天狐の桜14
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「ッ!!!!」
はっと目を覚ましたリオウは、咄嗟に腕をなぎ払った。放たれた青白い狐火が、リオウを取り囲んでいた蜘蛛の妖怪たちを一瞬にして包んで燃え上がる。
「ちょっと目ェ離すとこれだ。勝手に触んな。こいつは"エサ"なんだよ」
シッシッと蜘蛛達を追い払いながら、お前も何ぼさっとしてんだ、と目を眇める土蜘蛛に、リオウは疲れたように首を振る。珍しくぐったりしているリオウの姿に、土蜘蛛は不思議そうに首を捻った。
「悪い夢でも見たのかぁ?」
「まぁ…そのようなものだ。私はどうやら、露出狂のすとーかーに狙われているらしい」
若干憐れむような視線が痛い。ほっとけ、とひらひら手を振ると、土蜘蛛はついと戸口に目をやった。待ち人は今だ来ない。
「まだかね。ずっと待ってんだがねぇ。ククク…あぁいう"面白ぇ奴"に出会いてぇんだ。今度こそ完璧に破壊してやる」
リオウは物騒な言葉に、剣呑に目を細めた。この土蜘蛛という男は、勝負の勝ち負けなぞはどうだっていいのだ。
殺しあう行為が好きなだけであり、生死も勝敗も、そんなものつけてしまったら面白くない。まさに無邪気故に悪に変わった子供そのもの。
(先程よりも妖気が減っている。それにこの気配、百鬼夜行が近くに来ているのか。…そうか、"業"を完成させたか)
ならば、あれが来る前に。―――腕の一本でももいでおかなくては。
(足手まといになるくらいなら、相討ち覚悟で…)
リクオが倒さなくてはいけない本命は羽衣狐だ。土蜘蛛ごときに総力を使わせるわけにはいかない。すらりと刀を抜き、リオウは流れるように立ち上がった。
「悪いが私と共に…地獄まで付き合ってくれるか?土蜘蛛」
「あぁ、それもいいなァ。だけどよ、―――俺ァお前が妙に大事にしてたアイツとも殺りあいてぇのよ」
瞬間、寺の外から悲鳴が聞こえた。断末魔が木霊したかと思うと、けたたましい音をたてて扉が破られる。
「よぉやく来やがったかい」
より強大に、よりひとつとなった百鬼夜行の姿に、リオウは僅かに瞠目したものの、ついでひどく嬉しそうに目を細めた。
「お前を助けるために来た。リオウ」
リクオの姿がゆらりと霞のごとく姿が消え、リオウの側に現れる。やんわりと後ろから腕を回して一つ抱き締めると、リクオは庇うようにリオウの前に立つ。
「すまねぇ……時間かかっちまったな」
「よい、来てくれたのだからな。もう少し遅ければ、相討ち覚悟であれと切り結ぶつもりだった」
リクオの眉が跳ねあがる。またそんな危険なことをしようとしていたのか。本当に大人しく守られることを知らない人だ。
「ふん。ぬらりくらりと邪魔くせぇ。跡形もなく…潰してやるぜ」
土蜘蛛の言葉に、リクオとリオウは揃って刀を構える。互いが互いの背を庇うように立つ姿は、大将らしく堂々として凛凛しい。
「よぉ土蜘蛛…今度こそテメェをたたっ斬る!」
威勢よく啖呵を切り、リクオは不敵に微笑んだ。
「待ってたぜーー?手酌で五十斗飲み干す間もずっとなぁ」
ぐびぐびと酒を呷りながら、土蜘蛛は実に楽しそうに唇を歪めた。さて、漸く待ち人が来た。そういえばこいつの名は何といったか。
「えーっと、なんつったっけ…そう…ぬら…ぬら…奴良リクオだぁ」
ぷはぁと吐き出された息が酷く酒臭い。リオウは僅かに柳眉を寄せ、袖口で口許を隠す。全く、この酔っぱらいは強い相手を見ると、すぐ戦いに走るから始末に負えない。
鬼童丸曰く、認識をずらして此方の拳を避けていたとか。そんな奴は初めてだ。しかも400年前に羽衣狐を倒したのはこいつの祖父だとか。全く面白い奴だ。
「…さっさとやろうぜ。京妖怪」
「…慌てんなよ。飲むかい?楽しんでけよ…俺も潰すのが楽しみだ」
そう言って土蜘蛛は、巨大な酒壷を放った。ガチャンと音をたてて破片が飛び散り、それと同時に土蜘蛛の拳がリクオめがけて放たれる。
