天狐の桜14
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城全体がギシギシと音をたて、ぐらぐらと大きく揺れ始める。梁が軋み、天井からもぱらぱらと塵が落ちてくる。リオウたちは焦りに顔を歪めた。
「…不味いな。出産が始まったんか?」
「チッ…其処をどけ。鬼童丸」
「断る」
鬼童丸はすげなく突っぱねた。その瞳はリクオをまっすぐに見据えている。改めて聞く。百鬼を率いてどうする。私怨以上の大義があるというのか。
大義なくして百鬼を率いて此方の宿願を潰そうなど、片腹痛い。それでは其処らのチンピラと変わらぬ。とてもではないが、百鬼を率いて闇を統べる主たる器ではない。
「貴様も妖なら、真の闇の主「鵺」の復活を共に言祝ぐべきだ。そして我ら京妖怪の下僕となり、理想世界の建設にその身を捧げるのだ」
従わぬのならば…ここで死ね!!!!
「――――成る程。闇が人の上に立つ…確かに面白そうな話じゃねぇか。俺も妖怪だ…血が疼く」
ニィ、とリクオの口角が持ち上がる。百鬼たちは困惑した様子で声をあげ、リオウも思わず不安げに瞳をゆらした。
「リクオ…?」
ぽつりと呟かれた声は、自分でも驚くほど弱々しく、周囲の喧騒にかき消されそうなほど小さい。しかしリクオの耳には、その声がしっかり届いたらしくニヤリと浮かべられた笑みが深まった。
「ほぅ…ならば何故従わぬ?」
「簡単さ」
リクオは飄々と笑って鬼童丸を見据えた。妖怪は悪。確かにそうだ。人間相手に悪行三昧で、人から畏れられる存在。ただ、それでも京妖怪(オメーら)とは違う。
「テメーらみてぇに人間(カタギ)のモン踏みつけにして人の上に立つってのはよ、俺の理想とはかけ離れてる。妖の主ならよ、人間(カタギ)にゃ畏を魅せつけてやんなきゃあな」
(―――嗚呼…だから私は、お前に…)
リクオの言葉に、リオウはどこかホッとしたように息をついた。踏みつけにすることなく、共にその領分を生きる"共生"への道。―――だから、天狐は奴良家を選んだのだろう。
「ふん…昔京妖怪と江戸妖怪の違いを"火"にたとえた奴がおったな」
"畏"という名の火薬を使い、闇に華を咲かせて人を魅せる"花火"が江戸の妖怪だと。一方で我々の"畏"は闇に燃える"業火"…全てを焼き尽くし人には"恐怖"を与える。―――所詮は相容れぬ存在というわけだ。
出でよ、羅城門
ぶわりと辺りに白い靄が立ち込めた。かと思えば、一瞬にして辺りの景色が城の中から白一色の世界へと変わる。
「!!!!」
「!?」
「あ…なんだ?城が消えた…!?」
「あぁん?何もねぇ…」
「お、おい見ろ…」
驚愕に満ちた声に視線を巡らせると、そこには古びた大きな門が聳え立っていた。妖気がまるで炎の如く揺らめき、数多の鬼が住みつく―――羅城門。
その門前に、鬼童丸が一人守るように佇んでいた。
弐条城(この城)は、この世のものではない。京妖怪の積年の怨念が産んだ幻の城であり、その思念通りに変化する。
「鬼の頭領であるこの鬼童丸が、ここで貴様らを葬り去る」
ためしてみよう…貴様らの畏と我らの畏…どちらが京の闇に相応しいか
いうが早いか、鬼童丸は刀を抜くと目にも止まらぬ早さで飛び出した。それと同時に、羅城門に巣食う鬼共も一斉に飛びかかってくる。
「大量に来やがったぞ!!!!」
「いくぜ、リオウ」
静かな声に目を見開く。不敵に笑うその顔に、気分が高揚するのを感じる。
「また、やれるな?」
「――あぁ、わかった」
リオウの畏がリクオの背に憑依する。と、その時。一瞬にして間合いを詰めた鬼童丸の刃が、二人の交ざりあう畏を切り裂いた。
「な……」
リオウの体がぐらりと傾ぎ、体勢を崩して倒れこむ。その期を逃さず、容赦なく刀を振り下ろす鬼童丸。リクオは間一髪のところでリオウを抱き寄せるように庇い、刀を受け止める。
鬼纏を妨げられた―――!?
「土蜘蛛が真っ二つにされたと聞いて「まさか」と思ったが…そうか、お主父親の業をも身に付けたか…」
面倒な力をつけてくれた。うっかり切り殺してしまいそうになったが、天狐だけは傷つけぬようにとの達示であった。嗚呼、力あるものと闘うとつい本気でぶつかろうと思ってしまうのは、鬼の本能であろうか。
「親父を知っているのか!?」
「…何故忘れていたのだろう。奴とは何度も畏をぶつけあった」
その業…やはり侮れぬ。だが、その前に。
「っ!?な…!?」
突如としてリオウの足元がズブズブと沈んでいく。見ればリオウの足元に沼のようなものが現れ、その体を飲み込まんとしていた。
「リオウ!!!!」
「貴様…ッ何をした!?」
「主君の花嫁に傷をつけるわけにはいくまい。天狐、貴様にはここで退場してもらおう」
黒々とした沼の水が体に絡み付く。水はまるで意思を持った触手のように、ずるずるとリオウの肌を這い、どんどん引きずり込んでいく。
「ッ、くそ…っ」
「リオウ様!!!!」
首無の紐がリオウの手首に巻き付く。だが、そんな抵抗もむなしく、紐は水に絡み付かれたかと思うとぶつんと音をたてて千切れてしまう。
「間も無く我らの主君が復活なされる。―――その時貴様は「鵺」の正室となるのだ」
鬼童丸の言葉を最後に、リオウの姿は黒い沼に飲み込まれ、終いにはその沼さえも姿を消してしまった。