天狐の桜14
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消失した腕を一瞥し、土蜘蛛はにやりと口角を持ちあげた。腕を潰されたか。だが、腕の一本くらい安いものだ。こんなに面白い戦いができるのなら。
「ほう…おもしれぇ業だな」
「土蜘蛛。これがてめぇに届く刃だ」
リオウはニヒルに笑うリクオの背に浮かび上がった、炎と毒の羽の紋様にふっと目を細めた。炎…自分の畏の証か。
(あれは…百鬼を率いるものが、百鬼と共に闘った証)
かつて父の背にも、百鬼と共に闘った証が刻まれていた。あの頃は、お前はダメだと祖父からも父からも外に出してはもらえなかったが、今こうして漸く"百鬼"のひとつになれたのか。
くらりと目眩を感じる。想像以上に体に負担がかかったか。…いや、これはそれだけではないか。
(あの変態…私の体に何かしたな)
面倒なことを、と内心悪態をつく。ふらつくリオウの体を、血相を変えたリクオは慌てて抱き止めた。
「リオウ!?」
「っ、大事ない。少し、眩暈がしただけだ」
そっとリクオの頬に手を添え、ふわりと嬉しそうに微笑む。私もお前の百鬼になれたか?と子供のように笑う姿に、戦場とはいえ力が抜ける。まったく、可愛いことを言ってくれる。リクオは勿論だと笑うと、そっとリオウの額に唇を落とした。
「リクオ様…やってくれた…!」
「見ろ!土蜘蛛の腕が消失した!」
「か、勝てるぞ…リクオ様勝てるぞ!!」
妖怪たちが期待に声を弾ませる。ざわめく周囲を他所に、呆然と座り込んでいた土蜘蛛は、沸き上がる興奮を隠しきれぬ様子でぼそりと呟いた。
「やっと見つけた…」
土蜘蛛は徐にマッチを擦ると、静かに煙管に火をつけた。緊張感に包まれる百鬼を他所に、紫煙を吐き出す。
「まさかこんなガキがな。鵺とやるまでのつなぎだと思っていたが…」
源平の世も戦国の世も、退屈で退屈で仕方がなかった。皆自分が腕を一振りするだけで簡単に事切れてしまう。誰も自分と対等に戦えるものなどなかった。
確かにリオウは強かった。これまでにこれ程強い相手と合間見えた事はない。だが、あれは"百鬼の主"ではない。土蜘蛛の畏は"百鬼夜行破壊"。天狐一匹では我慢ならない。
「おぉ…そうだ「鵺」…鵺ともう少しで会えるんだ。あんとき以来か…1000年ぶりか」
いいぜぇオイ。もう一回出してくれよ、今の。
リクオは訝しげに土蜘蛛を見据えた。土蜘蛛は玩具を強請る子供のように地団駄を踏む。
「遠慮しないでいいぜ?ほらどうした?やれよ。ホレホレ、どした。俺は的だぁ」
「チッ…不味いな」
リオウは瞬時に皆の前に滑り込むと、結界を造り出す。苛立ったように土蜘蛛が柱をもぎ取り、投げつけてくるのを耐えながら、リオウはばっと視線を巡らせた。
「走れ!!!!この境内から!!!!早く!!!!」
「んはは!楽しーなぁ!!オイィ!!」
脱兎のごとく駆け出していく妖怪たちを見、リクオの手を引くようにしてリオウも飛び出す。柱は薙ぎ倒され、梁は落ち、瓦が降り注ぐ。
「ほらよお!!イィィヤッホィイィーーーッてよォ!!じゃがんでる場合じゃねぇわ!!」
土蜘蛛は全てを吹き飛ばして立ち上がった。跡形もなく崩れ去る寺と、ケタケタと楽しそうに笑う土蜘蛛の狂気に妖怪たちは恐れ戦く。
「『本気』出さねぇと♡やられちまうかもなぁ。お前の刃にィ~~~~ヨォォオオ!!!!」
「っ氷麗!」
