱を終えるとは。やはりあの男は侮れない。
(だが、まだ甘いな)
リオウの足元に光の陣が現れた。杭が鵺目掛けて落下すると同時に、目映い光が鵺を包み込む。誰もが封印は成功したかと思っていた。
だが、土煙が晴れたとき、現れた姿に竜二は勿論、京妖怪たちですら瞠目した。
「あっぶねぇ」
「…!?」
「土蜘蛛…!?」
京妖怪たちも思わず目を剥く。いつの間に此処に来ていたのか。土蜘蛛は呆れたように羽衣狐を見て息をついた。
「羽衣狐さんよ、子供から目ェ離すなよ。母親だろ。それと―――天狐ォ。てめぇ…今こいつに何かしやがったな?」
≪………≫
皆の視線が、土蜘蛛の視線の先へと集まる。そこには、大人を優に背にのせることができるほどの巨大な美しい狐が佇んでいた。4本の尾。純白の毛並みに、桜色の瞳。…まさかあのリオウなのか?
「陰…陽師…」
羽衣狐は怒りに震える声で呟いた。尻尾が突き殺さんとばかりに素早く竜二へと向かう。
≪あぁ、まったく…どいつもこいつも心配をかけおってからに≫
リオウは竜二を咥えて放り投げた。ひょい、と背にのせ、瞬時に跳躍する。それと入れ違いになるように、リクオが羽衣狐の懐へと飛び込んだ。
「貴様…」
「……逢いたかったぜ。羽衣狐」
羽衣狐―――その顔を、俺は知っている。桜が舞い散るあの路地で、返り血を拭うこともせず怪しく笑っていた少女。あれは、紛れもなくこの狐だった。
「…やはりお前か。お前が親父の仇だ!!羽衣狐!!」
「その顔…ぬらりひょん!!また妾の邪魔をするのか!!」
≪……やはり、リクオに関する記憶は無いか≫
空から戦局を見守っていたリオウは、嘆くように呟いた。はっと我に返った竜二は己をのせている純白の狐にぎょっと目を剥く。
「おま…っ天狐、なのか…?」
≪あぁ。まったく…彼方でも此方でも吹っ飛ばされおって。あまり心配をかけるな≫
純白の柔らかな毛並み。もふもふとしたそれは紛れもなく狐…だが、声は確かにあの麗人のもので。
リオウは音もなくリクオの傍に降り立った。そっと伏せて二人を降ろし、リオウはリクオの側へと寄り添うように立つ。
「嗚呼…姉様の生き写しじゃ」
羽衣狐はうっとりと目を細めてリオウを見つめた。本来の姿もかの姫によく似ているが、こちらの姿も本当によく似ている。あぁ、なんと神々しく可憐なことだろう。
リオウはリクオを見つめてゆっくりと瞬いた。リクオはリオウの頭を撫で、ふっと頬を緩める。撫でられるままに大人しく頭を垂れるのが、まるで忠犬のようで可愛らしい。
≪…リクオ。私は援護に回る。今は鵺のことは忘れて、羽衣狐のことだけ見ていろ≫
「あぁ、分かった」
最後にひとつその手にすり寄ると、リオウはふわりと姿を消した。桜の花びらが舞ったかとおもうと暖かな光に包まれ、瞬く間に傷が癒えていく。
リオウは天高く舞い上がると、彼方へ此方へと駆け回る。次々と味方の傷を癒し、組のものに群がる京妖怪たちを狐火で浄化する。
≪…彼処で堀に落ちているのはお祖父様か?…あぁ、これぞまさに"年寄りの冷や水"か≫
大方、鴉天狗辺りを連れて単独で突っ込んだ結果だろう。毎回此方に口煩く言うくせに、自分のことは棚にあげるんだから始末におけない。少しは牛鬼や狒々辺りにこってり絞られて反省したらいい。
(ふん。ざまーみろ)
ひょいひょいと空を駆け、次なる策を思案しながらリオウは小さく舌をだした。