天狐の桜14
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「はっ!!!!」
リクオはがばりと上体を跳ね起こした。古ぼけた寺院の中。埃臭いその部屋の中には、身の丈ほどはありそうな仏像が部屋を囲うようにずらりと並んでいる。
人の気配に身構えれば、己の背後に牛鬼がゆらりと立っていた。
「牛鬼…!ここ、どこだ?皆は…僕はどーなってしまったんだ?」
「私が運んだんだ。リクオ…」
牛鬼が?此処へ運んだ?何故?此処はどこなんだ?あれからどれくらいたったのだろうか。疑問が次々とわいてくる。だが、それを聞くことすら惜しいと、リクオは戸口に向かって駆け出した。
「どこへ行く、リクオ」
「土蜘蛛を倒しに行く!!時間がないんだ!!兄さんを助けにいかなきゃ!!」
瞬間、目の前に閃光のごとき銀色が一閃した。間一髪でかわしたリクオは、床を転がるようにして刃から逃げる。
「今のお前では無理だ。百鬼夜行の配下の畏に、気圧されるようではな」
「う…うぅ…!!」
これは牛鬼の畏か。どす黒く、重苦しい殺気を伴った妖気が、まるでその触手を伸ばそうとするかのごとく広がっていく。
「奴良組を率いるものは、決して負けてはならんのだ」
刀を受け止め、床へ転がるようにして逃げ回る。なんとか、何とかして打開策を見いださなくては。反撃の隙を窺い、畏を使って懐に飛び込む。――それが、己の戦い方。
「かわして…そしてどうする」
「え…」
まずはどうにか体勢を整えようとしていたリクオは、思いがけない台詞に硬直した。冷水を頭から浴びせられたかのように、体が動かない。
かわして、懐に飛び込み、叩き斬る。それがぬらりひょんの戦い方ではなかったのか。
「リクオ…お前は遠野に行き、"自分"をより理解できたようだな」
だが"ぬらりひょん"という妖の本質は、そこまでなのだ。畏を断ち懐に入ることは可能。―――そこまでが能力。
ドシュッッ
がらがらと音をたてて大仏が崩れ落ちる。かわしてかわして…体を起こしながら肩で息をつく。足が重い。疲労と、先の戦闘で負った傷と、牛鬼の放つ殺気。すべてがまるで泥のように絡み付き、足をどんどん重くさせる。
「リクオ…お前はここ数ヶ月で確かに強くなった。しかし、京ではそれでは足りんのだ。お前自身の刃を届かせるために、お前にはやらねばならん事が二つある」
時間がないのならば三日だ。その間に…ぬらりひょん(自分)より強くなれ。
「自分より…強くなる…?い、一体何のこと!?」
「牛鬼…口で言っても伝わらん。実践あるのみだ」
突然、第三者の声がした。ばっと視線を巡らせれば、老齢の天狗が静かに佇んでいた。嗄れた低い声は、どこか厳格な重みを湛えていて、自然と背筋がのびる思いだった。
「そうだな。リクオよ、刀を抜け。百鬼の主たるべき"業"を三日のうちに手にいれるのだ…」
「業…!?"業"って何だよ!?牛鬼!?」
言うが早いか、牛鬼は刀を一閃させた。一太刀で寺の境内が半壊し、間一髪外へ飛び出したリクオは思わず鯉口を切る。
何だ。以前対峙した時とは全く違う。これが牛鬼の本当の畏だというのか。
「己を超えてみろ。リクオ!!!!」
此方を鍛えようとしているのか、それとも。いずれにせよ、早く兄を助け出すために力をつけなくては。―――こんなところで、やられてはいられない。思案を巡らせながら、リクオはばっと刀を抜いた。
「―――そうか、ご苦労だったな」
黒羽丸の報告を聞いたリオウは、白魚のような指でその漆黒の羽を撫でた。牛鬼が来たのなら、あとは問題ないだろう。早くて5日…いや、牛鬼のことだから、3日程で仕上げるとでも言うだろうか。
「私は、お祖父様の事を言えぬ」
リオウはそう言って自嘲した。その表情はどこか悲しげで、泣いているかのようにも見え、黒羽丸は言葉を失った。
「守らなくてはと…ずっと思い続けていた」
だから、記憶を封じ、あれの周りにある災厄を祓ってきた。怖い思いを、悲しい思いをしなくてもいいように。
屋敷に結界を張り、奴良組以外の妖怪が入り込むのを防いだ。戦う術など教えてはこなかった。羽衣狐の一件でさえ、リクオがやると言わなければ一人で京都へ赴くつもりだった。
『大きくなったら、絶対に兄さんを嫁にとるんだ。僕が兄さんを守るんだよ』