リオウは目を見開き固まっている氷麗を、庇うように胸に抱き込んだ。刀を一閃させ、飛んできた瓦礫を一掃する。
「り、リオウ様!?///」
「無事か?無事だな」
「え!?えぇあぁはいっ//」
いきなり至近距離まで近づく端整な面差しに、氷麗はぶわっと赤面した。庇って貰えた安堵や嬉しさよりも、これはなんと言うか心臓に悪い。リオウは慌てる氷麗に、くすくすと悪戯っ子のように笑った。
「ふふっならばよい。最後まで気を抜くなよ。お前のことは頼りにしているのだから」
「は、はいっ//」
リオウは視線を巡らせる。土蜘蛛は、早く斬りつけて来いと柱をふん掴み、ぶんぶんと手当たり次第に振り回しては破壊していく。
「もっとだ!!!!どんどん来いよォ!!!!」
遊び相手を見つけた子供のよう。ひーひー言いながら逃げ回る妖怪たちも、傷を負いながらもなんとか逃げおおせているようで重傷者はいない。
("本気"のこいつとやり合うのは、なかなか骨がおれるな)
遠野はどうした。冷麗と土彦のことがあって不参加か?いや、あれのことだ。御礼参りに来ないはずがない。であれば、そろそろ…
その時、思案を巡らせていたリオウの脳内に"声"が響いた。先に相手をしたあの男の声が。
《決して、逃がさん》
「っあ、ぐ…っ」
声は頭の中に響き渡り、目の前の景色がぐらりと歪む。頭が割れそうに痛む。体の芯が熱い。刀を地面に突き立て、体を支える。
《土蜘蛛なぞ放っておけ。其方は私だけを見ておれば良い》
「黙れ…っ」
リオウの体にまとわりつく、おぞましい妖気にも似た霊力に、土蜘蛛は目を眇めた。この霊力は鵺のものか。
「あー?なんだぁ?お前、鵺の奴の御手付きか」
「下卑たことを、言うな…っ」
今倒れるわけにはいかない。これからが本番なのだから。今、鵺の相手をしているわけには…
「リオウ。…無理すんな」
「だが…、っ!?」
リクオは黙らせるように唇をなぞった。呆然と固まるリオウに、リクオは優しく目を細める。
「平手は"後で"甘んじて受けると言っただろ?だから今は大人しく休んでろ」
その後は俺の隣にいてもらう、と笑いながらリクオはそっとリオウの胸を押した。ついでリオウの後ろへ視線をやり、ひとつ頷く。
何を、と言いかける間も無く、リオウは膝をさらわれ、夜の闇へ舞い上がった。―――黒羽丸だ。
「っ、黒羽丸」
「………」
「…はぁ、わかった、私の敗けだ」
鵺が触れた肩が酷く熱を持つ。袖口から覗く右腕に呪術の紋が浮かび上がっている。傀儡の術か。…先にあれと対峙してからおよそ半時。恐らく、鵺が生まれる頃には術が全身に回り、体の自由は奪われる。
それまでに、この術だけでも解かなくては。
「……少し眠る。リクオの方が片付いたら、蹴り飛ばしてでも起こせ」
「はっ」
ぐったりと目を伏せる主を抱え、黒羽丸は天高く舞い上がる。その様子を眺めていた土蜘蛛は、やれやれと肩を落とした。折角面白い奴が揃ってこれからだというのに、鵺に横取りされるとは面白くない。
「まぁいい…やっと俺と戦える奴が見つかった」
土蜘蛛の口から、何やら網のようなものが放たれた。それは周囲の残った柱に取り付き、さながら天幕のように外部を遮断する。――中に取り残されたのは、土蜘蛛とリクオのただ二人だけ。
「今度はへたばんなよ」
とんとんと爪先が床を打ち、挑発するようにクイクイと指を曲げる。土蜘蛛は、静かに刀を構えるリクオを見下ろし、ニィと笑った。
「やりあうぞ」
ここからが戦いだ