ぐしゃりとひしゃげた寺の装飾。祭壇は木端微塵に砕け散り、パラパラと瓦礫が降り注ぐ。巨大な腕がリクオをとらえるも、その姿はゆらりと霞のように消え一向に潰れる感触はない。
だが、完全に避けきれるものではないらしく、ひらりと着地したリクオの着物はボロボロになっていた。
(完全にはさけきれねぇか)
「避けるだけじゃあ、勝てねぇぞ?」
「お前も慌てんなよ、土蜘蛛。今すぐに魅せてやるからよ」
不敵に笑うリクオを尻目に、リオウは思案を巡らせた。どうする。勝てるか?…リクオの力は未知数。対して相手は土蜘蛛だけではない。このあとには幹部や羽衣狐との戦闘も控えている。
であれば私の絶対的な仕事は、"土蜘蛛を殺すこと"でも、"この戦いに勝つこと"でもない。決して"負けない"ことだ。
甘やかすことと、守ることは違うとわかっている。…それでも。
『父上…!!目を開けてくれ…頼む!!父上!!!!』
守れなかったと悔いるのは、もうたくさんだ
「リクオ。下がれ」
「リオウ」
リクオの顔つきが険しくなる。また一人で無茶をする気か。あのときの二の舞にはさせたくないというのに。リオウはその桜水晶の瞳に、固い意志を閃かせた。どこか悲しげなその顔に、リクオは思わず息を飲む。
「私は、お前にまで"おいていかれる"のは真っ平だ」
涼やかな目元から一筋の涙が頬を伝う。その姿に、リクオは僅かに目を瞠った。
(…リオウは、怖かっただけなのか)
ずっと、背中を追いかけていた父に、目の前で逝かれて。守れなかったと、無理にでもにいればと、ずっと悔いていて。愛しい者が目の前から消えてしまう恐怖にずっと怯えていただけなのだ。
だから、命を賭しても守ろうとしてしまう。
リクオはしっかとリオウの細い肩を掴んだ。思わず目を丸くして固まるリオウに、真摯な眼差しを向ける。あまりの真剣な顔つきに、リオウは困惑した様子でこて、と小首を傾げた。どうしたんだ突然。
「リオウ。俺は絶対にお前を置いていったりしない。生涯かけて、お前の傍にいると誓う。お前はもう守らなくて良い。けど、その代わり…お前の"想い"と"力"。俺に貸してくれねぇか」
百鬼夜行の主は、後ろに列ねる者達の"想い"を背負って強くなってゆく。俺が…これからそうなって見せる!
「だから…お前のその心も体も、俺に全部あずけろ!!」
俺のために畏を解き放て!!!!
不敵な笑みに、不思議と不可能を可能にしてしまえそうな錯覚を覚える。その姿に、リオウは父の面影を見つけた気がして、はっと目を瞠った。
『リオウ。お前は強い。…だが、お前のそれは"孤高"だな。守らなくちゃなんて考えてばっかりじゃ、それは真の強さじゃあねぇ』
こいつなら絶対に守ってくれる、絶対に傍にいてくれるとお互い信じあい、戦うこと。それこそが本当の強さってもんだろ。
「――まったく、いつの間にやらすっかり"男"の顔になったな」
良いだろう。私の全てを、お前に預ける。
リオウの体から畏がぶわりと立ち上り、リクオを包み込む。リオウは確かに感じる己を背負うリクオの存在に、ふっと口の端を緩めた。これが、父がかつて編み出した業…
「いくぜ土蜘蛛!!魅せてやる!!これがお前に届く刃だ!!!!」
「ほぉおおお!!!!おもしれぇじゃねぇか!!向けてこいその刃!!」
御業とは、二代目の使った人と妖の血が成せる百鬼を纏う業。それは共に信じあう者だけを背負い、その畏を己の体に纏わせる奥義。
炎を纏った刃が、土蜘蛛の右腕を切り裂く。切り裂かれた傷口から炎がぶわりと腕全体を包み込み、見る間にきらきらと光の塵になって消えていく。
青白い炎はまるで翼のようにリクオの背に宿り、狐の耳が生えている。青白い炎が桜の花びらとともに、螺旋を描くようにして刃を包む。
折り重なる畏は何倍もの力となる。かつて百鬼はそれをこう呼んだ。
百鬼の主の御業"鬼纏"と―――!!!!