天狐の桜14
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静かな光に満ちた空間。石畳のこそには石柱が列なり、辺りには大量の墓石が整然と並んでいる。リオウは、己を横抱きにし、そっと床に降ろす男の顔を呆然と見つめた。
顎髭を蓄え、落ち着いた雰囲気を纏う逞しい体躯の男。赤毛の髪から覗くのは狐の耳か。懐かしさを覚えるのは何故なのか。
「今、解いてやる。大人しくしていろ」
「っぁ、ぐっ…!?」
男の霊力が流し込まれ、じわじわと呪紋と妖力を消し去っていく。だが、体の内部を弄り回されているような苦痛と違和感に、リオウはぐっと唇を噛んだ。
「こら、唇を噛むな。切れる。…辛いなら声を出せ」
「っ、っっ…」
黙って顔を背けるリオウに、男はひとつ息をつくと、片腕の小手を外した。そのまま優しく可憐な唇をなぞると、無遠慮に口へと指を突っ込む。
「んぐっ!?ん、んむ…っぅ、んん」
「噛むならこれを噛め。…あと少しだ」
苦痛に堪えかねて指を噛むも、男は眉ひとつ動かすことはない。呪紋が完全に消失したと同時に、ずるりとなにかを引き出されるような感覚に襲われ、リオウはぐったりと目を伏せた。
胸が大きく上下する。酷く疲れた。体を起こすのも億劫なほどの倦怠感に、指一本動かすこともできない。
「よく頑張ったな」
男は静かにそう言うと、そっと指先でリオウの目元と口の端をぬぐった。酷く扇情的な光景だが、こんなにも色っぽい姿を見ても男は眉ひとつ動かすことはない。
「……貴様も、安倍姓の、者か」
「……」
男は無言を返した。話す気はないと言いたげなそれに、リオウはふんと鼻をならす。晴明のこの術を解けたのだ。ということは、陰陽術にも明るく、かつあれと似たような霊力。―――十中八九安部家の者だろう。
「…ありがとう、助かった…」
男はそっと手を伸ばし、リオウの瞳を覆った。どうしようもなく懐かしいものを覚えるのに、思い出せない。不器用だが温かいこの手の温もりを、どこかで感じたことはなかったか。
「己の居るべき場所へ帰るがいい」
その声を最後に、リオウの意識はぷつりと途切れた。
闇のなかで、鈴のなるような声がする。二つか三つ程の幼子の声と、それに時折短く相槌を打つ先程の男の声。…これは、一体…
『ここには、お花がないのですね』
『…あぁ』
『…!あの、助けてくださったお礼に、どうかこれを…』
『…白百合?』
『わたしが、初めてそだてたお花なのです。お花のいみは、"じゅんけつ"と"いげん"といってました』
ふふっいげんあるあなたさまにぴったりですね。吉平さま
(あぁ、これは…)
私の――――
「ぅ、あ…」
「リオウ!!!!」
「リオウ様!!!!」
揺さぶられるようにして、リオウは目を覚ました。見れば、己を抱くリクオや顔を除き混む黒羽丸をはじめとする妖怪たちは、皆泣きそうな顔をしていて、これにはリオウもぎょっとした。
「ど、どうしたお前たち」
「どうしたもこうしたもあるか!!お前、すげェ死にそうに苦しんでたんだぞ!!」
「体になんか模様みたいなのが広がって…もう俺たちどうしたらいいかわかんなくて…」
淡島と雨造がそう言ってがばっと抱きついてくる。のろのろと腕を伸ばして抱き締め返すと、リオウはえぇと、と辺りを見回した。
「……………ぼろぼろだな」
「言いてェことはそれだけか?💢」
耳元で低く囁かれた声に、リオウはびくりと肩を跳ねあげた。
「テメェ…なんか隠してたな?💢」
「い、いやこれは…っうぁ!?」
する、とリクオの手が襟の中へ滑り込み、がばっと襟元をはだけさせられる。露になった陶器のような肌には、傷はおろか先程まであった筈の呪紋は残っていない。
―――――が、今此処にいる妖怪たちにとって、何よりも信じられないのは、この天狐の「大丈夫」なわけで。
「ま、待て待て待て何もない!!もう何も隠してることはないから…っ、っひ!?」
する、とリクオの手が確認するように肌を撫でる。助けろ、と黒羽丸に手を伸ばすも、黒羽丸も上体を支えるように抱き止めるだけで目が笑っていない。
すべらかな背中。細い首筋。華奢な鎖骨。肌を滑る手にびくびくと肩を震わせ、逃げるように黒羽丸の肩に顔を埋める。
何やってんだと突っ込みたくなる光景だが、やってるリクオたちは大真面目である。リオウはぶわっと逆立った尻尾を、周囲の妖怪たちの顔めがけてべしべしと叩きつける。
「い、いい加減にしろ…っ馬鹿///」
着物の前をかき集め、涙目で睨み付けるリオウに、妖怪たちはばっと視線をそらした。鼻血を吹いて倒れた奴もいるようで、小妖怪たちはぎゃいぎゃい騒いでいる。
「よし。何もねぇな」
「だから最初からそう言っているだろう…!!💢」
「これに懲りたら、もう隠し事はお止めください」
静かに諭しながら黒羽丸は着物を直す。不満げに唇を尖らせるリオウに、リクオは愛しくてたまらないとばかりに笑ってその髪に唇を寄せた。
「立てるかい?抱いてくか?」
「自分で立てるし歩ける…💢//っぅわ!?」
立ち上がるや否や、強引に腰を抱かれる。行くぞテメーら!!!!と声をあげるリクオに、あくまでも隣から離す気はないのだと察して、リオウは深くため息をついた。