「まったく…時がたつのは早くて敵わぬ。守られてばかりの稚児が、あんなに大きくなるとはな」
繊手が水を掬い、白い肌を伝ってこぼれていく。涙のようなそれに、リオウはふっと口の端を緩めた。神にとって、人の一生は瞬きと同じ。こんなところで実感するとは思わなんだ。
百鬼夜行は、"総大将の力"に比例する。百鬼夜行は集団であり、ひとつの大きな力。そして、その百鬼を率いる者の力が大きければ大きいほど―――その力も大きくなる。
だが、私は…あれが強くなる機会を、この手で摘んでしまったのかもしれない。
「人の子は強い」
柳のようにしなやかで、強か。強大な何かに押し潰されようと、折れることなく立ち続ける。度重なる大火や災害にも負けず、戦争で国中が疲弊しようと、それでもここまで文明は栄えてきた。
「あぁ、愛しいものにはどうしても慈悲をかけてしまう」
天狐は愛情深い神だというが、私はただ、なくしてしまうのが怖いだけなのかもしれない。手元から溢れてしまうことが恐ろしいと。だから手づから掬いとってしまう。
膝を抱え、額をつけてため息をつく。耳がぺたりと力なく垂れている。反省はしているのだ。だが、すべてはもう過ぎたこと。今さら何を言っても仕方がない。
「――俺は、貴方の慈悲に救われました」
黒羽丸は、そっと元の姿に戻るとリオウの頭をおずおずと撫でた。ぴく、と耳が動くも、お気に召したようで大人しく撫でられている。
尻尾がぱしゃりと水面を叩いた。続けろ、と言わんばかりのそれに頬が緩む。……まぁ、直視はできないので、遠くに視線をやっているのだけれど。
「迷いこんだ子烏に、貴方は休む場所をくださった。慈愛をもって包んでいただいた。…貴方に私は救われてばかりです。ですが、強さは違う」
強さとは、与えられるものではない。自らが掴みに行くものだ。どれだけ真綿でくるむように愛されようと、強さを求めるかはその者の意思。
強さを求めるなら、己で鍛えるしか道はない。力がある者はある者なりに。力がないなら無いなりに。それは各人が決めること。
「現に、私は貴方様から"強さ"をいただいてはおりません。若輩者ながら、これは己の鍛練によって培ったもの。―――強いて言うのなら、リオウ様からは強さを求める理由を、いただいたと言うところでしょうか」
「り、ゆう…?」
リオウはそろそろと顔をあげた。不思議そうに目を丸くし、じっと上目使いに此方を見つめてくる。濡れた髪が顔に貼りつくのを、そっと指で直しながら黒羽丸は小さく笑った。
「"御身を必ずお守りする"と私は己自身に誓いました。貴方様の笑顔をお守りしようと、ただのそれだけです。貴方様が笑顔で名を呼んでくださる、それだけで私は力をいただけるのです」
差し出がましい事を言っているのはわかっている。己の倍はゆうに生きている神に説教するなど。それどころか、玉体にこのように軽率に触れてしまっている。
(愚かな男をお許しください)
下僕でありながら、決して届かぬ主人に懸想する愚かな男を…
「―――黒羽丸…」
「はい、リオウさ、ま゙っ!!??」
しんみりしたのも一瞬のこと。リオウはそっと己の頬を包む黒羽丸の手をとると、容赦なく水に引きずり込んだ。ばっしゃーんと派手な水音をたてて水柱が上がる。
リオウに覆い被さる形で水に飛び込んでしまった黒羽丸は、咄嗟にリオウの背に手を回し、後ろの岩に押し倒すように腕をつく。以前加護を受けているため、神気に満ちた水もどうということはないが、ふいうちとはなんとも容赦がない。
「ほう、咄嗟とはいえ中々な判断だな」
「ッッリオウ様~~~~💢💢///」
「ふふっ何、やはりしんみりとしたのは似合わぬと思うてな」
ほら、これでようやく私を見たな
繊手が悪戯に黒羽丸の頬を摘む。湯が沸かせそうなほど赤くなった黒羽丸の口許が思わずひきつる。自分が今どれだけ目の毒となっているかわかっていないのか。
…素直に眼福と言えるほど黒羽丸は不真面目ではなかった。
「お前の気持ちは素直に嬉しかった」
だから、私も悔いるのはやめることにする。
(お元気になられたのは良いが…この、体勢は…っ///)
にこにこと実に満足そうに笑うリオウに、至極複雑な気持ちを抱えた黒羽丸は、深い深いため息をついた。