天狐の桜14
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奴良組本家―――
庭では、一心不乱にぬらりひょんが刀を振るっていた。ただ一人、庭で稽古をするその眼差しはいやに真剣で、老体からとは思えぬほどの剣気を発していた。
「総大将はいったい何をなさっています」
「さぁてな…羽衣狐復活の報を聞いてからずっとあの調子。気が逸るのですな…ムリもない」
庭を眺め、鴉天狗と木魚達磨は揃って息をついた。京妖怪が暴れ続ければ、いずれ奴良組への復讐へと続くことになるだろう。そうなれば奴良組も戦力の底上げが必要になってくる。
「止めるべきじゃった…未だ発展途上のリクオ様がなぜ自ら向かう必要があったか?」
「陰陽師の娘を助けるなど…また人間の血の悪い癖じゃ」
「リオウ様も…京都は今妖気で溢れているのだろう?そんな場所に行けば、いつ体調を崩されることか」
牛鬼のいる捻目山でさえ、数日といることができなかったのだ。それが現在妖気が逆巻く京都となれば、体調がどうなるかなど火を見るより明らか。
「なーーにを"マイナス思考"で"ネガ"っとるんじゃい。リクオがどこまで出来るか、見てみたいとは思わんか?」
「総大将」
ひょっこりと顔をだしたぬらりひょんに、鴉天狗は目を瞬かせた。木魚達磨は難しい顔をして押し黙る。期待と現実は違う。組の未来がかかっているのだ。楽観視はしていられない。
「自分の意思で「人を殴りたい」と言ってきたのははじめてのことじゃぞ?尊重したいじゃろ~~」
「まったく…!しかしまだ早かったのでは!?リクオ様には弱点がある…人間の血という――」
「今のワシは羽衣狐を倒せんじゃろーが、リクオならやるかもしれんぞ」
人間の血が弱点になるとは限らない。二代目の死の真相を知っているのはリクオとリオウだけ。特にリオウは、リクオにその記憶を植え付けてしまったことを酷く悔いていた様で、術によって記憶を封じていた。
『リオウ!!あの時何があった!!』
『…羽衣狐が現れた』
『なんじゃと!?』
『…リクオには、何も聞かないでくれ。あれは"何も知らない"。父を目の前で亡くす悲しみは…あれにはまだ早すぎる』
父上を、お守りすることができず…申し訳ありません
そう言って深々と頭を下げたリオウは、泣くことすら己に禁じているのか、涙ひとつ見せなかった。だが、震える拳を握りしめたその姿は、これ以上聞かないでくれと切に訴えかけてくるものがあって。
リクオも、リオウのかけた術が解けかけているそぶりを見せていたし、二人とも口には出さないが、強い意思を感じた。
「心配するな…あやつらには「ワシの最も信頼を置く男」を送った」
「…ほう、やはり孫が可愛いのですな」
「あいつがどーしてもと言う上に、リオウがねだってきたからじゃ」
まったく、困ったとき真っ先に呼ぶのはいつもあいつじゃったな、とどこか拗ねたようすで、ぬらりひょんは不満げに息をついた。
百鬼夜行破壊―――それが土蜘蛛の"畏"である。徹底的に大将を狙い続け、なぶり続ける。
すると、どうであろうか。どのような強者が百鬼にいようが、力を発揮できなくなってゆく。百鬼が脆くも崩れていくのである。
もしリクオが土蜘蛛の畏に耐えることが出来たなら、本当の大将の畏を纏っていたなら、事態は変わっていた筈なのだ。
土蜘蛛は―――リクオにとって、まだ会ってはいけない妖だった
破壊し尽くされ、瓦礫だけが残る見るも無惨な状態となった神社。倒壊した建物や木々に埋もれるようにして、倒れ伏し、瀕死の息をつく妖怪たち。
「チッ抜かった…リクオ!」
変化を解いたリオウは、ふわりと空から降り立つと、瓦礫のなかに立つリクオをそっと抱き止めた。肋骨が数本逝っている。以前与えた天狐の加護で死は免れているが、このままではとても戦うことなど不可能。
さぁっと血の気の引く音がする。血だらけで倒れ伏す弟。瀕死の体で必死に立とうとする妖怪たち。脳裏をよぎるのは、血溜まりで力なく倒れ伏す父の姿と、その時感じた怒りと悲しみ。
幸い、深手は負っているが、皆まだ息はある。癒しの力を使いながら、リオウは悔しげに歯噛みした。
