天狐の桜14
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しとしとと雨が降り続いている。古びた社の中、燈台の火に羽衣狐と晴明の影が揺れる。
「私が還るべき場所は母上、貴女の胎内であるべきなのです」
人は死ぬと必ず「輪廻の環」の中に還り、馬や虫、草木など様々な生き物に転生する。我は死して後、輪廻の環に還らず、千年を生きる貴女の胎内へ再び戻り、またこの世に晴明として転生する…これが完全なる復活の法、完全なる「反魂の術」なのだ。
「つまりお主は、この母から何度でも生まれたいと…そう申すのじゃな?」
羽衣狐は面白くてたまらないとばかりに目を細めた。人の身でありながら、また同じ母の腹から生まれたいと望むとは。
「晴明…昔からお主は奇妙な子ではあった。何故そんな奇天烈なことが思い付く?」
「闇と光―――陰陽が交じりあったこの都を、私は永遠のものとしたい。その為に、私は永遠の命が欲しいのです」
光と闇か、と羽衣狐は内心独りごちた。あぁ、かの天狐の姫と同じように、人も妖も生きる世を望むと言うのか。これは…なかなかどうして面白い。
「晴明…妾は常々言うておろう。世は闇に包まれてしまえばよいと…それではダメか?人の血もあるお主ではそうもいかんのか?ん?」
「…そういう母上は、人である父上を愛したわけでしょう」
晴明の言葉に、羽衣狐は確かにそうだなと小さく笑った。
「初めは"姉様(あねさま)"が愛した、人の子というものへの興味でしかなかったがの。お陰でお主を手にいれたわ…近う、晴明」
羽衣狐は晴明をそっと抱き締めた。あぁ、本当に面白い子だ。姉様―――かの天狐の姫君とお話しするときの話題に事欠かぬ。
神でありながら人も妖も愛した姉様のことだ。半妖でありながら、神の領域たる生死を司る術を使うなどと突飛な事を考える晴明を、面白いやつだと気に入ってくれるにちがいない。
「愛しき晴明や…あいわかった。妾が何度でも何度でも…産んでやるぞ」
「ありがとう母上…人と妖の理想世界のため、必ずこの「反魂の術」を完成させてみせます」
「おぉ…晴明。お前といるとこの先千年退屈せんのじゃのう」
雨音に交じり、馬の足音が聞こえる。晴明が帰り、一人寂れた神社に残った羽衣狐は、愛しい息子が戻ってきたのかと立ち上がった。
忘れ物でもしたのだろうか。早く開けてやらねば。そう思いながら破れた障子に手をかけた、その時であった。
ドッと鈍い音をたて、羽衣狐の左目と胸に矢が深々と突き刺さった。
「ほぁ」
ぐらりと傾ぐ体。捕らえよ!!!!と叫ぶ人の声。ヒュンヒュンと高い音をたてて飛んでくる矢の雨。
なんじゃ?
「やめんか!!!!」
社の奥へ奥へと逃げ惑う羽衣狐の体に、次々と矢が突き刺さる。無数の武官らしき男たちが押し寄せ、とらえろとらえろと声高に叫んで追いかけてくる。
どういうことじゃ!?死んでしまう。妾が死んだら…
「晴明を産めぬではないか!!!!」
あぁ、姉様、姉様
どうか、お助けを―――
明くる日、時の関白 藤原頼道の屋敷に晴明は呼び出されていた。
「おぉ!よう来たのう晴明!!!!」
「お呼びでしょうか、頼道様」
頭を垂れる晴明に、頼道はぱんぱんと扇で自らの膝を打った。下らぬ口上などどうでもいい。それより、面白いものを手にいれたのだから。
「おぉ晴明。お主にいつも聞いておったろう、不老不死の方法を。何故こんな素敵なことを教えてくれぬのじゃ?」
「?どういうことでしょう。延命の術なら多少の覚えはありますが」
「違う違う!信太の狐のことじゃ」
晴明はその言葉に絶句した。頼道は、苦労したんだぞと言いながら箱を手繰り寄せ、中から1匹の狐の骸を引きずり出した。
体中に矢をうけ、血を流し動かないその狐。その首根っこをひっつかみ、ぱんぱんと片手で叩いてこの狐だ、と見せつける。
「ホレホレ…千年も生きるというこいつの肝を喰らえば、不老不死になるそうじゃぞ?お主なら知ってそうなもんじゃがのう?」
晴明の目には、最早絶望と憎悪の色しか残ってはいなかった。餓えた野犬のような恐ろしい目つき。
「む…?なんじゃその目は?」
「関白 頼道様に無礼であるぞ!!」
「控えろ晴明殿!!!!」
しかし、いずれの声も最早晴明には届いていなかった。晴明は袂から一枚の笹の葉を取り出すと、ふっと頼道の元へと飛ばす。
「?なんじゃこ…れ、は」
笹の葉が顔に触れたかと思うと、頼道の顔がまるで水風船の如くぶくぶくと膨れ上がった。そして一瞬のうちにぱぁんと音をたてて破裂する。
「せ、晴明殿ーー!?」
「何をなさるのじゃーーー!!!!」
恐れ戦き腰を抜かす公家の者共に目もくれず、晴明はよろよろと無惨な姿の母へと歩み寄った。ボロボロになった母をそっと抱き上げ、まだ未完成な反魂の術をかける。
「は、母上…起きて下され。目を…あけて下され」
羽衣狐の姿が狐から人型の姿へと変わる。虚ろな目を開け、愛しい息子の姿を見つけた母はすまなそうに眉尻を下げた。
「う…あいすまぬな…晴明…」
「母上!!!!」
「お主をもう産めぬ…愛して…おったぞ…」
あぁ、姉様…叶うなら最後にまた一目…お会いしたかった…
羽衣狐はもう動かない。温もりの消えていく母の亡骸を抱き、絶望を前にした晴明の瞳は異形のものへと変わった。おのれ人間ども…何が共生だ。
やはり人間など、のさばらせておくものではなかったのか。
「闘えぬ母を何故討った!!??」
「ら…乱心じゃ」
「晴明殿…冷静になれ!」
「堕ちろ人ども。貴様らは…"上に立つべき"ではない…!」
轟音と共に、巨大な火球が屋敷を押し潰した。燃え盛る屋敷を背に、母の亡骸を大事に抱き抱えた晴明は血の涙を流す。その瞳はとうに人のものではなく、体から溢れだす冷気も邪悪な妖気へと姿を変えていた。
人は愚かだ。自らの分もわきまえず、容易く闇の領分を侵す。その上、放っておけばどこまでも付け上がる。これではこの美しい世界もすぐに壊れてしまうことだろう。
「この世にふさわしいのは人と妖 光と闇の共生ではない。闇が光の上に立つ秩序ある世界だ!!!!」
その為に、この晴明は闇の主となる。いかなる手を使っても。
「私は必ずや復活し…母と共に世界を闇で覆う…!!!!」
やがてこの男は"鵺"と呼ばれるようになった―――