天狐の桜14
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「…………………まぁいい。着物なら後でどうとでもなる」
しゅる、と着物を脱いで水にはいる。きらきらと浄化された妖の血が、さぁっと夜空へ立ち上っていく。体が軽くなるのを感じて、リオウはふっと目を閉じた。
赤黒く染まった純白の毛並みが、白銀の髪が、元の美しい白へと戻っていく。雪のように白い肌が月明かりに晒され、儚さを増していた。
「リオウ様。ご報告に上がり………!!!???///」
牛鬼を送り届け、報告と安否の確認にと大慌てで飛んできた黒羽丸は、湯着もない一糸纏わぬ姿の主に、思わず空中でくるっときびすを返した。
リオウの気配だけを頼りにすっ飛んできたのだが、まさか水浴びの最中だったとは。
「…黒羽丸?」
赤くなったり青くなったり何やら大変そうな黒羽丸に、リオウは不思議そうに小首をかしげた。ついと手を伸ばし、いいからおいでと優しく微笑む。
「おいで。…ふふっ何を照れることがある。ほら、朔」
「っ///」
黒羽丸は烏へと姿を変えると、リオウの腕にそっととまる。固く目を瞑り、ふいっとそっぽを向いて頑なに目を合わせようとしない黒羽丸に、リオウは困り果てた様子で柳眉を下げた。
「どうした。疲れてしまったか?流石に無理をさせ過ぎたか」
(そうじゃない)
声を大にして叫びたい言葉を黒羽丸は飲み下した。濡れた髪が細い首筋に張りつき、玉のような肌が水を弾いてきらきらと輝いている。酷く扇情的な光景。
「烏すら恥じらいに視線を合わせぬか。流石は天狐」
不意に響いた声に、びくりと黒羽丸の体が跳ねる。リオウは驚いた様子もなく、声の主に目をやって深く息をついた。
「一緒に入るか?鬼童丸」
「………戯れに男を誘うのも大概にしろ、天狐よ」
「冗談だ。まぁ、入ってもいいぞ。水に触れた時点で貴様の命はないが」
浄化の水か。神だけあって、やはり穢れには弱いのだろう。白魚のような手にとまった烏を優しくなで、リオウは鬼童丸の方など気にした様子もなく烏と戯れている。
「水では、体が冷えるのではないか?」
「ふふっ暖めてやろうとでも言いたげだな?」
ついと目を細める様は妙に妖艶で。此方の内心を見透かされているかのようなそれに、鬼童丸は思わずたじろいだ。一挙一動が神秘的で美しく、色を感じさせる。
だが、誘われるままにふらふらと手を伸ばしては、この天狐は手に入らない。この天狐のことだ。それしきの奴はつまらぬと切って捨てることだろう。
リオウは、湯船のへりにある大きな岩に烏をとまらせると、ついと鬼童丸に視線をくれた。
「暖めてくれる気があるのなら、着物を見繕ってくれ」
「?羽衣狐様から、替えのお召し物が届いていたろう。ご厚意を無にする気か」
「………貴様、あの包みの中を見て同じ台詞が吐けるか?」
なんだと?と鬼童丸は眉を跳ね上げた。リオウと別れたあと、羽衣狐たちはいそいそとリオウに与える服を見繕っていた。それはそれはもう楽しそうに。
『血塗れの姿も美しいが、天狐は血の穢れに弱いと聞く。新しい着物を贈ってやらねばならぬのう』
ここ一番の良い笑顔で手づから箱詰めしていた羽衣狐を思いだし、鬼童丸ははてそんなに酷いものをいれていたのかと訝しげに首を捻りながら、箱を開けた。
十二単に、シスター服。可憐な華が描かれ、和洋入り交じったような女物の着物に、羽衣狐が着ていたものと同じ純黒のセーラー服。
・・・・・・・。
鬼童丸の時が止まった。どういうことだ。何故全て女物なのか。服を持ち上げた拍子にひらりと落ちた小さな料紙を、そっと拾い上げ、目を通した鬼童丸は呆れと入り交じるよくわからない感情に、思わずのけぞった。
【お姉様と出掛けた呉服屋で見つけました!きっとお似合いになると思います! 狂骨】
【清らかなるセラフィムには、此方のお召し物が宜しいかと。 しょうけら】
【此の俺が選んだんだ。大事に着ろよ、天狐。 茨木童子】
【これを着るといい。わらわと揃いじゃぞ。 羽衣狐】
(えぇーーーーー………)
さしもの鬼童丸もこれには引いた。せめて茨木童子。奴はまともな方かと思っていたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。
「なんというか…その、すまないな…」
「まったくだ。そう思うのなら、早く適当な"男物"の着物を見繕ってくれ」
「………貴様も苦労しているのだな」
