天狐の桜14
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("土蜘蛛"が封じられたのは相克寺…いや、羽衣狐のことだ。とっくの昔に封印が破られていても不思議はない。弐条城に百鬼が集結しているということは、土蜘蛛もそこにいるのか…?)
市中を駆け、生き残った人間たちを助けながら、リオウは弐条城へと向かっていた。今のリクオたちでは、京妖怪との戦闘は難しい。ましてや、土蜘蛛などと遭遇しては、ひとたまりもないだろう。
「陰陽師も殺られ…数が足りぬ。この妖気では、あまり長く触れると人の子も鬼へ堕ちてしまうし…弐条城制圧の後、京妖怪共は生き肝集めに走るはず。やはり今のうちに、人の子を助けなくてはならぬか」
雑魚は刀で一掃し、神気で罠を張って中級以上は一網打尽にしていく。今は少しでも数を減らし、リクオたちのために道を開けたい。
(過保護が過ぎるか…)
成長のためにも、世話を焼きすぎてはいけないとわかってはいるのだが、程々に手を抜くというのはどうにも難しい。
そもそも、側近に任せるより自分で突っ込んでいきたい質なため、仕方ない気もするのだが。
着流しが妖怪たちの血でどんどん重くなる。花開院に行ったとき、着物を拝借すれば良かったかとリオウは小さく舌打ちした。
神仏は血の穢れを厭う。それは天狐も同じこと。あまり邪気に触れ続けるのは得策ではない。落ち着いたら、川でも井戸でもどこでもいいから水浴びをしなくては。
その時、赤子の泣く声がした。視線を巡らせれば、半ば瓦礫と化した建物の影で、泣きじゃくる赤ん坊と、それを腕に抱いて必死に泣き止ませようとあやす少女がいる。
「お願い…泣き止んで!見つかっちゃうじゃない…!お願い、お願い…!」
年の頃は未だ10かそこら。親とはぐれたのか。いずれにせよ、早く助けてやらなくては。
少女たちの周りには、複数匹の京妖怪が食ってやろうといびつな笑みを浮かべてじりじりと集まってきている。
「おやおや、そんなに及び腰では抱かれる方も居心地が悪うてかなわぬぞ」
微笑みを浮かべ、鈍い銀色を一閃させる。突然目の前の妖たちが血しぶきをあげて倒れこみ、青白い炎が跡形もなく灼き尽くしていく。
その背後から現れたリオウの姿に、少女は悲鳴もあげられずに固まった。
(助けてくれたの…?敵?味方?でも、この人人間じゃない…!)
狐の耳に、四本の尻尾。妖怪なのか?目の前にいたあの恐ろしい妖怪を一瞬で葬り去った剣術の腕。もし、敵なら…次の獲物は自分か、腕の中のこの子か。
無意識に抱き締める腕に力が入ってしまったのか、赤ん坊は一層激しく泣き始めた。焦る少女に苦笑すると、リオウは安心させるように少女の頭を軽く撫でた。
「良い良い。赤子は泣くのが仕事ゆえな。ふふっどれ、貸しておくれ」
リオウはそっと赤ん坊を抱き上げた。母の腕に抱かれたようにたちまち大人しくなる赤ん坊に、少女は思わず目を丸くする。
「す、すごい…この子、人見知りしちゃうから、お母さん以外が抱っこすると泣いちゃうのに…」
「何、赤子の扱いなど"慣れ"よ。ふふっやはり稚児は愛いな」
400年近く生きていると、組の妖の赤子やら何やらの世話をすることも多かった。若菜のなれない子育てを率先して手伝っていたこともあり、人間の赤子の扱いも心得ている。
…………まぁ、父も祖父も私生活はからっきしで、とてもじゃないが見ていられなかったというのも、大きいのだけれど。
リオウは赤子を少女に返すと、そっと少女の前に膝をついた。
「良いか?今から暫し、妖から姿を見えなくしてやろう。送っていけず心苦しいが、妖からは難なく逃げられるはずだ。ここより先、この道をまっすぐ下っていくと、京の外れに古寺がある。そこならば結界によって妖は入ってこられない」
「お寺…?」
「そうだ。だが、ひとつだけ約束しておくれ。結界の中へ入ったら、何があっても絶対に外には出てはいけない」
絶対にな、とリオウは念をおす。結界の中にいる人間たちに、妖は手が出せない。だが、裏を返せば、結界の外で待ち構えていれば、のこのこ出てきたところを仕留めることが可能なのである。
「誰も外へ来いとお前を呼ぶことなどない。外にいるのは妖のみ。たとえ誰に呼ばれても、結界の外へ出るな」
「わ、わかった」
「ふふっ良い子だ。さぁ、行きなさい」
少女の背中をそっと押す。弾かれたように駆け出していくその背中に術をかけると、リオウは流れるように立ち上がった。
(市中の妖の数が増えている。…あぁ、時間も人手も足りぬ)
リオウは跳躍すると、近くの屋根の上へと飛び乗った。封印から放たれた京の怨念の奔流が、弐条城の地下へと流れ込んでいる。恐らく、それこそが羽衣狐が鵺を生むという"鵺ヶ池"というやつだろう。
ふと城の門へと視線を落とせば、夥しい数の妖怪達が、羽衣狐に続いて弐条城へと入ろうとしている。
(黙っていても妖は増える一方…早いとこリクオのもとへ向かわなくてはならぬし、一人で殲滅は難しい。―――精々半分といったところか)
何、大将を狙う必要はない。今必要なのは雑魚の掃除だ。久方ぶりに暴れられるか、とどこか楽しそうに笑って、リオウは百鬼の中へと飛び込んだ。