天狐の桜14
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夕陽が山の峰々に沈んでいく。土蜘蛛が消え、その場に残された妖怪たちは、呆然と辺りを見渡していた。一瞬にして破壊し尽くされた神社の境内。未だ瓦礫に埋もれ、抜け出そうともがく仲間たち。
「おかしいなぁ…いつもならもっと力が出るはずなのに」
「何だか力が入んなかったんだよ」
先程戦ったときの妙な違和感を思いだし、妖怪たちは首を捻る。確かに土蜘蛛は強かった。しかし、それにしても妙に力が抜けてしまっていた。あれは一体なんだったのか。
鴆は、リオウの術によって傷口が徐々に塞がっていくのを、どこか他人事のように見つめながら、術の追いついていない部分の応急手当を進めていく。
「あーあ。すげぇ傷だぜリクオ…」
リオウの加護に癒しの力があったとはいえ、生きているのが不思議なくらいだ。だが、どうする。重症を負い、リオウの術を受けてもなお戦闘は困難といえる遠野の二人。士気の下がった百鬼たち。
(特に首無と犬神は…いや、犬神はまだいい。あいつは前を向こうとしている)
鴆は医療器具を持ってあちこち走り回る犬神を見て目を細めた。元は四国の若造とはいえ、今やリオウが拾って可愛がっている側近だ。
『俺は馬鹿だから、"リオウ様に褒められる"こと以外どーだっていい。…だから、リオウ様が帰ってきたとき、褒めてもらえるように、俺はお前の手伝いをする』
(ったく…すっかり忠犬だな)
リオウ自身が不在でどうしたらいいか迷ったときは、リクオか、鴆などの幹部の誰かに指示を仰ぐように。なんて指示を出していたんだろう。
犬神は、リオウが己のもとへ帰ってくると信じて疑わない。その信頼が崩れた時、盲目なまでの愛情が憎しみに変わるのだろうが。愛と憎しみは紙一重とはよく言ったものだ。
(憎んで強くなる妖怪、か。奴は戦えるようだし、今のところは京妖怪の雑魚と戦闘になっても大丈夫そうだな。問題は…)
鴆はちら、と首無に視線を投げた。呆然と立ち竦む首無の体から、重苦しい殺気が滲み出ている。目の前で主が自分達を守るために拐われたのだから、無理もないことではあるが。
首無はリオウの側付きの中では最も年上で、リオウとの付き合いも長い。昔から、リオウが拐われた時に激しく動揺するそぶりを見せていた。
(一人で突っ込んだりしねーよな?あ゙ーったく、めんどくせぇったらねーぜ!)
よくリオウは、手のかかる子ほど可愛いとか言って、大勢の妖怪達の面倒を見ているが、よくもまぁあんな涼しい顔してできるもんだ。胃がいくつあっても足りやしねぇ。
さて、突然百鬼が弱体化した土蜘蛛の畏の謎はわからず、今や頼みの綱のリオウもいない。俺達は、何も知らずに飛び出しすぎたんじゃないのか?
「リクオ…それでも貴様、奴良組の長となる気か」
「え…」
ふっと差した影に、鴆は瞠目した。何故、ここに牛鬼がいる。はっと視線を巡らせれば、彼を送ってきたらしい黒羽丸が慌ただしくバサバサと飛び立っていくのが見える。
「お前たちの大将、私が預かる」
立て、リクオ
静かにリクオを見下ろす牛鬼から放たれる覇気に、妖怪達は皆気圧されて言葉もない。
妖怪達は、意識のないリクオを無造作に抱え、問答無用で連れて行く牛鬼の姿をただ呆然と見つめていた。
相克寺―――
リオウは、切り刻まれた体をパズルのように組み合わせてくっつけている土蜘蛛を尻目に、刀についた血を払った。
ここ、相克寺に来てから既に二戦。気まぐれに戦っては体をバラバラになった体をくっつけ、またもう一度やろうぜと実に楽しそうな土蜘蛛に、最早恐怖を通り越してあきれ果てる。
「貴様…本当に戦う"こと"が好きなんだな」
「あん?そりゃーそうだろ。こんな強ェ奴とやる機会なんてそうそうねェ。勝敗なんざどーだっていい。鵺とやるまでの"つなぎ"とはいえ、面白くて堪らねぇ」
「ふっこの私を袖にするか。酷い男だ」
飽きた、休憩にしようとリオウは髪をかきあげる。流石にこの妖気の中、戦闘し続けるのは体が持たない。どこか水辺を見つけて御祓(みそぎ)をしなくては。
「時に、土蜘蛛よ」
「あ?なんだ」
「貴様―――あの頭の大きな目玉の翁…鏖地蔵とか言ったか。奴は400年前からいるのか?」
土蜘蛛は、はてと思案にくれた。鏖地蔵なんて名前はしらないが、そういえば、先に封印を解かれたとき、羽衣狐の側に大きな頭に目玉がついてる爺ならいた気がする。…誰だ、あれは。
「―――いや、俺はヤツを知らねぇ」
だが、それは自身がこの長きにわたる眠りの間に忘れてしまっただけかもしれないし、そもそもその正体がなんであれ、興味など更々ない。
「それがどうした」
「…別に、何と言うこともない。ただ…―――殺してしまいたいほど憎い人間の男の、下卑た目によく似ていたものでな」
初めて、"男"に恐怖を覚えた、あの時の男の目に…
『おぉ…おぉ…!なんと美しい…!一目で今までの花魁共が霞むようじゃ』
『この美しさで男…いや、この美貌であれば性別など問題ではないな。うくっくくく…っ可愛いのぅ』
『何をする、じゃと?まだ"男"を知らぬか。なに、夜はまだまだこれから…その体にたっぷり教え込んでやるからなァ』
ねっとりと絡み付くような悍しい視線を思いだし、リオウは苛立ったように頭を振った。今は余計なことを考えている余裕はない。…思い出したくもない。
「どこへ行くんだ」
「湯殿位あるだろう。水浴びだ」
「あぁ、…あー。そういや、さっき羽衣狐から使いが来て、お前宛に包みを置いてったぞ」
「何?」
お前用の着替えらしい、と小指で寺の入り口に置いてある段ボール箱を指さす。先に羽衣狐に会ったときに、血みどろの格好だった為に憐れにでも思ったのだろうか。それとも、ただこちらに甘いだけか。
(妖気は…ないな。本当に服だけか)
包みを持って寺の奥の湯殿へと向かう。石造りのそこは、天井が既に無く、湯船には澄みきった清水が湧き出していた。
(この水なら…御祓(みそぎ)が出来る)
リオウが何事か唱えると、水面に光の印が浮かび上がり、水がぼうっと青白く光り始めた。試しに指先をつけてみると、水に触れた妖の血がきらきらと光って夜空へ消えていく。…御祓の為の、浄化の水の出来上がりである。
「そういえば、着替えと言っていたが…まともな着物はあるんだろう、な…」
・・・・・・。
箱をあけ、丸々数呼吸分ぴしっと固まったリオウは、何事もなかったかのようにぱたんと蓋を閉じた。
(私を誂っているのか?それとも本気か?)
本気ならどうしてこうなったのか。ぴらっと落ちたメッセージカードを見て、さらに頬がひきつるのを感じる。京妖怪は変人と変態の集まりなのかもしれない。