「主に貴様らのせいだがな💢」
服がないならこれを…と率先して持ってきてもらった服がすべて女物とはどういうことだ。いや、女物でも着れそうなものがあれば別にいいのだが、ひらひらとした"ふりる"なるものがついた着物や、これから戦うのに十二単はどうなんだ。
「少し待て。今見繕ってくる」
「…貴様がまともな感性の持ち主であることを期待する」
ふっと闇のなかに姿を消す鬼童丸を見送り、リオウは黒羽丸に向き直る。
「牛鬼を呼んでくれたようだな。都にあれの妖気が増えた。…ふふっやはりお前の翼は優秀だな」
さぁ、報告を聞かせておくれ
あくまでも、こうして囚われていることや、相手の百鬼に突っ込んでいったりと、なかなか無茶をしていることに関してのお小言は言わせてもらえないらしい。
副総大将然としたその気迫と覇気に、黒羽丸は黙って頭を垂れた。
遠く朧気な山吹の記憶。
どこか遠くでパキンッと硝子の割れるような高い音が響き、靄が徐々に晴れていく。
『なんじゃ。天狐以外に"孫"もいたのか』
黒衣の少女はそう言って笑った。まるで黒い影が人の形をしたように、不気味なほど漆黒の似合う少女。
『決して"子"が成せぬ呪いをかけたはずじゃが?』
ざぁっと吹いた風が山吹の花弁を舞い上げていく。その奥でにこりと笑う少女の黒い眼は、凍りついたように冷たく、憎悪の色を浮かべていた。
『そうか―――また人と交わったのか…口惜しや…どこまでも読めぬ血よ…ぬらりひょんの孫か』
しかし決して狐の呪いは消えぬ。血は必ず絶えてもらう。憎きぬらりひょんの血…
『リクオ!!逃げろぉお!!』
『父上!!!!』
父の声がしたかと思うと、兄の悲鳴にも似た怒声が飛んでくる。動けない。何故だ。目の前で鮮血を上げ、どうと倒れる父の姿を呆然と見つめるだけ。
『逃げろリクオ…』
弱々しい父の声に、凍結した思考回路が溶けていく。何かの印を結んだ兄が、とん、と此方の胸を押す。
『屋敷まで走れ!!絶対に振り返るな!!』
聞いたこともない兄の切羽詰まった声。その声に、思わず弾かれたように駆け出した。
逃げろ…
闇から、逃げろ…
父の声が脳裏に過る。耳の奥で、逃げろ逃げろと声がする。兄の悲痛な声と、刀がぶつかり合う音が遠くに聞こえる。
『父上!!頼む…っ目を開けてくれ!!父上!!!!』
フラッシュバックする、肉を割く鈍い音と、血溜まりに倒れこむ父。そして嬉しそうに笑う少女と―――その後ろに立つ謎の人影。
―――誰?
お父さんを刺したのは誰?
また、どこかでパキンッと音がした
『お前は何も見なかった』
目の前で膝をつき、こちらを抱き締める兄の声は震えていた。優しく頭をなで、悲しそうに微笑む兄は酷く儚げで。
『お前は何も知らない。お前はあの日"あの場所"にはいなかった。何も見ていないし、何があったのかも知らない。――いいな?』
目を閉じて額を合わせると、遠くで鈴の音が聞こえ、その音に誘われるように意識が遠退いていくのを感じる。
『こんな記憶…お前には無い方がいい。目の前で奪われる悲しみを、憎しみを…全て私が引き受けよう』
お前は、私が必ず護る
パキンッ
ハッと気がつくと、漆黒の闇の中にぼうっと光るものがある。見れば、母が父の墓の前ですすり泣いていた。
誰?
お母さんを悲しませてるのは―――誰?
ガシャァァンッッ
派手に硝子の割れるような音がして、漆黒の闇のなかに一人取り残される。これは、何だったのか。記憶か?誰の?―――自分の?
何者かの妖気を感じる。ハッと振り向いて、瞠目した。闇の中に浮かぶ鬼の面。ぼうっと浮かび上がった般若の面から、並々ならぬ妖気が溢れだしていく。
「お前は…土蜘蛛…!!」
その姿を知覚したとき、リクオの姿が妖怪のそれへと変化した。怒りや憎しみ、悔しさ、得も言われぬ感情の全てが混ざりあい、身の内をどす黒い感情が満たしていく。
「土蜘蛛ぉぉおお!!!!」
俺はぬらりひょんの血を継ぐ者
「おおおおお!!!!」
認識をずらして、畏を断つ!!!!
だが、その刃が土蜘蛛に届くことはなかった。切っ先から徐々に桜の花びらへと変り、ひらひらと悪戯に舞い踊るだけ。
(届かない…!?何で―――)
かわしてかわして…懐に入り込む
だが、刃を振り抜いても、こいつには何も届かない
「なんで届かないんだよ!!!!なんで…なんでだよ!!!!」
刃が、柄が、握る手が桜の花びらに変わる。まるで桜に飲み込まれるようにして、リクオの姿は掻き消された。