読みが甘かったか。まさかリクオたちを狙って飛んでくるとは。――いや、かつて土蜘蛛が封じられた時から、あれはなにも食べていない。言わば空腹の状態。
百鬼だろうが、人間だろうが、神であろうが、今の奴の視界にはいる者は獲物でしかない。兎に角、此の場から全員を逃がしてやらなくては。
「リクオ。よく聞け。…今のお前たちではあれには勝てぬ」
「にい、さ…?」
「時間がない。少しだけ傷を癒してやろう。私が奴を遠ざけるから、お前はその間に皆を連れて逃げなさい」
「っ、何を…!?」
リオウはそっとリクオの頬を撫でた。昔から、聞き分けのない幼子を諭す時、リオウはこうして困ったように微笑みながら、なだめるように頬を撫でてくれたものだ。
その笑みが、頬を撫でる優しい指が、ありし日の姿と重なって、リクオは言葉を失った。
「何だ?新しいのが増えたな。そこの倒しても起き上がる男(ヤツ)も面白かったが、お前も強いのか?」
「さてな。だが、私と遊びたいのなら代価は高くつくぞ」
「あ゙…?」
「ふふっまずは、そうさなぁ。手始めに―――その腕、貰うぞ」
言うが早いか、リオウは神速で飛び込んだ。誰もがリオウの姿を見ることが叶わないまま、気づけば凄まじい轟音と共に土蜘蛛の左腕が地に落ちていた。
「土蜘蛛の、腕が…!?」
「っ、リオウ様!!!!」
鮮血が雨のように降り注ぐ。ふわりと舞うように血溜まりに降り立つリオウは、刀についた血を一振りで払い飛ばすと、不敵に笑った。
その姿は、どこか彼の父である二代目の姿によく似ていて。
「流石に痛ェなぁー?なんだ、面白そうなヤツがいるんじゃねぇか」
「私は、奴良組副総大将 奴良リオウ。何、この私が久々に本気で遊んでやるんだ。腕の一本や二本、安いもんだろう」
次はその足をもらう
「―――楽に死ねると思うなよ」
その場にいる誰もが目にしたことのない、リオウの逆鱗に触れた者の末路。激しく怒り狂うかの姿はまるで鬼神であり、修羅である。
(誰も倒せなかった、あの土蜘蛛を…一瞬で)
ゆらはぞわりと背筋が粟立つのを覚えた。あれが神か。まさに人知を超えた強さ。夜叉のごとき戦いぶりに、最早畏怖の念すら抱かざるをえない。
「面白ェなぁー、お前。…ん?尻尾が四つ…そうか、お前天狐か」
「そうだ。ここで会うも何かの縁。強い遊び相手が欲しいんだろう?私が相手になってやる」
だが、とリオウは刀を肩に担いだ。とんとんと肩を打ち、ひらりと土蜘蛛の右腕に飛び乗る。気紛れな天狐に気を悪くする訳でなく、土蜘蛛は新たな"遊び相手"を興味深そうに見つめている。
「ここは狭い。土蜘蛛とやら。…貴様のねぐらは相克寺か」
「あー?そうだ。ねぐらといやぁねぐらだな」
「続きはそこでだ。…飽きれば酒の酌でも何でもしてやろう」
「ほう?そりゃあいーな。こんな美人からの酌なら酒もうめーだろう」
土蜘蛛は楽しそうに笑った。羽衣狐からは、天狐は見つけ次第保護して連れてこいと言われているが、何、天狐自身が遊んでくれると言うのだ。拒む理由などない。
「やめろ…!行くな…っ」
「ふふっおやおや…大将がそんな顔をするものではないぞ」
リオウは土蜘蛛の肩へと飛び移った。土蜘蛛はしゃがみこむと、切り落とされた小指と左腕を拾ってくっつける。あの指を切り落としたのはリクオか。なかなか腕をあげたらしい。
「おい、お前…やるじゃねぇか」
それは土蜘蛛の目にもとまったらしい。土蜘蛛は、肩に乗るリオウを見せつけるようにしゃがみ、にやりといびつな笑みを浮かべた。
これなら、当分楽しめそうだ。強い天狐に、倒れぬ大将。百鬼夜行をバラバラにするのにここまでかかることなど早々ない。久々に見る大物だ。
「相克寺ってとこにいるぜ。来いよ」
自慢の百鬼を連れてな
リオウは絶望に歪む皆の顔に、一瞬酷く悲しげな色を浮かべたが、すぐににこりと気丈に微笑んだ。土蜘蛛が姿を消す瞬間、ついと繊手を一振りして癒しの力をかける。
形のよい唇が、「気を付けてな」と声なく囁いた。
「リオウ様!!!!」
「嫌だ…!リオウ様!!!!」
首無が、犬神が手を伸ばす。また、守れなかった。ずっとお側にいると決めたのに、また…。自分は、守られてばかりで。
「土蜘蛛ぉぉぉおおお!!!!!!」
懺悔にもにたリクオの怒号が、吹きっさらしとなった境内にいつまでも響いていた。