天狐の桜14
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人々が避難し、がらんとした市内。千はいようかというおびただしい数の妖を引き連れ、羽衣狐は弐条城の城門をくぐり、広い敷地へと足を踏み入れた。
城内に残っていた人間を尻尾で八つ裂きにし、一瞬のうちに肉塊へと変えてしまう。まったく、まだ人間が残っていたとは。
羽衣狐は、突然悲鳴をあげた百鬼たちについと視線を向けた。何だ突然、騒がしい。――いや、この気配は。
「な、何だ!?」
「は、羽衣狐様!!!!天狐が…ギャァアアア!!!!」
「―――嗚呼、間に合わなかったか」
リオウは軽々と跳躍すると、羽衣狐の前に降り立った。足元に散らばる肉塊と化した人間を、悲しげに見つめて嘆息する。
「よく来てくれたのう、リオウ。あぁ、血塗られた姿すら美しい」
「ちと殺し過ぎだ」
「それは今のお主に言われたくはないのう。ふふっ随分と殺しまわったようじゃの」
いや、殺しではなく"浄化"か
神の振るう刃には神気が宿る。裂かれれば、妖はたちまちのうちに浄化されてしまうのだ。浄化された妖は、輪廻転生の理によって新たに生を受けることとなる。
転生した先が人か動物か、はたまた妖かはわからない。殺すことによって魂を次の生へ繋げる。―――それが、天狐の力。
まったく、どこまでも優しく慈愛に満ちた神らしい力だ。
「雑魚は刀(こいつ)だけで十分。術など使うだけもったいない。――が、ここまで返り血を浴びるとは、私も腕が落ちたのやも知れぬ」
赤黒く染まった白銀の髪。血に汚れた白い肌には傷ひとつなく、肌についた血が雪のような肌の白さをさらに際立たせている。
「わらわに会いに来てくれたのか。あぁ、可愛い可愛いわらわのリオウ…お主もわらわと共に来てくれぬか」
「ふふっ寝言は寝て言うから許されるのだぞ。四百年の間にそんなことも忘れてしまったのか、嘆かわしい」
(((すげー良い笑顔で流れるように毒吐いたぞこいつ)))
茨木童子たちは、羽衣狐の言葉をすげなく切って捨てたリオウに顔をひきつらせた。ここまでの愛の言葉を、こうもあっさり拒否できるとは。よっぽど恨みが深いと見える。
「ホッホッホ。では、何のご用件でいらしたのです?リオウ様」
「ふん。挨拶程度に、そこな百鬼(雑魚共)の魂を半分ほどもらい受けようかと思ってな」
雑魚、という挑発的な言葉に、京妖怪たちはいきり立った。何が半分、だ。未だ10そこらもやられてはいない。そもそも単身でこの数相手にドンパチやろうと考えるなど、浅はかすぎるのではないか。
「面白い。我らを半壊させるか」
「ふふっ何、貴様ら幹部には手を出す気はない。若い衆に骨のある相手を残しておかなくてはいけないだろう?」
だが私とてたまには暴れたいのだ、と、リオウは色っぽく微笑んだ。欲求不満なら相手してやろうか、と刀を抜く茨木童子を鬼童丸が諌める。
(天狐の実力は本物だ。…戦闘を避けてくれるというのなら避けるに越したことはない)
此方には出産を控えた羽衣狐がいるのだ。余計な負担はかけられない上、その羽衣狐から天狐には傷をつけるなとの命令を受けている。
まぁ、400年以上昔から、天狐の姫と羽衣狐の関係を知るものは、かの姫の子であるリオウを傷つけようとは夢にも思わないだろうが。
しょうけらは、ふらふらとリオウの前に歩みでると、ばっとその手をとって膝をついた。思わず手を引っ込めようとするリオウを、恍惚とした表情で見つめる。
「嗚呼、我らが天使…闇のセラフィム」
「???せ、せら…???……………………何を言っているんだこいつは」
「安心しろ。俺達にも分からねぇ」
さすがのリオウも頬をひきつらせる。何だこの電波男。だが、そう思っているのは彼だけではないようで、京妖怪たちも皆ドン引きした様子でしょうけらを見つめている。
「清廉な御心がお姿にも表れていらっしゃる。あぁ、あぁ、なんと美しい。貴方のお母上とも変わらぬ可憐なお姿」
「……誰か早くなんとかしてくれ」
滔々と語られるポエムに、リオウはあきれ返って言葉もない。大体、この頭の先から足の先まで返り血でぐっしょりなこの姿を見て、美しいだと?いや、妖怪だから美的感覚がずれているのかもしれないが。
「チッ早く離れろ。何が天使だ。また妙なあだ名つけるんじゃねぇ」
「私は本気だ」
「…悪いが私とて遊びにきたわけではない」
茨木童子に促され、渋々手を離すしょうけらに、疲れたように息をつくと、リオウは愛おしそうな視線を投げ掛けてくる羽衣狐を一瞥した。
「わらわの傍にいるがよい。可愛い可愛いわらわの天狐」
「断る。貴様らが慕っていたのは私の母だ。私は私。私を通して私の母の影を見ても、それは母ではなく貴様の妄執に過ぎぬ。諦めることだ」
「そんなこと、とうの昔にわかっておるわ。それでも、地獄の底でずっとお主を見ていたぞ」
かつて慕ったあの姫の息子。憎い血を引くも、聡明な天狐の血は全く損なわれてはいなかった。温厚篤実で英明果敢な愛しい子。
実の母ではないけれど、この腕に抱き、母になれたらとどれだけ切望したことか。
「…なんと言われても、私は貴様を憎いとしか思えぬ」
「ふふっそれで良い。お主がわらわの方を向いてくれる、それだけで母は嬉しいぞ、リオウ」
"母"、と言われた瞬間、リオウの体から押さえきれない殺気が膨れ上がった。
「妖も人間も、あるいは神も、私はどちらも大切にしたい。―――が、今回は貴様に殺された奴良鯉伴の息子…奴良リオウとして、貴様らを殴り飛ばしにきた」
"その姿"で…二度と私の"母"を名乗るな
突風が巻起こり、無数の刃のような風に皆思わず目を瞑る。はっと空を仰げば、4本の尾を持つ巨大な狐が京都の闇の中へと消えていった。
「これは…っく。なんたることじゃ…きっちり半分殺していきおった…」
鏖地蔵の言葉にふっと視線を巡らせると、1000はいようかという京妖怪の半数が無惨な肉片と化し、青白い炎に包まれて消えていった。成る程、確かに宣言通りこちらの陣営の、半分の命を刈り取っていった訳だ。
「ふふっ妙なところで律儀な男じゃ。あぁ、そんなところも本当に愛いのう」
「えぇ。あぁ、慈悲深き我らがセラフィム!」
(((ダメだこりゃ)))
うっとりとかの狐が消えた方向を見やる羽衣狐としょうけらを見て、残った京妖怪たちは畏怖よりも先に、呆れのこもった息をついたのだった。