天狐の桜14

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麗しき神獣天狐のお名前は?


沼に引きずり込まれたリオウは、石作りの狭い廊下のような場所に落下した。人二人が漸くすれ違える程の、狭い廊下。受け身をとれず、強かに背中を打って痛みに息がつまる。

「っく…抜かったな…」

ずるずると壁を頼って立ち上がる。確かに水の感触を感じたというのに、着物はまったく濡れていない。あの沼すら、京妖怪の作り出した幻影なのか。

(ここはどこだ?…この妖気、鵺ヶ池の近くか)

であればやることはひとつだけ。何とかして羽衣狐の出産を止めさせなければ。…否、生まれた瞬間を狙って鵺の息の根を止めるのが確実か。

早く行かなくては。早く、早く…

「これはこれは、リオウ様ではありませぬか」

嗄れたその声に、リオウの足が止まった。目の前には鏖地蔵が相も変わらず好々爺然とした笑みを浮かべて立っている。

「其処を退け。貴様に構っている暇はない」

「ホッホッホ。いやはや手厳しくていらっしゃる」

鏖地蔵はなめ回すようにリオウを見つめた。肌を這うようなそれにぞわりと背筋が粟立つ。かつて己に向けられたものと同じ視線。同じ瞳。

「退かなければ…切り殺してでも押し通るまで」

「おぉ、怖や怖や。―――その冷徹さで、あの陰陽師の小娘を前線に出させたのですかな?」

リオウは無言で刀を抜いた。鏖地蔵はニタニタと歪な笑みを浮かべたまま、全部見ていたのですよと言葉を続ける。

「全部分かっていたのではありませんかな?覚があの娘の心の闇を読まないはずがない。それを分かっていて、あの場にあの小娘を送るとは」


『ワシらの仲間にじいちゃんが殺されて激昂気味か。まぁ…あんな老いぼれでは殺られて当然だなぁ』

『好き勝手いいよって…―――あんたらもう、絶対許さへん』

地獄にいねや


「酷いお人じゃ。さぞあの娘は傷を抉られたことでしょうのう。捨て駒故に、そこまで非情になれるのですかな?」

聞けば、貴方様の一族を惨殺したのはあの小娘の一族とか。それならば、奴良組の為と花開院の娘を容赦なく踏み台にするのも納得がいく。

「黙れ外道。私は急いでいる」

リオウは背後からの気配に驚きもせずに刃を一閃させた。夜雀はふわりとそれを避けると、バサバサと羽を散らしながら鏖地蔵のもとへ降り立った。

「夜雀。…ふん、無駄な足掻きを」

「??な、何故…夜雀の羽根は何人も防げぬはず」

「人や妖はな。神たる私には夜雀の羽根は効かぬ。それに夜雀の羽根よりも――闇よりも尚見惚れるほど美しい翼を知っている」

そう言ったかと思うと、リオウは神速で切りかかった。足業一撃で夜雀を壁に叩きつけると、一太刀で鏖地蔵の片腕を切り落とした。

「ぎ、ぎゃぁあぁあ!?う、腕が…!?」

「あの娘は貴様が思っているほど柔ではない」

捨て駒だから突っ込ませただと?笑わせるな。――信じているから任せたのだ。ゆらなら乗り越えた上でリクオの力となってくれると。

「貴様のような外道と一緒にするな」

次に姿を見つけたら、必ず殺してやる

膝をつき踞る鏖地蔵を、射殺さんばかりに絶対零度の瞳で睨み付け、リオウはふっと暗闇の奥へと姿を消した。





暗く静寂に包まれた鵺ヶ池。羽衣狐は、不意に姿を見せた愛しい天狐の姿に思わず破顔した。何よりも美しく清らかな天狐。あぁ、まさか向こうから会いに来てくれるとは。

「よぅ来たのう、妾の愛しいリオウや」

「……出産の儀は終わってしまったのか」

「なんじゃ、わざわざ見に来たのかぇ」

焦らずともすぐに皆に目通りさせると、くすくすと笑う羽衣狐に、リオウは思案を巡らせる。揺れが止まったのはこのためか。

今この空間には外とは比にならないほどの妖気が漂っている。―――先に己の前に現れたかの男と同じ妖気が。この妖気がこの妖狐によって再び"晴明"として形作られるのか。

羽衣狐は、リオウの着物をじろじろと眺め、むぅと唇を尖らせた。

「………鬼童丸辺りの趣味じゃな」

「よくわかったな」

「妾と揃いの着物を贈っておいたであろう。何故着ないのじゃ」

「当たり前だ」

何故これから戦うというのに、ひらひらとした女物を着なければならない。男が服を贈るというのはろくな意味が籠ってないのじゃぞ、と心配そうに尻尾を揺らす羽衣狐に、リオウは深く息をついた。

今はこんな話をしている場合ではない。

「羽衣狐。"貴女"と話をしに来た」

「!ふふっ嬉しいのぅ」

リオウと二人じゃ♡二人で話しじゃ♡とはしゃぐ羽衣狐に、リオウは困ったように柳眉を下げた。ここまではしゃがれるとは思っていなかった。子供か。

「率直に尋ねる。貴女は―――本当に私の父を殺したのか?」

「………なんじゃと?」

片眉をあげる羽衣狐に、リオウは無言でその目を見つめた。妾が、殺した?リオウの父を?―――奴良鯉伴をか?

――――なにも思い出せぬ

「何を言うておるのか分からぬ」

「…そうか」

リオウは静かに目を伏せた。母譲りの桜色の瞳には、何処か憐れむような光が宿っている。かつて姉様と慕ったかの姫によく似た面差しが、憂いげに伏せられるのを見て、羽衣狐は不思議そうに首をかしげた。

「貴女を赦さぬと言ったが、撤回しよう。しかし…貴女の稚児は、其奴だけは生かしてはおけぬ」

其奴は私の大切なものを踏みにじりすぎた

それに、自分は組の副総大将として、今回百鬼を率いるリクオと命運を共にする義務がある。組を守るために、羽衣狐にも刃を向けなくてはならない。

「そうか、妾のことは構わぬ。…が、妾のややことは…あくまで、妾の前で刃を交えると言うのじゃな?」

リオウは羽衣狐の言葉に無言を返した。その決意を感じとり、羽衣狐はそうかそうかと悲しげにうなずく。

「嗚呼、悲しや…しかし、可愛いお前がそう決めたのだから、妾は背中を押してやらねばな」

「ほう?止めぬのか」

「お前のことは、じゃ。憎きぬらりひょんは別じゃぞ。それに、止めたところで、お前は意思を曲げぬであろう。そういうところも、お前の母にそっくりじゃ」

それに、姉様の子は我が子と思うと決めた。愛しく可愛い息子が考え抜いて決めたことならば、尊重してやるのが母というもの。しかし、と羽衣狐は顔を曇らせた。

「妾も母。己が稚児は守らねばならぬ」

折角晴明の嫁にお前を貰って、真の意味で家族になれたらと思っていたのに、と実に残念そうな顔をする。

「あれの嫁だけは死んでも断る」

「…………そんなに嫌か?」

流石に産んだ者としてはそこまで言われると悲しくなるのだが。まぁ、合う合わぬは当人の話。そこは本人たちに任せるとしよう。

ところで。

「どうじゃ、今からでも妾とお揃いにせぬか?」

「し・な・い💢」

真面目な空気を返せ、とリオウは苛立ちも露に深く深く息をついた。
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