天狐の桜14
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一行は広い城の中を疾風の如く駆け抜ける。もう羽衣狐の出産まで時間がない。リオウはリクオの隣を駆けながら、苛立ったように歯噛みした。
京妖怪たちがいきり立っている。恐らく、もう陣痛は始まっているのだろう。であれば、もう鵺が生まれるまでの時間は僅か数刻といったところか。…できれば、その前に話がしたい。
(!あれは…っ!?)
正面から黒い塊が飛び込んでくる。リクオは瞬時に抜き身の祢々切丸を構えて迎え撃った。
「!!!」
鬼童丸は修羅のごとく斬りかかった。激しい打ち合いに火花が散る。直ぐ様飛び退いて体勢を立て直と、二人は肌を刺すような殺気の中で静かに対峙した。
「また会ったな、小僧」
「お前は…遠野で会った…」
リオウとリクオは共に刀を構えた。鬼童丸はじっと二人を睨めつける。とうとう来たか。
「ふむ…しかしここまでようたどり着いた。だが、貴様の祖父のようにここから先へ通すわけにはいかん…!!」
剣気と妖気が膨れ上がり、鬼童丸の背後に鬼を形作る。ビリビリと空気を震わせる殺気は一分の隙もなく、あまりの圧に息すら詰まる。
「お主に、京妖怪(我ら)の宿願を阻む大義があるとは、とても見えんな」
京妖怪(我ら)千年の宿願を―――!!!!
千年前―――京・平安京 内裏の白州にて
「ヒェ…ヒェェェ!!」
内裏の中を縦横無尽に飛び回る燕。逃げ惑う貴族たちの間をすり抜け、燕は白州にて佇む晴明へと向かって飛んでいく。
晴明が慌てることなく扇を一振りすると、一瞬にして燕の姿は白砂へと変わり崩れ去る。その光景に、端から見守っていた貴族たちは色めき立った。
「おぉ!み、見ましたか道満殿の術!!白砂が一瞬で燕に!!」
「いやいや晴明殿も!!扇一振りでこれまた白砂に戻しましたぞ!?」
流石は天下に名高い陰陽師、蘆屋道満と安倍晴明である。これまでの勝負は全て五分と五分。果たしてこの術比べ、どちらが勝つのだろうか。
「双方!最後は占い比べじゃ!出題は道満の番じゃったな」
次を促す帝の声に、道満はニヤリと口角を上げた。下男に指示し、とある長持を晴明の目の前へ運ばせる。道満は好好爺然とした笑みを浮かべ、長持を撫でた。
「ふむ…ではこの"長持"。さぁ晴明殿…"中身をあてて"みなされ!!」
「む…それは!」
晴明の表情が強ばり、宮中の屋根裏で一部始終を見守っていた妖たちも、緊張感に身構えた。あの長持は…
道満はいやらしい笑みを浮かべ、どうした?と白々しく尋ねた。顔が青い。それもそうだろう。これはこの"邪悪に身を染めた術士(あべのせいめい)"の本性を、帝の目の前で白日のもとに晒すもの。
「晴明、中身を答えよ!」
帝の凛とした声がざわめく観衆を一瞬にして静かにさせる。何十もの視線が晴明を射抜く。妙な緊張感にも関わらず、晴明は不敵に笑った。
「"幼い男児"が入っております」
「晴明!!この期に及んでまだシラを切りよるか!!」
道満は晴明の言葉を嗤った。長持の中身はなんじゃと尋ねる帝に、道満は晴明が墓場から持ち帰った死体だと話す。
観衆からひきつった悲鳴が上がる。なんとおぞましいものを。道満は晴明に指を突きつけ、夜な夜な死体で何をしているのかと声高に糾弾した。
「そんな…晴明殿が…?まさか…」
「晴明!これは捨て置けんぞ!開けてみよ!!」
がちゃがちゃと長持の蓋が外される。その時、晴明は何事かを唱えながら扇を一振りした。常人(ただびと)にはなにが起きたのかわからない程の早業で紡がれた呪。
ごとりと重い音をたてて開かれた長持。その中には、貧相な身なりの5つ、6つ程の少年が寝かされていた。
「うぉわああーーー!!!!」
「ヒィイイ!!!!死体でおじゃるーー!!!!」
誰もが少年は死んでいるものと思い、悲鳴を上げた。しかし、少年はまぶたを持ち上げ、虚ろな目を擦りながらむくりと起き上がる。
「ん?ここ…どこー?」
道満は驚愕に言葉を失った。確かに長持の中には晴明が墓場から持ち帰った死体が入っていたはず。まさか、この男…
「い…生きておるではないか!!」
「これはどういうことだ!?道満!?」
帝はふむ、と独りごちた。道満の言う中身とは違う。しかし、晴明が中身を当てたのは紛れもない事実。
「この勝負、晴明の勝ちだ!!!!」
道満は驚愕と軽蔑の目で晴明を見つめた。ぶるぶると身体が震え、額に脂汗が滲む。
「晴明…まさか、お主…"反魂の術"に手を出したのか…」
「…なんのことやら」
晴明は余裕の笑みをたたえ、少年を軽々と抱き上げた。それではこれにて、と短く断り、悠々と裾を翻す。
「危のう御座いましたな…」
牛車にて待っていた鬼童丸の言葉に、晴明はふんと鼻をならす。まったく、いつも厄介な爺だ。油断も隙もあったものではない。
晴明が牛車に乗り込むと、牛車は軽々と夜空へ駆け上がった。その後ろをどこから現れたのか、ぞろぞろと百鬼がついて歩く。
「見ろ、鬼童丸。美しい都だとは思わないか」
妖が空をかけ、人々は自然に生きる。光のうつろいを感じ、日が落ちれば闇を畏れる。"陰"と"陽"の完璧に交わったこの美しい都。
「…この陰陽の都を永遠の秩序にしたい。そのために私は永遠を生きなければならないのだ」
なのに何故、人は"必ず死に、再び闇に還らねば"ならないのか。今の反魂の術は完璧ではない。復活しても再び骨と塵になってしまう。
聞けば、神には死した者の魂魄を呼び起こすことのできる者すらいるという。生死を超越することは、やはり神にしか出来ぬ理だとでもいうのだろうか。
「何故私は千年を生きることが出来ないのだ。…世の理にあらがう術があるはずだ」
鬼童丸は主の言葉に無言を返す。しとしとと降る雨が着物を濡らし、辺りの静けさを強調させる。
「のう鬼童丸…私は必ず復活するぞ。必ず我が身を完全なる反魂の術で転生してみせる!!」
その時、衣擦れの音がした。
「おぉ…晴明ではないか♡妾に会いに来てくれたのかぇ?」
裾が泥にまみれるのを気にする様子もなく、女は…羽衣狐はジャバジャバと水溜まりを歩き、嬉しそうに微笑む。
「愛しき晴明ェ。おぉ…近うよれ」
「母上」
その時晴明様は、ふいに悟られたのだ。復活の術"反魂の術"の、完全なる方法を。
「おぉ、そうだ…!"還る"なら"母"…羽衣狐、貴女だ!」
母上…もう一度、私を産んではくれまいか
その一言は…千年に及ぶ京妖怪(我ら)の"宿願"の始まりだった―――